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一生ボロアパートでよかった㉘

あらすじ
自慢だった新築の白い家が、ゴミ屋敷に変貌していく。父はアル中になり、母は蒸発し、私は孤独になった。
ーーー1人の女性が過去を振り返っていく。

↓前話………更新遅くなりました💦

 ↓以下本編↓



 アオイちゃんによって勢いよく締められた保健室の扉は、扉自身もビックリしたようにその反動でまた3分の1ほど開いてしまいました。私は、嵐のように波風を立てて去って行ったアオイちゃんを呆然と見送りました。ホノカ先生もきっと呆気にとられていたかと思います。

「金井さん、とりあえず、そこに座って」

 気を取り直したであろうホノカ先生は保健室の扉を締め直して、私を誘導しました。私は黒いクッション性のある丸椅子に座りました。教室の木の椅子より包容力がありました。お尻にとっても断然の保健室の丸椅子の方が居心地が良かったです。

「朝から体調悪かったの?」
「はい」
「そっか、頑張って学校に来たんだね」
「はい」
「今は辛くない?横になる?」
「いえ、大丈夫です」

 大丈夫ではなかったのですが、つい"大丈夫"が口から出てきてしまいました。こういう事は今でもよくあるのですが、あんまり大丈夫じゃない時でも、うっかり反射的に"大丈夫"と言ってしまうんですよね。

「じゃあ、始業式には出られそう?」
「………」

 ホノカ先生の質問に私は返答できませんでした。始業式には出られそうにないと思いました。でもせっかく学校に来たんだから始業式に出なくては。そうじゃなきゃ学校に来た意味がないと思いました。それらの考えが頭の中で堂々巡りしました。私は膝の上に置いた拳を見つめて固まりました。本当はまた降参の姿勢になりたかったのですが、机が目の前になかったのでできませんでした。

「無理しなくていいよ。じゃあ、行けるようになったら一緒に体育館へ行こうか」

 ホノカ先生はそう私に言ってくれました。ホノカ先生は優しいんです。私はまた誘導されて、保健室の端にある二つのベットのうち、一番奥、壁側のベットに横になりました。ホノカ先生は逃げ道への誘導が上手なんです。

 始業式の開始時刻になっても、ホノカ先生は私を体育館へ急かしませんでした。その代わり、始業式で歌われている校歌が保健室まで聞こえてくると、ホノカ先生は私のベットのカーテンを開けて「金井さんも一緒に歌う?」と誘ってくれました。恥ずかしいので私は「いいです」と断りました。ホノカ先生は「そっか」と言ってカーテンを締め直して、鼻歌まじりに校歌を歌い出しました。私は体育館から薄ら聞こえてくる校歌とホノカ先生の鼻歌をバックに、誰にも聞こえないようにベットの薄い掛け布団の中で校歌を口ずさみました。喧騒と静寂はここでも私に孤独感を与えました。

 ベットの中で校歌を歌い終わると、今朝自分の中にあった幾つもの重りがザラザラと崩れていくのを感じました。あんなに強固でずっしりと重みがあった塊は、もうすっかり砂になっていました。

 それからアオイちゃんのセリフがフラッシュバックしました。私はアオイちゃんによって巻き起こされたあの嵐で、私の中の砂が勢いよく吹き飛ばされていくのを感じました。冬の校庭で砂埃が身体に吹き付けた時のような、そんな痛みを感じました。

 皮肉にもその日の給食は、きな粉揚げパンでした。昔から大好物だったんですけど、この日ばかりは食欲が湧きませんでした。だって、嵐に砂を吹き付けられた自分を見ているかのようでしたから。なんだかその姿が哀れで、結局始業式に出られなかった残念感も相まって、一層食欲を奪いました。きな粉揚げパンを一口食べると、きな粉のジャリ、という舌触りがしてもうダメでした。砂を食べてるような食感でした。きな粉揚げパンは一口食べて終わりにしました。というか、パンじゃないものを食べられると思って今日学校に来たのに、結局パンが出てきたので辟易しました。ああ、でもシチューは美味しかったです。

 午後の入学式はもちろん出ませんでした。早退するには親に迎えに来てもらわないと行けないので、早退も諦めました。私は帰宅時間までホノカ先生と保健室の優しい空間の端っこに居させてもらいました。その端っこのベットの布団の中で、今朝皺なく仕立てた制服がくちゃくちゃの皺だらけになっていることだけは気付いていました。途中坂ティーが私の様子を見に保健室へ来たようでしたが、寝たふりをしてシカトしました。


つづく


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