【小説・ヴィーナス症候群】(41)単なるスケベ野郎
パレード直後・企画者のコメント
「“ボディ・ポジティブ”って、自己肯定の物語なんです」
カメラの前でそう語る男は、白シャツにノータイ、あからさまに仕立ての良いスーツ。
生まれつき両腕の無い「トルソーさん」10名ほどに銀色のレオタードを着せてパレードさせた男は「総合プロデューサー」と紹介され、終始、完璧な笑顔を崩さない。
「障害があるからこそ、あの衣装を着て街を歩く。その行為自体が強烈なメッセージになるんです。
自分を愛するという勇気、それが社会に問いを投げかける。
もちろん賛否はある。でもそれこそが、“変化の兆し”ですよね」
メディアの前で彼は「現代社会に必要な議論を巻き起こした」と誇らしげだった。
その口ぶりには、「ここまで演出できた俺すごい」という自負すら感じられた。
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SNSの反響と過去の暴露
最初は称賛一色だった。
「勇気をもらった」「これはアート」「新しい表現の形だと思う」
だが、わずか一日で空気は変わった。
「これで1級? 寝たきりの子とか車椅子の子とかと一緒なの?」
「義手でスマホもメイクもできる子が“生活できません”とか言われてもね」
「あれってさ、本人のためってより“見せ物”じゃない?」
そして、匿名掲示板にひとつの投稿が投下された。
「プロデューサーって松濤高校のあいつじゃね?
女子トイレに盗撮仕掛けて補導されたやつ。
でも家が金持ちで、示談になってアメリカ留学で有耶無耶になったって聞いた」
それは一気に拡散され、過去の同級生を名乗る書き込みが次々に現れた。
「ガチだよ。親が不動産の社長で、揉み消しって話だった」
「大学行かずに“海外でリスタート”って、そういうことだったんだな」
まとめサイトが並び、動画系ニュースアカウントが取り上げた。
コメント欄にはこんな皮肉も並ぶ。
「トルソーさん雇ったギャラ、どうせおじいちゃんが出したんじゃね?」
「性癖隠すために多様性って言葉使ってんのバレバレ」
「“金で黙らせて、金で演出”ってやつ」
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出演者たちの反応
「トルソーさん」だけが入れるクローズドなコミュニティ「トルコミ」が静かにざわついていた。
「あの人、ほんとに事件起こしてたの……?」
「え、下着泥棒どころじゃなかったん? どんだけやばい奴なん?」
「まじか……もう顔も見たくない」
その日はウェディングドレスの現場にいた紬は、スマホを握りながら深く息を吐いた。
「わたしたち、ただの“映える素材”だったのかな……」
やはりウェディングドレス姿の恵麻は画面を見ながら、ふっと鼻で笑って言った。
「はっきり言やいいじゃんね。私たちのケツ見て抜いてたって。
まぁあいつのおかげで今月の電気代払えたからオールオッケーだけどさ」
紬は驚いた顔をしながらも、返す言葉が見つからなかった。
そこに怒りも呆れもあったが、一番強かったのは——虚しさだった。
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コルチカムの会・守実とつばさ
ヴィーナス児の当事者団体「コルチカムの会」事務局では、報道記事とSNSのまとめが印刷され、会議室の机の上に並べられていた。
事務局長の守実徹はそれを無言で見つめていた。
長く福祉行政に関わってきた経験から、こういう「流れ」が何を生むかを知っている。
「ま、いずれこうなるかとは思ってたけどね。
見せ方で社会を動かそうとする人間は、見せすぎてしまう。
“語らせたい”って気持ちが強すぎると、“映ること”だけが目的になる」
ホワイトボードの前にいた事務局員の階上つばさが振り返った。
つばさもまた両腕が義手の「ヴィーナス児」当事者だ。
「ほんと、うちら、ただの素材なんですかね。
義手つけて前向いてるだけで“元気な障害者の象徴”みたいに扱われて、
裏で“抜ける”とか言われるとか、そんなのキモいだけですよ」
守実は軽く笑いながら言った。
「つばさちゃん、あの人は元から信用してなかったけどね。
でも問題は、今、話が“等級制度”に飛び火してるってことなんだよ」
「……たしかにそうですよね。
私、義手のバッテリー切れたらほんとに何もできないですよ。
でもSNSには“元気そう”に映るだけ。
そういうの、わかってない人たちが制度に口出ししてくるのが一番怖いんです」
「だからこそ、コルチカムが“声を出せない人の声”を拾わないといけない。
派手な演出の裏で、忘れられてる現実の方をね」
つばさは苦笑いしながら言った。
「あの五条って議員も正直無理です。
“僕がやりました”って顔して出てきそうで。
あのユーチューバーの麻帆ちゃんだって言ってましたよ。“正義ぶる奴が一番信用ならない”って」
守実は目を細めて、静かに頷いた。
「そうそう、まったくその通り」
そして二人は、ホワイトボードに戻っていった。
この騒動が、どこに着地するのか。
まだ、誰にもわかっていなかった。
