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刑法総論のコペルニクス的転回〜「原因において自由な行為」を鈴木茂嗣説から読み解く〜

今回は引き続き、鈴木茂嗣先生による刑法理論を取り上げます。

鈴木茂嗣先生の犯罪論体系は、通説とは大きく異なる独自の構造を持っています。今回もその理論をたどることで、通説に一石を投じると同時に、自らの理解をより深める契機としたいと思います。

鈴木説に関する記事はこれまでに3回掲載しています。ご興味があれば、ぜひご参照ください。

今回は、所謂「原因において自由な行為」についての鈴木説をみていこうと思います。先ずは「原因において自由な行為」について、鈴木説による定義をみてみます。

「原因において自由な行為」とは、一定の「原因行為」(飲酒・薬物の使用など)によってみずからを責任無能力(ないし限定責任能力)状態に陥り、その状態下の「結果行為」(たとえば、殺人行為)により犯罪結果を生じさせる場合をいう。

「刑法総論」(鈴木茂嗣、成文堂、p.134)

このような「原因において自由な行為」で問題となるのは、刑法の大原則である「行為と責任の同時存在の原則」に反してしまう結果になるからなのです。

ここでいう「行為」とは、「実行行為」を指します。
上記の例でいうと、実行行為は「殺人行為」ですが、その殺人行為をしている時点では、実行行為以前の飲酒(薬物使用等)の影響により、責任能力がない状態です。これでは「(実行)行為と責任(能力)の同時存在の原則」を充たすことができないので、殺人行為には責任が伴わず、殺人罪が成立しないことになります。

このような場合の処理として、主な学説を2つみてみます。

①先ずは、原因行為(飲酒・薬物使用等)を実行行為と考える説です。
この見解では、原因行為の時点で責任能力があるのだから、その段階で実行行為は完了しており、後の結果行為は因果関係上の延長にすぎないとされます。
この説によれば、「(実行)行為と責任(能力)の同時存在の原則」は守られることになります。

②他方、結果行為(殺人行為)を実行行為と捉える説もあります。
この立場では、実行行為時点では責任能力が存在しないことになります。これでは殺人罪の成立が否定されてしまいます。

そこでこの説は、責任能力は結果行為時に存在している必要はなく、原因行為時(飲酒行為時・薬物使用時)に存在していればよいと考えます。

結果行為(=殺人行為)が、完全責任能力のある原因行為時における意思決定の実現であり、原因行為と結果行為とが1個の意思決定に貫かれている場合には、責任を問うことができるとされます(参照「基本刑法Ⅰ 総論」日本評論社、p.227)。


では、「原因において自由な行為」についての、鈴木説をみていきましょう。

責任能力は、その諸要素を総合して何を意味するかというと、それは「結果回避能力」です。これらの論点に関しては、前回の記事で書きましたので、よろしければご参照ください。

従って、結果回避能力(責任能力)は、原因行為(実行行為)の際に同時的に存在している必要はなく、その事前の段階、つまり、「『結果回避行為』を期待される時点で存在していれば足りる」と考えるのです(「刑法総論」鈴木茂嗣、成文堂、p.135)

責任能力を「結果回避能力」と解するならば、実行行為と同時的に存在することにこだわる必要はなくなり、一連の行為を一体としてみたときに、当該実行行為に出ることを断念することが期待される時点において、責任能力があればよいということになります。

そうすると、「(実行)行為と責任(能力)の同時存在の原則」とは、正確にいうと、「結果回避行為と責任要素の同時存在の原則」ということになります(「刑法総論」鈴木茂嗣、成文堂、p.136)。こう捉えることで、「原因において自由な行為」は、責任主義に反することにはならないという結論を導けます。

そもそも、鈴木説においては、責任非難は「行為」に対する非難なのではなく、「行為者」に対する非難だと位置付けられていました。
すなわち、責任非難可能性の根拠は、「『回避可能性』があったのに、実行行為(違法行為)を回避しなかったということを基礎とした「行為者」への規範的な非難」ということになります。そしてこの「回避可能性」は、実行行為に先行して判断されるのです。実行行為(違法行為)を回避することが期待される段階で、この「回避可能性」の有無が問題とされるわけです。


このように、鈴木説は、非常に合理性が高く、また非常に現実的な議論であると思います。今までは、鈴木説の中でも「有責性」についてみてきましたが、これからは、鈴木説の白眉である「二元的犯罪論」(刑事実体法である刑法と、手続法である刑事訴訟法との独自の視点からの棲み分け)について考えていきたいと思います。

「二元的犯罪論」は、刑法と刑事訴訟法の峻別という視座から、「犯罪とは何か?」という問いに再び光を当てる試みです。次回はその革新的な構造に迫ります。

それでは今回はこの辺で。


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