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掌編小説|4πr²ぶん、きみに落ちる。-エピソード0-

関谷ユウコはペンキ屋の事務員だ。
彼女は今日も一斗缶を両手にぶら下げ、軽トラックの荷台に積み込む。そして自ら車を走らせ、お客さんの所へ向かう。
あるお屋敷の前で車を停めて、一斗缶を降ろした。
一斗缶の蓋を開け、マキタのドリルの先端に撹拌棒を取り付けた。それで塗料を馴染ませる。
「一体私は、何をしているんだろう」
会社支給の事務服にペンキの飛沫が飛んだ。
今更ツナギを着るつもりはない。
「こうなったらとことん汚してやるよ」と彼女は独りごちた。
軽トラックの荷台にローラーとトレー、折り畳んだブルーシートが積んである。
彼女はそれらを出してきて、木のフェンスをバリサンダ色に塗装する作業を開始した。
キシラデコールという塗料は高い。こんな高い塗料を庭のフェンスに塗る家は金持ちだ。
実際、駐車場にはこれ見よがしにBMWが停まっていて、その奥のお屋敷は庭木で半分くらいしか見えない。心理的な目隠し効果を狙って植栽計画なんかしている家など全軒金持ちだ。
「泥棒に入られれば良いのに。」
顔に塗料が飛んだ。茶褐色の雫を右手の甲で伸ばすと顔全体が茶色くなった。トレードマークの丸メガネも汚れてしまった。そこは流石に伸ばさなかった。
ユウコは事務員なのだ。それなのにいつの間にか営業的な仕事を割り振られるようになり、次第に現場的な仕事までさせられるようになった。そしていつしか塗料の販売しかやっていない会社のはずなのに、塗装業者のような仕事までやらされている。
だが、愛媛県で生きていくとはそういうことなのだ。とにかく産業がないのだ。慢性的な人手不足と、県全体的に蔓延する高齢化でどこも限界集落のようになってしまっているため、何でもやらないと私たちも高齢者も共倒れなのだ。

ユウコは文学少女だった。
中学生の頃は、集英社のコバルト文庫なんぞ読んで、ムズムズきゅんきゅんしていた。
読むだけでは飽き足らず、ライトノベル的なものまで書き始めた。
あろうことか、主人公の名前を「関谷ユウコ」にし、そのとき好きだった野球部のエース「シノモリ」を相手役にして理想のラブストーリーを展開した。
結局、シノモリとは高校卒業まで一度も話していない。

一通り塗装が終わり、午後から二度塗りすれば仕上がると見積もった。
ペンキだらけの事務服をこれまた使い古しのウエスで適当に拭い、軽トラックに乗り込んだ。
メガネを外して、そのウエスで顔を拭いた。
ルームミラーで自分の顔を映すと全体的に薄茶色くなっていた。

は。
ふざけんなよ。
なんで私がこんなことやんなきゃなんねーんだよ。

事務所のバディの圖子さんに電話してやろうと思ったが、彼も朝、屋根の塗装をするとか言っていたのを思い出してやめた。
そんなことを考えつつ、ユウコは朝家で握ってきた具なしふりかけおにぎりを食べ、ペットボトルの綾鷹650mlでそれを一気に流し込んだ。
なぜかそのとき、涙が一粒だけ出た。

午後から二度塗りをして、三十分くらい乾燥させた上で仕上げ塗装をして、現場仕舞いしてから事務所に戻った。
戻ってからも未読メールが山程溜まっていたし、未処理の伝票や売上の集計も残っていた。
小腹が空いた。
事務所のお菓子箱には、『天狗の鼻くそ』しかなかった。それはココアピーナッツのお菓子で、空いた小腹にはちょうど良かった。
「なんでちょうどいい感じなんだよ!」というユウコの自嘲的なツッコミが事務所内に響いた。
今日処理せねばならない最低限の仕事だけこなして時計を見たら、23時20分だった。
全身が無性に痒かった。
ひとりだったので脇の下や股間を思い切り掻いてやった。ざまあみろ。ムズムズしたが、全然きゅんきゅんしなかった。あと深夜だから屁も出た。
今日もコンビニ飯確定だ。
田舎道を自転車で走らせた。
街路灯の間隔が広いし、一個一個も暗い。
夜露でメガネが曇った。元々塗料で曇ってるんだけど。
なんか知らんが思い切り立ち漕ぎしてやった。

あれ?

瞬間、目の前にGANTZみたいな真っ黒な球体が見えた。
球の表面積は4πr²。
とか全然関係ないのが脳から出てきた。
これって走馬灯?

☆彡☆彡☆彡

気がつくと私はセーラー服を着ていた。
バリサンダ色が飛び散った事務服ではなくて。

えっ?!
恥っず!
と思っていると、
「私たち、同じクラスだよねっ!」
と女の子が笑いかけて来た。
……美穂ちゃん!?
中三のとき、確か同じクラスだったはず。
あたりを見渡すと学生服やセーラー服の子供たちが行き交っている。
私が大昔に通っていた、中学校の廊下だった。

そのとき窓の光が一瞬遮られて、背の高いシノモリが横切った。


続きはこちらです。👇
関谷ユウコさんの『4πr²ぶん、きみに落ちる。』
です。
コバルト文庫なんて読んだことないです。
僕はキン肉マンとドラゴンボールで出来てます。残念でした!

くいたろうさんと共に関谷作品をオマージュしています!👇


関谷さんのプライベート(恥部)を晒してしまいました。

ということで、チ部。よろしくお願いします。

5月4日、文学フリマ東京42

(終わり)

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