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残夢【第二章】①過去(夏)

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夏休みがもう少しで終わる。そんな風が吹いている。

冬は寒くて夏は暑い。お父さんはそれが当たり前だっていうけど、三年前にこの村に越してきた時は、まだそれに慣れなくて辛かった。
今年は季節の変わり目の感触もなんとなく分かる。ツクツクボウシも聞き飽きてきた今日このごろ、日が昇ってもサラっとした風が肌にあたって気持ちいい。

「ケン、宿題終わった?」
「うん。あとこれから五日分の日記書くだけだよ。大輔は?」

大輔は坊主頭を撫でながらへへと笑う。やってないのは分かってる。

「お願い! 算数ドリルだけでいいから、見せて」
思った通りだ。だから夏休み中に何度も注意したのに。
「堂森学級委員長様、お願いします」と手を合わせてお願いされると悪い気はしない。

「オレさ、これ作って力尽きちゃったんだ」
大輔が毎年はりきってつくる工作はだんだん大物になってきている。四年生の時は椅子。五年生の今年は引き出し付の棚。

お父さんが大工だから道具には困らないけど、設計から何から全部一人で作ったらしいから尊敬する。端材で作った鉛筆立てや小物入れをプレゼントしてもらったこともある。
「オレは工作担当、ケンが勉強担当。役割分担だよ」
「なんだそれ。ずりぃの」
はははっと笑いながら二人は学校へ急ぐ。


八月二十五日の登校日。宿題は始業式のときに提出すればいいことになっているけれど、ランドセルを背負って棚を担ぐのは大変だし、早くみんなに自慢したいと思っているみたいで、大輔は汗だくになって棚田を横目にひたすら歩く。
「今日は暑いな」
「そうかな」


金門村かなどむらの低い山の中腹にある小学校の全校生徒は百人にも満たない。
僕は二年生の途中からお父さんの転勤で越してきた「よそもの」だったけど、前の学校よりみんな優しくて、大輔が村での遊びをひと通り教えてくれたし、給食もおいしいし、僕はこの村が大好きだ。

そして、みんなより早くかけ算を全部覚えていたことで頭がいいと思われていて、三年生からずっと学級委員長を務めている。

小枝を振り回しながら小学校に着くと、職員室で何やら大きな声がしたのでそっと中を覗いた。
大輔の隣の家に住む薫子が、担任の沢村洋二郎先生と、昨年の担任の内田路子先生を前にしてうつむいている。どうしたんだろう。

「分かった。薫子ちゃん、髪の毛をかわいく結んできたのに触られたのがいやだったのかな?」
内田先生がしゃがみこんで薫子の顔を覗き込むように見上げる。薫子の肩より伸びてきた髪は、きっちり半分ずつに分けられ黒いゴムで縛られている。別に可愛いってわけじゃないけど夏休み前と、雰囲気は少し違う。

「あれか。『同情するなら金をくれ』ってやつだな」

沢村先生が手を組んだまま薫子を見下ろして言うと、薫子はキッと頭をあげて「ぜんぜん違います」と言った。ごめん、ごめんと代わりに内田先生が笑いながら謝り、沢村先生を見上げて言う。
「沢村先生、それはちょっと例えが、どうかと」
「薫子はドラマ見てなかったのか? 面白かったぞ」
「いえ、そういうことじゃなくて」

そのセリフが有名な『家なき子』という昨年すごく流行ったテレビドラマ。貧乏で可哀相な子の物語だから、主人公の「すずちゃん」がいくらかわいくても薫子が真似するわけがない。

去年「あれ薫子んちにソックリだな」なんてポロっと言った六年生がいて、薫子がボロボロ泣いてしまって。挙げ句に大輔が六年生に殴りかかる事件だってあったのに。沢村先生はちょっとデリカシーがないなと僕は思った。
内田先生が困っていると薫子がちょっとだけ声を張りあげる。

「髪の毛だけじゃなくて、肩とか背中とかベタベタ触られました」

薫子がいつになく怒っているのが背中を見ても分かる。僕は大輔に尋ねた。
「薫子、なんかいつもと違うな。夏休みに何かあったんかな」
「さあ。知らね」

大輔も首を傾げると、内田先生が僕たちに気付いて声をかけた。
「あ、おはよう。ほら、大輔くん来たよ。みんなで教室行ってて。先生もすぐ行くから」
取りなすように薫子に伝え、職員室から出るように誘導する。
出口に向かってきた薫子は顔を真っ赤にして酷く怒っていた。僕たちと目が合うと足をピタと止め、職員室の中を振り返って沢村先生に向かって言った。

「先生がイヤラシイ手つきで触ってきたこと、一生忘れませんから。あたし、負けませんからっ」

先生達がびっくりしている隙に薫子は僕たちの間をすり抜けて教室へと走って行った。
僕と大輔は顔を見合わせ、一緒に沢村先生の顔を見た。内田先生も少しだけ疑うような視線を沢村先生に向けている。沢村先生は慌てて首を振って否定する。

「いやいやいや。普通におはようって言っただけだよ。いつもと同じ。綺麗に焼けたな、どこか旅行でも行ったのかって聞いただけ」
「それは私も聞いてましたけど。いやらしい触り方しました?」
「んなワケねぇだろっ」

沢村先生は「なんだよ、あいつ」とイライラしたように自席に座って煙草を吸い始めた。

「大輔君、薫子ちゃんちで何かあったのかな? 知ってる?」
内田先生は大輔に訊ねる。
「夏休みはいつもと同じ、おばあちゃんがいる新潟の海に行ったって自慢してたよ」
「そっか。その後何かあったのかしら。何か分かったら教えてね。ちょっと心配だから」
内田先生にそう頼まれ、僕たちは「分かりました」と返事をして職員室を後にした。


教室に入ると、真っ黒に日焼けしたクラスメイトはみんな夏祭りの話で盛り上がっていた。
「おはよう。え。ダイスケ、これ作ったの? すげぇ」
あっという間にみんなが大輔を取り囲み、棚のひきだしを開けたり閉じたり、キャッキャ言いながら大輔を褒めたたえた。

「あ、そうだ。ダイスケに借りてたマンガ返す。ありがとな」

そう言ってヒロくんが自分のランドセルから漫画本を取り出し大輔にポンと投げる。「あっ」とキャッチしそこねた本がペタンと落ちる。
「ごめん」とヒロくんが笑うと、それを見た薫子が突然「キャーッ」と悲鳴をあげた。みんなが薫子を振り返る。

沢村先生がちょうど教室に向かっている最中だった。駆け寄ってきて「どうした」と声をかける。

「先生、先生! 大輔がイヤラシイものを見せびらかしてます」
薫子の叫び声でポカンと突っ立っていた大輔は慌てて漫画を拾った。

「い、いやらしくねぇし」
漫画を両手で隠すようにすると、沢村先生はニヤニヤしながら手を伸ばす。
「だいすけぇ。こら、見せてごらん。それはなんだ」

大輔がしぶしぶ先生に漫画を渡す。周りの子は興味津々で「何のマンガ?」とそれを見つめる。薫子の顔は怒りで満ちている。

漫画は「地獄先生ぬーべー」だった。僕も大輔の家で読んだことがある。別にいやらしい本じゃないじゃん。なんだよってちょっとだけガッカリした。先生も「なんだ。ぬーべーか。人気あるよな」とパラパラめくった後、「薫子、別にいやらしくないぞ。大丈夫だ」と言って漫画を大輔に返した。

「はい座ってー」と先生が言うとみんなは席に走ったが、薫子に百恵が寄ってきて「だいじょうぶだった?」などと言い、わざわざ大輔を睨みつけるようにして席につく。

なんだろう。ちょっと嫌な感じだ。
やっぱり大輔と薫子は夏休みに喧嘩でもしたんだな。大輔が気づいてないだけで薫子を傷つけたりしたのだろうと、そのときは思っていた。


ところが、それだけでは終わらなかった。


「過去(害)」へつづく ▶


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