線香花火
「ねえ、今夜花火やらない?」
「いいね」
近所の公園で待ち合わせた香澄と颯太。高校生の二人は、付き合って初めて迎える夏だった。
「あの端っこなら迷惑にならないでしょ」
暗い植え込みの向こうから、虫の声が聞こえてくる。遊歩道の先では自動販売機のライトが白っぽく光っている。
颯太がバケツを地面に置くと、香澄は懐中電灯で颯太の手元を照らす。颯太はろうそくに火を付け、溶けたろうを地面に垂らしてろうそくを立てた。そして、花火のパックをガサガサと開けて線香花火の包みを出すと、いたずらっぽく笑う。
「なあ、これ最初にやろうよ」
「え、なんで?」
「これが最後だと、地味じゃん」
「うーん…。いいよ」
香澄は束を分けると、颯太に何本か渡す。二人は並んでしゃがんで、ろうそくから火を付ける。すぐにパチパチと小さな火花が弾けて、光の玉がぽとりと落ちて消えた。細い紙縒りが数本、バケツの水に浮いた。
「よっしゃ、ここからが本番」
颯太は手持ち花火を香澄と一本ずつ分けながら、火をつけていく。線香花火よりも格段に明るく、色とりどりの火花が輝く。二人はスマホを構えるのも忘れて夢中になった。赤や緑に照らされるお互いの頬は、火が消えるたびに暗がりに白く滲んだ。
「あー、あと一本になっちゃった…」
香澄は名残惜しそうに颯太の顔を見上げた。颯太は最後に残った置き花火を手に取ると、香澄に笑いかけた。
「でも、きっとこれが一番派手だぞ。危ないから香澄はここにいて」
颯太は少し離れたところに花火を置くと、火をつけて、小走りに香澄の所へ戻った。二人はどちらともなく手を繋ぎ、その瞬間を待った。
シューッ!
音とともに火花が勢いよく噴き出し、辺り一面が明るくなった。高く吹き上がった光は、黄色、ピンク、赤、青と次々に変わり、やがて前触れもなくふっと消えた。
「あれ…」
「もう終わり…?」
二人は顔を見合わせた。花火は小さな燃えカスとなり、黒く焦げて白い煙を漂わせている。近寄るまでもなく、もう何も起きないことが分かった。
ろうそくの小さな光に照らされた香澄の白い横顔は、少し寂しそうに見えた。颯太は香澄の細い指をきゅっと握った。
「あーあ、終わっちゃったな」
「うん…」
「俺、何で線香花火を最後にやるのか、今わかったわ…」
香澄は颯太のため息を聞くと、繋いでいない方の手をポケットに入れた。そして取り出した包みを颯太の目の前にひょいと見せた。
「じゃーん、ふふ」
「あー!それ!」
香澄は一本だけ残っていた線香花火を颯太に差し出した。二人は並んでしゃがむと、花火を守るように身を寄せた。香澄の髪が颯太の肩にふわりと掛かった。
颯太は花火の先にゆっくりと火を付けた。小さな火花が火の玉の周りにパチパチと生まれては消え、形を変えながら光り続けた。やがてぷっくりと膨らんだ火の玉は、重さに耐えかねたように震え、ぽとりと落ちた。
香澄が「あー…」と小さな声をあげ、辺りはまた暗くなった。
「ほんとに終わっちゃったな…」
颯太はしばらく地面を見つめていたが、やがて顔を上げた。香澄は颯太と目が合うと、柔らかく微笑んだ。
「うん。でも楽しかった。また来年もやろ?」
「そだな」
颯太は先に立ち上がると、香澄に手を差し出した。香澄は颯太の手を取り、立ち上がった。
「…帰ろっか」
「うん」
二人は手を繋いで歩き出した。夜の湿った空気には、白い煙と火薬の匂いがまだ微かに漂っていた。
#風まかせ文芸部 様 「#線香花火」
こちらの企画に参加させていただきました🎆
夏の短編シリーズ⛱️
