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建造物損壊被告事件 被告人榊原正嗣に関する公判廷記録 【夜に灯る〜クローズドサークル裁判〜】

本記事は、「もしミステリに出てくるような洋館の封鎖事件が現実で起きたら、どんな罪になるのか?」のリアルを解説するリーガル・ミステリ企画です。
小説未読の方は「法律雑学・コラム」としてお楽しみください。

長編小説「夜に灯る〜幻燈の館〜」にて、榊󠄀原正嗣に下された判決、建造物損壊被告事件の刑事判決書について解説いたします。


⚠ 本記事は、架空の事件を題材としたフィクションの判決文です。実在の判例ではありませんが、実際の刑事裁判の形式を忠実に再現しています。本記事は物語の核心に触れる内容を含みます。


考えてみてください。

この現代日本では、クローズドサークルとかいう異常な犯行は、如何なる罪になるのか?


❓️❓️❓️


💡 逮捕監禁罪。
そして自己所有でない物件が舞台であるならば、建造物損壊罪です。


他人の所有する物品の破壊ではあるのですが、他人の建物を脱出不可能に改装すると、親告罪の器物損壊罪ではなく、非親告罪の建造物損壊罪となります。

耐震強度の不足した物件やアスベストの確認された物件を放置すると、所有者が刑事罰を受けることもありますね?
これは刑法上の損壊罪とは保護法益が異なりますが、建物とは何か?という点で参考になるかと思います。
建物とは、非常に価値が高く、人が住んだり利用したりするもの、付近住人や通行人にとっても安全である必要のある「公共性を帯びたもの」です。

建物としての機能を著しく損う犯行は、公共の安全にも関わる罪であるので、非親告罪。
器物損壊罪よりも一段重い、建造物損壊罪が適用されます。仮に所有者が訴えなくても、裁判行きです。


判決文の概要、作中で登場した判決文に出た単語などを、これから解説していきます。でもわたくしは法律の専門家ではないので、正確性は保証しかねます。悪しからず。

🐣 そもそも、判決文(刑事判決書)とはなにか?

刑事事件及び犯罪被害において、罪を犯し被告人として裁判に立つ者にも、被害に遭った方にも、常に大きな感情があり、大抵の場合、それは全面的に衝突します。

それゆえ司法の場では、「客観的な証拠」をもとに事実を見定め、「主観的な感情」は論理というフィルターを通します。

感情と証拠を、法理論をもとに整理した文章が判決文です。
被告人は有罪か無罪か。
刑罰の内容はどうなるか。
その量刑判断を正当とする条文はなにか。
被告人に酌むべき事情はあるか(動機と経緯)。

感情を排し、論理的に、当該事件の犯罪を一から定義します。


 🔍 判決文の構造と基礎知識

判決文の構成:主文と理由

ソレナニ?

主文: 裁判所の「決定」。控訴の対象になる核心。

判決文では、まず判決をバーンとお知らせします。
これが主文。つまりメインです。携帯電話やインターネットなどが普及する前には、社会的影響のある事件を担当する記者さんは、速報を打つため、ここだけ聞いて法廷を飛び出すこともありました。

​理由: なぜその結論に至ったか。証拠と法解釈の羅列。

理由では、主文の判断に至った判断材料を教えてくれます。
当該事件の概要(犯行の違法性)や、被告人の個別事情(情状酌量)など、量刑判断の証拠と法解釈を述べます。

ここで「人情」と「法」の綱引きが行われます。
裁判は判例主義が原則です。しかし裁判官には良心があります。法令から逸脱する判決は出せませんが、特異な事情があるケースでは裁判官が全力でその事情を汲み、裁量の範囲内で大いに調整します。
裁判官(生身の人間)が、裁判の責任者、決定者となっている意義はここにあります。


🦉 よくある用語

「当裁判所」

判決文での一人称(法的な主体、組織としての自称)。
裁判官個人の意見ではなく、国家の機関としての判断であることを示すための重々しい表現です。

「訴訟費用は被告人の負担とする」

当然ですが、裁判には色々お金がかかります。ですが推定無罪なので証人を呼んであげたり精神鑑定してあげたりは国家が立て替えます。疑わしきは罰せず、有罪になるまで請求されません。ゆえに罪が確定した以上、罪を犯した人間が払うのが道理。その人が罪を犯さなければ裁判に纏わるコストも発生しません。それを国費に転嫁するのは善良な大多数の国民に対する裏切りとなるからです。

無い袖は振れないので、免除されることも多いですが、原則として有罪判決の被告人には言い渡されます。刑事訴訟法第181条第1項。

「被告人は既に深く反省しており」

憲法の規定する「思想良心の自由」には反しますが、量刑判断においては、極めて重く反映されるポイント。
再犯防止の観点から言えば、当然です。「反省しているか」は、外部的言動(示談、供述、謝罪文など)として現れているか、で判断します。

「被告人に前科はなく」

以前にも犯罪を犯していた場合、法律を平気で破る、反省してない人間と判断されます。
つまり情状酌量の余地が少なく、再犯可能性が高い。

アメリカなどではスリーストライク、有罪3回目(重罪2犯)なら3回目がどれほど軽犯罪でも終身刑、という州もかつてありました。法治国家において法律を守る意識のない人間を野放しにすることは正義に反するからです。

「被害弁償」

被害者に金銭を支払い、損害を補填すること。
示談の成立と、これが済んでいるかいないかで、執行猶予がつくか否かが変わることも多いです。
「金の問題ではない!」という意見もありますが、「お金による補填」は、明確な反省証拠の一つ。お金イコール誠意ではありませんが、口だけよりマシ。

「宥恕(ゆうじょ)」

被害者が許している状態、あるいは被害者が「重い処罰を望まない」と公的に意思表示すること。
執行猶予には被害者との和解がシンプルに強い。最強の情状酌量要因です。
刑事裁判とは原則として国家VS被告。
ですが、国家の刑罰権を独占行使する司法機関、それは社会正義の組織であると同時に、法哲学的には被害者の代理人が本質でもあるからです。条文や判例があるので被害者感情だけでは被告人を重罰には出来ませんが、被害者感情でギリギリまで軽くすることは出来ます。
被害者が「許す」と言っているなら、裁判所が重罰を与える必要性も減る。
※今回、被害者たちが揃って宥恕したことが、榊󠄀原正嗣の未来を決定づけました。

「付言」

裁判官の判断で、稀に結論につけるオマケ。判決の法的効力には直接影響しませんが、権威として、そして人として一言、というイメージです。社会への警告や、被告人への励ましなどが書かれます。


​時々言われる「司法には感情がない」。
それは半分正解で、半分間違いです。法廷という場所では、「どの証拠を採用するか」が量刑判断の基礎。それは「誰の言葉を信じるか」とも言い換えられます。
つまり裁判とは、究極的には「人間」が「人間」を見る場所。 

 


さて、作中に用意した判決文が以下となります。

■建造物損壊被告事件 刑事判決書

​主文
被告人を拘禁刑1年6月に処する。
この裁判確定の日から3年間、その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
​理由
本件の犯行に至る経緯、被告人の動機、犯行後の態度、並びに被害者らによる寛大な処分を求める声等を総合的に考慮し、以下の通り判断する。本件は、被告人が叔母の名誉回復を目的とし、都内所在の旧洋館において、外部との通信手段を遮断した上で、物理的封鎖を施し、関係者を事実上の監禁状態に置こうとした建造物損壊被告事件である。検察官は当初、本件を「監禁事件」として起訴したが、公判における証人らの証言によれば、心理的・肉体的拘束の程度は極めて限定的であったと言わざるを得ない。よって、監禁罪についてはその実行の着手を認めるに足りる証拠がなく、本判決においては建造物損壊の事実のみを量刑の基礎とする。
​第1 犯行の態様と危険性
被告人は、数百箇所のネジ穴への樹脂注入、通信網の事前遮断など、極めて計画的かつ徹底した建造物損壊に及び、建物の機能を著しく損なわせた。これは、公共の安全と他者の財産権を著しく侵害する反社会的な犯行であり、その手法の特異性と完遂能力の高さ、建造物損壊罪の態様としては、前例を見ないほど悪質かつ特殊なものである。本来、法治国家において到底容認できるものではない。​
第2 犯行の動機と経緯
しかし、本件の背景には、15年前の事件において、被告人の叔母が冤罪の疑いをかけられ、メディアの過熱報道と捜査機関の作為的な情報流布により自死に追い込まれた事実がある。被告人が選択した手段は非合法的ではあるが、その根底には「司法による正義」への歪な形での期待と、国家機関の不作為に対する深い悲痛があった。
当時15歳であった被告人が、成人後、合法的手段を尽くしたにもかかわらず制度の壁に阻まれ続け、再捜査の端緒すら掴めなかった絶望感は想像を絶する。
第3 被告人の主観的意図
被告人の目的は、他者を傷つけることや自己の利益を得ることにはなく、偏に「真実を語り合う場」の確保にあった。神依氏の供述によれば、被告人の工作は「他者を絶対に傷つけない」という信念に基づき、心理的障壁としての機能に限定されていた。事実、殺人事件の発生という不測の事態に際し、被告人が即座に封鎖計画を放棄した事実は、被告人の良心の証明である。
第4 情状証言と社会的評価
本件において特筆すべきは、監禁の被害者とされる者たちの証言である。被害弁償がなされていないものの、被害者らは宥恕の意思を示しており、被害を受けた建造物の所有者である宇田川氏は当裁判所に対し「なんとかならないか」と被告人の善性を理由に情状酌量を求めている。また、当時誤報を発信した当事者である羽賀氏が、本件の責任は自分にあるとまで述べ、被告人の寛大な処分を求める上申書を提出している点は、本件の根底が15年前の冤罪事件であることを強く示唆している。
さらに、現場に居合わせた元警察官、大手企業社員といった多様な社会的背景を持つ証人らが、被告人に対し「生命の危険を感じなかった」「善良な人間である」と供述し、むしろ被告人の人柄や事件当時の振る舞いを肯定する異例の証言が相次いでいる事実は、犯行の悪質性を著しく減じるものである。また、証人らが一様に寛大な処分を求めている点は、量刑判断において無視できない。​
結論
被告人の行為は、実定法上決して容認されるものではない。しかし、被告人に前科はなく、犯行に「相手を傷つけない」という強い自制が働いていたこと、殺人事件発生後は直ちに計画を中止し捜査に全面的に協力したこと、被害者らによる強い宥恕を考慮した。被告人は既に深く反省しており、再犯の恐れも認められない。
諸事情を鑑みるに、直ちに実刑に処して被告人を社会から隔離することは、むしろ正義に反すると判断せざるを得ない。よって、社会内での更生の機会を与えるのが相当と判断し、主文の通り執行猶予を付した判決を下す。
なお、当裁判所は、被告人をこの暴挙にまで追い込んだ15年前の捜査・報道の在り方について、強い懸念を抱かざるを得ないことを付言しておく。今後は法を遵守する一市民として、被告人がその善性を社会のために役立てることを切に願う。


⚖️ なぜ「監禁罪」ではなく「建造物損壊罪」なのか?

ここからは、なぜ裁判所は逮捕監禁罪が退けたのか?を解説していきます。

前提:クローズドサークル中の挙動

現場では元警視庁捜査一課警部補である間宮真が指揮していました。ほとんど遭難状態であった当時、実質的リーダーは元刑事であり、監禁犯(仮)である榊󠄀原被告は、その手下。間宮の強権的指示で動き、間宮に意見具申する立場。
通報が叶い、警察と救助を待つ時間。女性2人(雪野志桜里・真崎美緒)がソファに、神依春一がピアノ椅子に座っているとき、榊󠄀原被告は床で胡座でした。物理的にも低姿勢。

【刑法第220条(逮捕及び監禁)】

​不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、三月以上七年以下の懲役に処する。

★逮捕監禁罪が成立する要件
逮捕:人の身体に対して直接的な拘束を加えてその行動の自由を奪うこと。
法的な根拠なく、相手をロープ等で緊縛する行為などが逮捕罪に該当。直接的に身体を拘束する必要がある。

監禁:人が特定の場所から移動する自由を奪うこと。法的な根拠なく、相手を部屋に閉じ込めて鍵をかける行為などが監禁罪に該当。相手の脱出を不能又は著しく困難にした場合にのみ、監禁罪が成立し得る。ただし物理的封鎖である必要はない。

​心理的な監禁: ドアの鍵は開いていても、「ここから一歩でも出たら殺す」「逃げたら家族の命はない」と脅し、恐怖で逃げられなくする行為も監禁。

​状況的な監禁: 「ボートに乗せて湖の真ん中に放置する」「真冬の山小屋で服や靴を全て奪う」「車椅子を取り上げる」など、自力で脱出すると死ぬ危険のある状況を作ること、あるいは明確に不可能にすることも監禁。


📜なぜ、榊󠄀原被告には監禁罪が成立しないのか?

① 正面玄関が無施錠で開いていた。(物理的監禁の否定)窓は樹脂で封鎖されていたものの、正面玄関からは自由に外へ出られる状態であり、物理的に脱出不能にされたわけではない。

②脱出を困難にした原因である暴風雨及び土砂崩れは、誰も予見できなかった。(状況的監禁の否定)
外に出られない最大の理由は天災(自然現象)であり、榊󠄀原被告が意図して作り出した「危険な状況」ではない。

③状況を利用した威圧、高圧的言動、被害者への脅迫がなかった。(心理的監禁の否定)
現場での榊󠄀原被告は終始低姿勢であり、脅迫や恐怖による支配関係が存在しなかった。監禁罪の心理的拘束には「恐怖による支配・服従関係」が必要。

したがって、「窓を塞いで建造物を損壊した事実」はあっても、「人を監禁した」という構成要件は満たさないため、監禁罪は不成立(無罪)となってしまうのです。


💥つまり、頼れる現場指揮官だった探偵・間宮真こそが、監禁罪の構成要件を完全に殺した犯人。
クローズドサークル参加者のみなさんによる、フワッとした合意形成で、現場を実質的に支配していたのは元刑事である間宮。
勿論、検察官は頭を抱えましたよ。
もしヤツがいなければ、遭難状態をなんとか打破したい榊󠄀原がリーダーシップを発揮していた可能性があり、検察側としても「榊󠄀原が場を支配していた」「極限状況を利用して被害者を従わせていた」「よって心理的監禁が成立する」と主張できました。



 🚨現場調書 【生存者のみなさんから警察が聴取した証言】

★28歳女性、雪野志桜里
「はい。ええっと。当時は、色々ありましたけど。でも、死ぬかもしれない、という怖さはなかったです。間宮さんの指揮や榊󠄀原さんの説明で安心出来ましたから。……あの、私、監禁されてたんでしょうか?榊󠄀原さんは良いひとでしたし、嵐で土砂崩れがあったから救急隊員のみなさんに来ていただけるまで動けなかったイメージなんですけれど……」

★大手町にある一流企業本社勤め、神依典彦
「春一のチョコレートを食べて、間宮さんの指揮のもと、皆で冷静に会議をしました。適切に仮眠も取りました。榊原さんが『そろそろ寝ませんか』って、提案してくれたので。彼と同室で休みましたけど、年下の私にもずっと丁重でしたよ。少なくとも私には、彼への悪感情はありません。……正直、あの閉鎖環境で貢献していたのは私と間宮さんと春一のほかは榊󠄀原さんだけでしたし、あそこで工学知識があるのは私と春一と榊󠄀原さんだけだったので、バ、いえ無知な相手への説明が得意な榊󠄀原さんには助けられました。怒鳴ったり不貞腐れたりする人もいる状況でしたから。まあ、かなりうっかりした人ですけど、ずっと善良で誠実な人でした。」

★当該物件の所有者、宇田川昇
「……私は……救助隊員と榊󠄀原くんに支えてもらって、土砂崩れがおきた現場から、なんとか下山できたんです。彼は90kgを超える私の体重に、嫌な顔一つしなかった。前日には、自力で脱出できるか外を確認しにいくと決めた私に、一緒に行くと彼だけが申し出てくれました。謝絶すると、震える手でレインコートを差し出してくれたんです。物件の被害は、勿論、痛いですよ。殺人3件の上に樹脂で窓が開かないわけですから、どう考えても売れない。安く仕入れたはいいものの、維持費と固定資産税だけが嵩むから、売り抜けたかったんですがね。……それでも彼の15年間を思えば。榊󠄀原くんに損害賠償を求める予定はありません。彼の職場にも、なんとか雇用を続行してもらえないかと話しに行こうと思っております。彼は本当に、気のいい善良な青年なんです。前科がつくのは、あまりに気の毒だ。なんとかなりませんか?」


​……監禁罪(心理的監禁)を立証したい検察官からすれば、絶望的な調書です。
「被害者が恐怖を感じておらず、むしろ被告人に感謝し、避難生活の協力者だと思っている」状態では、どう足掻いても「監禁」の構成要件を満たせません。



🧠榊󠄀原被告の犯行動機

叔母が殺人の容疑をかけられた。
→捜査関係者による作為(と不作為)があった。
→警察発表を鵜呑みにした記者に顔出し実名報道されて叔母は26歳で自殺した。
→再捜査されない、司法に絶望した。
→大人になった。
→やはり叔母の名誉を回復させたい。
→証拠なし金なしコネなし再捜査拒否ありメディア頼れず。
→被害者遺族が訪ねてきた!同志!
→証言を自分で集める!それを証拠に再捜査をお願いして司法で正義を!
→真実が明らかになれば良い、反省して語ってくれたらそれでいい。

Q.相手を『絶対に傷つけず』逃さずにお話を聞くには?
A.クローズドサークル改装



もしあなたが、この裁判で裁判員として喚ばれたとしたら、どんな判決を望んだでしょうか?



↓3年後の榊󠄀原正嗣被告




🌌 裁判の途中経過と、裏

他者の所有する建造物の破損は、明確な違法行為です。しかしその行為は、警察による再捜査を望んだ彼にとって、最も倫理的かつ現実的な唯一の解でした。
彼はあくまで司法機関を信じています。彼の願いは、警察による再捜査で真実が明らかになること。再捜査を求めるための証言を得たい。しかし他者を絶対に、傷つけたくない、そのために選んだ手段です。
榊原さんは15年前の事件当時15歳です。
榊原さんの叔母上は亡くなられ、榊原さんには資金も権限も証拠もなく、何よりすでに再捜査は明確に拒否されており、自殺の原因であるゆえにメディアも頼れない。
叔母上の冤罪を晴らす合法的代替手段は、理論上は存在しますが、それは凡て現実的には不可能、それを貴方方は一番良くご存じのはずです。
弁護士を通じて情報開示請求を行っても、警察の捜査情報は原則として提供されない。再捜査の請願をしても、客観的かつ決定的な新証拠、有力情報がなければ警察は動かない。民事訴訟による国家賠償請求は、警察の過失や違法性を原告となる榊󠄀原さんが立証しなければならない。つまり事件の真相が明確でない状況で警察を相手に勝つことは絶対的に不可能。
検察審査会に申し立てたところで、一般市民から選ばれる審査員は、当時の捜査が不当だったと判断する材料のない状況では、不起訴相当、捜査は妥当だったと結論せざるを得ないでしょう。
また、いずれの手段も多額の費用を要します。警察や国を相手に訴訟を起こすには、着手金だけで数十万、長期化すれば数百万単位。そもそも勝訴の公算が極めて低い案件を引き受ける弁護士を見つけること自体が困難です。
そんな彼が叔母上の名誉回復のためにできた合法的代替手段を具体的に提示してください。
榊原さんの工作は、あくまで『話し合いの場』を維持するための精神的な心理障壁に過ぎませんでした。
彼は事前工作で建物の通信は全滅させていましたが、モバイルルーターがあれば、嵐がなければ通報可能でした。事実として、雨が上がって約6時間後、電波が通るようになって間もなく、叩き割った2階の窓から間宮さんが警察に連絡しています。また殺人発生したのちには、彼は即座に計画を取り止めたため、最後に封鎖予定だった正面玄関は封鎖されていません。
……仮に殺人事件が起こらず、正面玄関を閉ざして封鎖計画を完遂させていたとしても、物理的監禁の程度は限定的でした。現に、封鎖を施されていた硝子窓は、間宮さんの『バール一振りで』容易に破壊されました。たったそれだけで封鎖は無効化できた。彼が私たちを殺すために閉じ込めたのではないことが、その脆さからも分かるはずです。
彼は2日間ずっと他者のために尽くし続けました。保身は欠片もなかった。誰に対しても、悪意も、恨みも、榊原さんにはありませんでした。南雲由紀さんを犯人ではないと知った上で早期の幕引きのため容疑者として警察発表した、と告げた元警察官に対しても、迷わず自ら介抱していたことを、生存者全員が目撃しています。
被告人の善性、悪質性の低さ、手段の非致死性、期待可能性の欠如は明白かと存じます。
確かに現場では、結果として殺人事件は発生しました。
ですが、善の目的、やむを得ない手段に、結果の悪を混同するべきではありません。

当時喫茶店アルバイト・神依春一の情状証言


彼の行いは間違いなく犯罪であり、反社会的な行為です。厳罰が相当でしょう。
しかし、個人的には情状酌量をお願いしたい。
たった2日間でもよくわかった。彼は善良な人間です。彼を知る者なら誰もがそう言うでしょう。
……本件の立件において、検察官は、類い稀な分析力と完全記憶能力を持つ神依春一に対して最も長く聴取し、詳細な事実確認の柱としてその証言を全面的に採用されたはずです。であるならば、その証言の一部である『被告人の動機・目的』だけを否定するのは論理的ではない。
恣意的な証言採用ではありませんか?

元刑事・間宮真の情状証言
(当時は弁護士会御用達の大手調査事務所、天城調査事務所に所属)


通報直前、間宮真に同行した神依春一の一言。
「古い窓ですから、中央付近に叩き下ろせば、間宮さんなら一撃ですね」

捏造はいけない。法治国家で生きる以上、遵法は大前提。春一は、善良であれば基本的人権が保障される社会が好きだから。
でも救いたいのなら、やらねばならない。

法律の裏をかく? 脱法。それはいけない。
法律を無視する? 無法。それはいけない。
完璧な客観的事実を発生させる? 合法。

名探偵は、過去を推理する証拠を「発見」する。
神依春一は、未来を見据えて証拠を「製造」する。

100%合法的な手続きで、100%客観的な事実を。
ターゲットは、土台となる「論理的必然」。





🏛️ もう一つの裏側

凶悪犯罪を行った人間を、執行猶予にしてしまいました。今回の公判、検察は実質的に敗北したわけです。
つまり担当検察官は、キャリアに大変な傷を負いました。それでも、同時に安堵もしました。

神依春一と間宮真には、殺意と感謝しかない。
何故、情状証言で論理と倫理を展開してくる?
何故、元仲間のくせに味方でいてくれないのか?
……だが彼らの証言により、正義に反する結果だけは避けられた。

そもそもが検察官とは、社会正義のために尽くしたい、正義の味方でありたい、高潔な人であるのですから。
それが今回は、司法機関の過去の不正義、悪徳の尻拭いです。法廷では、まるで組織の不祥事を庇うかの如く扱われるのです。

それでも犯罪の事実がある以上、有罪にせねばなりません。許してあげて、という被害者感情を無視して。何故なら建造物損壊罪は、器物破損と違い親告罪ではないのです。本来は法治国家の精神への反逆ですよ、この犯罪は。

榊󠄀原自身には数年捕まる覚悟があったのも、検察官にはキツイ……!の原因でした。そもそもは司法機関に身内を殺されたも同然なのにそれでも司法を信じていて、さらに後悔も反省もしている被告人。

「おれのせいで皆さんに迷惑をかけました。叔母のことは言い訳になりません」

なにをどう見ても凶悪犯罪!誰がどう見ても善良!

誰だって泣きたくなります。
非難の視線の集中砲火、孤立無援のなかで自分でも正義に反すると感じる職務を遂行せねばならないのです。

検察官にとってこの裁判、あまりに孤独。






↓榊󠄀原正嗣、間宮真、神依春一の3年後の日常。


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桜子 いつもありがとうございます。読んでいただけて、とても嬉しいです。