第1話ポンパドゥール夫人の微笑み:ここは板橋元町、EVなし雑居ビル6階 【間宮真の機能的ロココ探偵事務所】
ロココ探偵は何故生まれた?
間宮真。職業、探偵。
2025年7月、警視庁を退官してから5年勤めた大手調査事務所から独立し「間宮探偵事務所」を開業する。
目標としていた独立資金が貯まった去年9月。
「とある条件」で探した自宅兼事務所となる物件。
探偵業のランニングコストを下げる為に一括購入する商談が年明けに成立。
約半年かけて、電気設備と給排水設備の更新、壁床の断熱防音の工事、事務所ドアの防犯強化、浄水器風呂トイレ無線LANの設置。
すべて予定通り。
……事務所が、機能的なポンパドゥール様式に改装されたことを除けば。
奇数話は、束の間の私生活と物語の導入を。偶数話では、謎と真実が優雅に立ち上がる事件篇をお届けいたします。
いったいどこの匠の仕業だ?
扉を開けた瞬間に言葉を失う。
そんな体験をしたのは、今回が二度目だった。
犯人はわかっている。そして原因は俺だ。
「わかった。好きにするといい。俺は金は出さんが、口も出さん。手が必要なときは声をかけろ」
ゼウスとて、見つければ攫って手元に置きたがるであろう美貌の持ち主に、そういって許可したのは俺である。
「春一、……いや、」
許可したのは、俺。
彼を責めるのは筋違いだ。
独立にあたり購入した物件。自宅兼事務所として、リノベーションが必要な状態、だった場所。
「とても、仕事が早いな……」
なんとか言葉を捻り出して入室するが、彼に向けた声が震えていないことを祈る。
10日間の出張から帰ったら、俺の探偵事務所が雅やかな洋風サロンになっていた。
犯人は、神依春一、28歳。
一昨年9月、喫茶店でアルバイト中にエリアマネージャーにより直々にスカウトされ、たった5カ月。
そんな短期間で5億8千万円の売り上げを叩き出し、銀座にある外資系ハイジュエリー路面店で、エース販売員になった男。
その結果、その溢れる才能を創業家オーナーCEOに見出された、天才。
彼との、出張直前の遣り取りを思い出し、嘆息する。
真さん、ここ、俺が改装してもいい?
ボスにね、お金の使い方を覚えなさいって言われて。でも、使い道が全然思いつかなくて困ってたんだ。
……未だに弟と同居して家賃11万円のマンションに住んでいると知れば、誰だってそう言いたくなるだろう。
不要不急の買い物の極みであるハイジュエリーは、物理的価値以上の物語や感情を、信頼と空気ごと買う世界だ。
精神全振りの彼の価値観。それが〝ハイジュエリーの魔法〟を成立させる本質的資質だと理解していても。
それは、指導すべきと思えるだろう。
だが、金銭的価値を真実、度外視している人間に言えば、この出力結果になることも想定して欲しかった。
……俺も想定するべきだった。
そして、もう一人。優美なテーブルを挟んで彼の向かいに座っている朴訥とした男が、実行犯である。
名は榊原正嗣。3年前の、あの地獄のような2日間『旧梨木邸連続殺人事件』で出会った榊󠄀原。
彼の底抜けた善性を、春一は最大に気に入ったらしく、友達になったとは聞いていた。
榊󠄀原は犯人真崎美緒を、恋愛感情も自己犠牲意識もなく、信じて護り続けた。
叔母の冤罪を証明したいという願いを、犯行に利用されたと知っても責めず、寄り添えなかったことを詫びた。
善性の極致にある者同士、気が合うのも理解できる。
しかし、しかしだ。
こいつは、通信手段に溢れたこの現代日本で、完全な物理封鎖および一切の通信手段の断絶を実行。
たった一人でクローズドサークルを完成させた男だ。それを忘れるな。
最後に塞ぐ予定だったらしい正面玄関を除く、出入り可能なポイント。
窓から通風孔に至るまで、その全てのネジ穴、数百個にエポキシ樹脂を注入、実質的に完全破壊した、狂気の人間である。
「おかえりなさい。真さん」
「お久しぶりです、間宮さん、お邪魔してます」
その辺のパチモンとは明らかにグレードの違う、格調高い家具たち。
ルイ15世様式で揃えられた、優雅なテーブルセットとキャビネット、チェスト、サイドボード、そしてデスク。
恐ろしいことだが、おそらく全てマホガニー材で作られている。
薄青のダマスク織りファブリック、包み込むようなラウンド型のベルジュール、カブリオールレッグ……。
ポンパドゥール様式の美しい肘掛け椅子に腰掛ける二人の朗らかな言葉に、帰宅の挨拶を絞り出す。
なぜ、ロココ調にした?
「……ああ、ただいま」
奥にはシェーズロングまである。休息用の寝椅子はありがたいが、職業探偵が使用するには、あまりに可憐なデザインだ。
天井には、ブロンズ仕上げのボディに、5灯の花が咲いている。無骨なシーリングライトが、ミルキーシェードのシーリングシャンデリアになっていた。
部屋全体を包むのは、ライラックのような柔らかな色味、上品な光沢が仄かに揺れる織物壁紙。シルクシャンタンである。ここはラグジュアリーホテルか?
そして、床一面に敷き詰められている石材。これ、スペイン産大理石Crema Marfilではなかろうか。乳白色に、うっすらと走る象牙色のベール、しっとりとした艶。
歩くたびに、ごく小さく靴音が響く。
靴底から微かに跳ね返る反響が、耳に触れる。素材の密度が違う。
音で空間を管理する。
そんな床を、探偵事務所に敷こうと考える人間が、この世に存在しているなんて、誰だって想像すらしないだろう。
俺もしなかった。今日、この日まで。
軽い眩暈を覚えつつ、いつもの無表情を取り繕う。
……この空間で探偵をやるのか、俺は?
きらきらと音がしそうなほど期待に満ちた二対の瞳が見つめている。
「とても機能的で、……今にもハープの音色が響いてきそうな部屋になったな」
これは事実だ。実用性において文句の付けられる点は一つもない。俺が考えていた無難なレイアウト。それがゴミのように思える出来栄えだった。
家具の高さ、配置、照明の落ち方、音の跳ね返り。明らかに俺の身体や行動、嗜好、全てに配慮された完璧な動線を基に設計されている。
彼らの異次元の頭脳とこだわり、資金力。
その全てが、遺憾なく発揮されて作られた部屋であることは、一目瞭然だった。
ここが雑居ビルの一室であり、俺のような威圧的で愛想のない人間が主人である、という現実を無視すれば。
完全無欠と言ってよい仕上がりである。
だが、ここは板橋区、駅徒歩5分の雑居ビルの6階、築古・エレベーター無し。そこらの軽微な事故物件より売買ハードルの高かった物件。
売主の財政状況から、一括キャッシュ購入ということで700万円にまで値下げされるような、事務所、兼自宅。
何故そこに、機能的ポンパドゥール改装をしようと思った?
そもそも、何故その2つの相反要素がここまで完璧に両立できるんだ?
……この2人以外で、そんな所業が可能だとすれば、そいつは間違いなく悪魔である。
嬉しそうにハイタッチしている彼らの横を通り抜け、デスクへと向かう。
デスクチェアは、事務所の購入にあたって唯一こだわろうと思っていたところだった。
カタログもいくつか取り寄せた。このハイバックのデスクチェア、価格は30万円を超えていた気がする。
機能美に満ちた、しっとりとしたダークブラウンのレザー。実に快適そうだった。
……このデスク、特注だろうな。春一がデザインしたとしか思えない。明らかに俺の身体と嗜好に合わせて精密に設計されている。完全に俺の使用を前提とした構造だ。
俺の仕事と、使い心地の快適さに最適化された、極めて機能的なルイ15世様式の書斎机。
独立を考えていると話したのは半年前だ。いつ、どんな伝手を使って用意したのか、訊くべきだろうか。
「あ、真さん。さきほど、依頼者さんからのお電話を承りました。今日帰宅予定だって言ってたから、明日の午後2時の予約としたけど、大丈夫だよね?」
お前はいつからここの事務員になったんだ?
微笑みながらの言葉に、些か混乱する。
どう考えても零細探偵事務所の受付は、月収が数百万の人間にやらせる仕事ではない。
だか彼の瞳を見て、すぐに思い直す。
……春一が楽しいならそれが一番だ。
彼は電話が好きで、人間が好きなのだから。
なんの問題もない。
春一が笑っているだけで、ひどく心が満たされる。
ここが彼にとって、楽しく居心地の良い場所であるのなら、それでいい。
「構わない。ありがとう」
肯くと、眩い笑顔と貴重な証言を貰うことになった。
「……でも、不思議な女の人だった。困ってはいるみたいだったから一応、予約を受け付けましたけど」
俺はその言葉で、明日の依頼人は相当、警戒すべきだと理解した。そして、断ることも視野に入れる。
春一は決して悪口を言わない。
その彼が迷いながら不思議と評した。
つまり大抵の人間が非常に不快感を抱く碌でもない人間性の持ち主、あるいは強烈に不審な電話だった。
そう考えるべきだ。
◆
7月22日、午後3時。
依頼者と面談した俺は、依頼を受けることに決めた。だが今回の件、利益が出るかは微妙なところだ。
依頼者は案の定、不審な女だった。
[Makoto Mamiya's Functional Rococo Detective Agency]
Note: This English version is automatically generated by AI. It may not perfectly capture all the subtle nuances of the original Japanese text, but I hope you enjoy the world of the Rococo Detective Agency.
Please note: Due to AI translation, the protagonist's name may inconsistently appear as 'Shin' or 'Makoto'. Please be assured that they refer to the same character, Makoto Mamiya.
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