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【連載小説】たゆたう肖像  〜第13話 足を引っ張るなよ!〜

前回までの話

ついに晋吾がチーフデザイナーに昇格した。
しかし、複雑な想いを抱える真由美。
小笠原を追いやったのは自分だと、
自責の念に駆られ、恋人の出世に
素直に喜べない真由美は、
逃げるように会社を出た。


第13話   足を引っ張るなよ!


月曜日の19時前、

家路に就く人影はいつもよりも多かった。

西小山駅を降りて、

夕飯の買い物すら忘れて歩いていた時、

『ABBEY ROAD』の看板が目に入る。

誰でもいい、

何でもいい、

縋りたい。

吸い寄せられるように看板に近づいて、

何の抵抗もなく扉を開けた。

「いらっしゃいませ。あ、またお会いできましたね。」

マスターはそう言って笑顔を見せた。

客を向かえる時の常套句なのか、

それとも本当に覚えているのか。

どうでもいい事だけは

しっかりと頭で考えてカウンターに座る。

カウンターの左隅の席で、

白髪交じりのスーツ姿の男性が、

怨むような眼差しをスポーツ紙に向けていた。

そんな男性の後ろを通って

カウンターの中に戻ったマスターが、

急いで水とメニューを手に持って

あたしの横に立った。

あたしはメニューも見ずに、

「ブレンド下さい。」

とだけ言ってスマホを取り出した。

マスターは出しかけたメニューを静かに引っ込めて、

「畏まりました。暫くお待ちくださいね。」

と微笑んだ。


 
コーヒーを待つ間スマホ画面に没頭するも、

何が映っているのかすら朧げだ。

あぁ、あたしは地元の商店街でも

日の当たらないチューリップなんだ。

頭に浮かぶのは陰鬱な発想ばかりで、

顔を出しては消えてを繰り返す。

そんな頭が水分を渇望したのか、

手が勝手に動いてカップに伸びる。

でも、そこにカップはない。

あ、まだだった、コーヒー・・・

この店のコーヒーって本当に待たされる。

そんなあたしの頭の上を、

ジョンとポールの歌声が行き交っていた。

「Help! I need somebody Help!」

まるであたしを嘲うかのような軽やかな歌声を、

誰でも口ずさめるメロディに乗せていた。

いや、本当に助けて・・・

その時、

苛立つのも億劫なくらい萎びたあたしの前に、

コーヒーが刺激を伴う香りと共に登場した。

マスターの

「大変お待たせ致しました。」

という言葉も終わらないうちに

カップを口に運ぶ。

出来立てコーヒーの香りに

動物的本能を刺激されたのか、

それともこのコーヒーが

全て忘れさせてくれると信じていたのか、

カップから唇に伝わる熱さなど

気にもしないと言わんばかりにゴクリといく。

苦い・・・

思わず顔を顰めたあたしを見てマスターが笑った。

マスターがカウンター内に戻って、

「今日のはどうですか?」と聞いてきた。

どうもこうも苦いよ・・・

あれ?

さっきまで主張してた苦味がもう消えてる。

「今、苦いですって言おうとしてたんです。

でも、今は全く感じない。不思議です、ホントに。」

あたしはそう言って2口目を啜った。

ここでも苦味は強烈に主張するが、

一発屋芸人みたいにサッと消えていく。

マスターは目を丸くするあたしを見て、

「生きてると、

苦味を感じなきゃいけない時って

あるじゃないですか。

でも、苦味は一瞬。

後は美味しさだけを

味わいたいものですよね。」

と言って、

テーブル客が注文したパスタを作るため

カウンターに背を向けた。

その時、

さっきとはまるで違う空気に包まれたあたしは

無意識に負のループから抜け出していた。

この店のコーヒーは、

今日もあたしの気持ちを代弁してくれる。

本当に不思議。

そう思って湯気を立てるカップをじっと見つめ、

あたしの気持ちに溶け込むコーヒーに

頬を緩ませた。


この店のコーヒーは、

あたしに合わせてブレンドされてるんだ、

と、

大層な妄想を抱えながら店を出る。

店を出た途端に

また色んな事を考えるが、

コーヒーの力は偉大なり。

とにかく今は仕事頑張らなきゃ、

大きなチャンスなんだから。



翌日から晋吾の仕事スタイルが始まった。

今抱えている案件には飽き足らず、

精力的に営業を掛けてくる。

晋吾のエネルギーは今までとは比べ物にならず、

そのペースについていくのに必死だった。

グローバルウェアという

大きな案件の他にも幾つか掛け持ちし、

終電近くまでオフィスで机に噛り付く毎日が続く。

矢野っちも、

自分が望んだこの現状に冷や汗をかいていた。

体2つ欲しい・・・

2人の部下は

本気でそんな事を考えながら仕事に没頭する。

唯1人、

もはや誰の注目も浴びず、

蚊帳の外になったチーフだけが

日が暮れる前に帰社していた。

それでもあたしは

晋吾の下で忙しく働く事に喜びを感じ、

苦しみ、失敗を重ねながらも

恋に仕事に全力な自分を

誇らしく思っていた。

そんな日々が続き、

皆の疲労も限界に達してきた頃、

ついに晋吾の雷があたしの頭上に落ちた。

「足を引っ張るなよ!」

そこから始まった

パワハラ紛いの辛辣な言葉たちが

あたしを容赦なく黒焦げにする。

皆がその剣幕に背を丸める中、

あたしは晋吾の席の横で

萎れたように立ち尽くし、

何度も謝った後、

打ちひしがれたように項垂れたまま

デスクに戻った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第14話「私は笑えません」に続く

  第12話はこちら  第14話はこちら

劇中歌です!


「たゆたう肖像」をマガジンに纏めています!
前回までの話もよろしくお願いします😆

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こちらもぜひ読んでみてください😊


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