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【連載小説】たゆたう肖像  〜第12話 悪魔みたいな1日〜

前回までの話

『ABBEY ROAD』でコーヒーを満喫して
帰宅した真由美だったが、母からの
不在通知をそのまま鞄に入れてしまう。
クライアントからまたも
難題を突き付けられた真由美は、
とも美からのLINEの内容に衝撃を受ける。


第12話   悪魔みたいな1日


にわかに信じ難い文面だけど、

とも美はこんな冗談をかますほど

ユーモアに富んでいる子じゃない。

今日から晋吾がチーフに昇格する。

それをドラマチックに伝える

とも美の文面に目を疑った。

あの社長がチーフを下ろした?

この前あたしがあんな事言ったから?

頭の中で様々な思いが飛び交い、

脳みそが飽和状態になった。

あたしの身震いが、

晋吾がチーフに昇格した事への

喜びではない事だけは、十分理解できている。

激しく脈打つ心臓の音を耳の奥で、

体全体で感じながら、

例えようのない居心地の悪さに

パスタを食べるのも忘れた。



「ただいま戻りました。」

か細い声を出し、下を見続けたまま

予定の書かれたホワイトボードに向かって歩き、

自分の欄の文字を消した。

何かに怯えながらゆっくりと顔を上げると、

「何をそんなにビクビクしてんだよ、

ダメになりましたなんて、冗談言わないよな?」

と、

笑みを湛える晋吾が軽快に話しかけてきた。

心臓が飛び出るほど驚いたあたしは

反射的に首を向け、

「あ、はい。」

と、答える事しか出来なかった。

落ち着かない気持ちを連れて

静かにデスクに座った。

緊張のような不安のような。

皆いつも通り、

いや、

いつも以上に顔を輝かせて仕事している。

変化がもたらした恩恵なんだろうが

居心地悪い事この上ない。

未だオフィスを見渡すことが出来ない。

だって

チーフがどんな目であたしを見ているのか・・・

入社してから色々とお世話になった人なのに、

あたしはそれを裏切ったんだ・・・

怨んでるに違いない。

今は、

今は晋吾の顔しか見れない。

晋吾だけを見ながらデスクを立ち、

打ち合わせの報告をする。

しかし、その報告が尚更あたしを不安に陥れる。

グローバルウェアの中田氏は

晋吾が考えたキャッチコピーにNGを出したんだ。

兎に角この居心地の悪さを払拭するように、

何も考えずに全てを報告し終えたあたしの顔が

引き攣った。

晋吾は顔を顰めて

持ち帰った企画書をじっと見つめている。

明らかに納得いかない目を湛えながら

晋吾はゆっくりと顔を上げた。

「シンプルで心にね・・・ま、いいや。

後は任せる。逐一報告するように。」

晋吾の口調は

あたしの想像を良い意味で裏切った。

棘のある口調で怒気を発するでもなく、

淡々として、

最後には微笑みすら見せた。

チーフになったという満足感からだろうか。

いずれにせよ、

胸を撫で下ろしたあたしは軽く頭を下げて、

少し軽くなった胸と共にデスクに戻った。



しかし、

今日という悪魔みたいな1日は

執拗に食い下がって離れない。

あたしの斜め後ろ、

デザインチームの島に机を寄せる訳でもなく、

あたしの席に1番近い窓際の小さな机に

チーフが座っていた。

何であたしから1番近いのよ・・・

あたしは戸惑いながら、

窓際に顔を向けないようにして椅子に座ると、

「お帰り。」

と、チーフが笑顔であたしに声を掛けた。

その声を背中に受け、

少しだけ顔を横にずらし、

気まずそうに無言で頭を下げた。

何で笑顔なのよ・・・

いっその事睨むなり

無視するなりしてくれた方がマシだよ。

デスクでPCを立ち上げて

企画書を広げたが気もそぞろ。

背中にむず痒いものを感じながら

祈るように時が過ぎるのを待つ。

その間何をしている訳でもなく、

あたしは晋吾とチーフの間で

気まずさを抱えながら、

落ち着く居場所を探していた。

その空気を察したのか、

時計が5時半を指すと

チーフが手を止めて、

「お先に。」

と言って席を立った。

皆が、

扉を開くチーフを憐憫の表情で見送る。

元々残業が多い人じゃないけど、

定時で帰宅するなんて今まで見た事がない。

あたしがドアが閉まる乾いた音と共に

力なく項垂れると、

矢野っちが椅子を寄せてきて

「あぁ、定時に帰っちゃったよ小笠原さん。

無理もないよな、今日いきなりだもんな。

しかも1人で離れたデスク。俺だったら辞めちゃうけどね。

悪い人じゃないんだけどな、あの人。

でも、望みどおり本村さんがチーフなんだ。

やる気出てきたぞ。吉崎のおかげだよ。」

と、塩と砂糖が混じったみたいな事を言った。

チーフが帰ったところで仕事に集中できないあたしは、

スマホを取り出して晋吾にLINEを送った。

『今日一緒に夕飯食べない?』

返信はすぐに送られてくる。

『悪い、今日は例の広告で打ち合わせが入ってる。』

またも固まる・・・

1人は嫌よ、こんな日に・・・

晋吾はそんな気も知らず、

というか相手にもせず

そそくさと『打ち合わせ』という名目の

飲み会に出向いてしまう。

当事者2人がいなくても

居心地の悪さが解消された訳ではない。

むず痒さとやるせなさを鞄の中に入れたまま、

あたしは逃げるようにオフィスを後にした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第13話「足を引っ張るなよ!」に続く

  第11話はこちら  第13話はこちら


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こちらもぜひ読んでみてください😊


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