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【連載小説】たゆたう肖像  〜第14話 私は笑えません〜

前回までの話

窓際に追いやられたチーフの背中に
複雑な思いを抱く真由美。
縋るように扉を開いた
ABBEY ROADのコーヒーに癒される。
しかし、晋吾のペースに翻弄される
真由美は、ついに晋吾から
激しい叱責を受ける。


第14話    私は笑えません


デスクに戻ったあたしに、

「気にするなよ、

俺だって昔はああやって怒られたもんだよ。

本村さんの言う通りやってれば間違いないよ、

何かあったら言ってよ。」

と矢野っちが気遣ってくれた。

晋吾の怒号を受けた後で

この優しい言葉を受けると、

何だか仕事が出来ない自分を

哀れんでいるように聞こえてしまい、

あたしは悔しさに目を潤ませて席を立った。


屋上に出て、

絵に描いたような梅雨の曇天の中、

涙を頬に伝わせた。

悔しいよ・・・あたし全然ダメじゃん。

あたしの気分に同調するような

鈍色の空を見上げてみても、

涙は頬を伝うのを止めない。

狭い屋上の隅っこで

小さくなって啜り泣くあたしにとって、

曇天も、

林立する新宿副都心の高層ビル群も、

通りから漏れ聞こえる楽しそうな会話も、

全てが煩わしかった。

自分1人だけが、

真っ暗な物置に閉じ込められた

出来の悪い娘になっていた。



その時、

階段から続く扉を開ける音が聞こえた。

あたしは慌てて手のひらで頬の涙を拭い、

景色を見るようにして背を向けた。

上がってきたのはチーフだ。

チーフはあたしに気づかない振りをして

手摺に凭れ掛かり、電子タバコを咥えた。

フゥと長い煙を吐いて

「頭痛ぇなぁ・・・」

と、ぼやいて空を見上げた。

そして背を向けるあたしを見て気軽に話しかける。

「何だ、いたのか。吸うか?」と、

今自分が咥えていた電子タバコを差し出した。

「・・・結構です。」

と、あたしは鼻を啜りながら小さく答え、

落ちる涙を抑えるように顎を上げた。

「そっか。」

と適当に答えるチーフ。

チーフはゆっくりとあたしの隣に並んだ。

手摺に肘を乗せて外を見つめるチーフは、

楽しそうに鼻歌を歌っていた。

あたしはそんなチーフに、つい苛立ちを爆発させた。

「チーフはいいですね。」

と、鼻を啜りながら、吐き捨てるように言った。

「いいって、何が?それにもうチーフじゃないぞ、俺。」

「いいですね、笑えて。私は笑えません。」

「そっか。寂しいな、笑えないなんて。」

他人事のように言葉を浮かべるチーフが、

抑えていたあたしの感情を解き放った。

「何でそんな適当なんですか?

私は悔しいんです。

どんなに頑張っても、

『足引っ張ってる』って

言われちゃうんですよ。」

あたしは化粧の落ちた目を釣り上げながら

声を張り上げた。

「そうなの?俺にはそうは見えないけど。」

尚も重みのない言葉をヒラヒラと漂わせる

チーフに怒りを覚えたあたしは、

ついに暴言を吐いてしまう。

「だからいいですねって言ったんですよ!

大きな仕事も抱えてないから

そうやって能天気にものが言えるんですよ。

毎日早く帰って、

その後でどれだけ遅くまで私達が仕事してるか、

どんな思いで仕事に取り組んでるか

分からないからですよ!」

頭に血が昇ったあたしは

そんな暴言にも罪悪感はなかった。

失礼極まりない言葉だという事は明らかなのに。

しかしチーフは顔色を変える事無く

じっとあたしを見つめ、

「そうだな。ところでさ、『足引っ張ってる』って、

クライアントに言われたの?」

と、あたしの言葉など

耳に入っていないかのように訊いてくる。

「さっき聞こえてたんじゃないんですか?」

また吐き捨てるように言ってしまうあたし。

チーフはそれを聞いて

小さく頷きながら微笑みすら浮かべ、

「だったらいいじゃんか。仕事失敗してるんじゃない。

吉崎の仕事はクライアントに満足してもらう事だ。

本村に満足してもらう事じゃない。

誰の為に頑張ってるのか、履き違えるなよ。」

と電子タバコをしまい、

背中越しに手を振って戻っていった。


 

クレオパトラみたいに黒く腫れた

目の周りを化粧室で直し、

重い肩に押し潰されるように

椅子に腰を落とした。

晋吾も皆も、

何事も無かったかのように

仕事に集中している。

と言うより、

腫れ物に触れたくないという気持ちから、

ピリピリと張り詰めた空気に

晒された肌が敏感になり、

これ以上痛い思いをしないように

気を逸らしていると言うべきだろう。

その日、

晋吾に怒鳴られてから

オフィスで言葉を発していない。

皆敏感肌を守るようにそそくさと外出し、

退社し、

日の暮れたオフィスには

気づけば誰もいなかった。

帰り際、

心配そうに顔を向けたのは

とも美だけだった。

とも美ですら

何て声を掛けていいかも分からず、

LINEで送る文章すらも

思い浮かばなかったみたい。

それくらい周りに漂う空気は重く、

ただ1人会話したチーフの言葉も

頭の片隅に追いやられ、

静かに消え失せた。

働かない脳を必死で動かして

キャッチコピーを考え、

浮かんではノートに書きなぐり、

否定しては上からグチャグチャに塗り潰す。

あたしは、ノートに羅列された文字と

塗り潰しにため息をつき、

全てを遮断するように目を閉じた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第15話「あたし、何書いた?」に続く

 第13話はこちら  第15話はこちら


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こちらもぜひ読んでみてください😊


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