見出し画像

幸せな家庭って、誰が決めるんだろう。

娘と二人でレストランへ行くと、

「ママは今日は一緒じゃないんですか?」

と、悪気なく聞かれることがある。

私は、

「うちは、こういう家族なんです。」

と答える。

すると、

「あっ、そうなんですね。」

と、少しだけ気まずそうな空気になることがある。

もちろん、相手が悪いわけじゃない。

何気ない会話だったんだと思う。

でも、その瞬間だけは、

「私たちは、“普通”とは少し違う家族なんだ。」

と、改めて思い出す。



シングルファザーとして子育てをしていると、

「大変ですね。」

と言われることも少なくない。

その通りだと思う。

仕事を終えて保育園へ迎えに行き、

ご飯を作って、お風呂に入れて、洗濯をする。

娘が体調を崩せば仕事の調整も必要になる。

娘の将来を考えて、不安になる夜だってある。

大変じゃないと言ったら、嘘になる。



でも、家に帰れば、

「パパ、おなかすいた!」

と笑いながら駆け寄ってくる娘がいる。

一緒にご飯を食べて、

くだらないことで笑って、

お気に入りのおもちゃで遊ぶ。

寝る前には、

「今日も楽しかったね。」

そんな会話をして、一日が終わる。

さっきまで考えていたことなんて、

いつの間にか忘れてしまっている。

その時、ふと思う。

“普通”って、何なんだろう。



父親と母親がいて、

子どもがいて、

それも、もちろん幸せな家庭だと思う。

でも、それだけが幸せの形なんだろうか。

娘と笑いながらご飯を食べる時間。

「今日も楽しかったね。」

と言い合って眠る夜。

そんな何気ない毎日を過ごしていると、

幸せは、

誰かが決めるものじゃないんだと思えてくる。



世間から見れば、

私たちの家族は「普通」とは少し違うのかもしれない。

それでも、

今日も娘は笑っていて、

私も笑っている。

誰かと比べて決まる幸せじゃない。

私たちが笑って過ごせる時間こそ、

私たちにとっての幸せなんだと思う。

幸せの形は、

一つじゃないのかもしれない。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

このnoteでは、シングルファザーとしての子育てや、人事の仕事を通して感じたことを、一つひとつ言葉にしています。

「また読んでみよう」と思っていただけたら、フォローしていただけると嬉しいです。

▼関連記事

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集