【掌編小説】年明けにピリオドを
ご案内:私の作品を初めて読んでくださる方へ
開いてくださり、ありがとうございます!この作品は、独立した掌編小説ですが、3部作の完結編となっております。もしかしたら、前2作を読んだ後の方が、より楽しんでいただけるかもしれません。ご検討ください。
①ブラック・クリスマス:https://note.com/lovely_ixia636/n/nc10272ee4092
②年末ブルー:
https://note.com/lovely_ixia636/n/n999b8164361c
職場でおみやげを配られる時、一番性格が出る。
そう思うのは、僕だけだろうか。
配られていることに全く気づかない人もいれば、
あからさまに配られるのを待ってる人もいる。
所長は休暇中に来たメールの処理をするため、PCとにらめっこしていた。
一瞬声をかけるのをためらったが、「一口香」を渡した途端、ぱっと破顔した。
「おお、ありがとう。あけましておめでとう。今年帰ったんだ。」
「おめでとうございます。祖母にも会える時に会っときたいんで。所長、今年もよろしくお願いします。」
「今年も、黒木くんには期待してるよ。」
一通りの挨拶を終えると、所長はまたPCとのにらめっこ顔に戻った。
事務部の席に近づいた途端、あおいさんがすぐに僕に気づいて話しかけてきた。
「あけましておめでとう!一口香!よかねぇ…黒木くん長崎帰ったと?」あおいさんは僕が配属してから指導してもらってる先輩で、気のおけない仲だ。僕が時々長崎訛りになるのをからかってか、似非九州弁で絡んでくる。
あおいさんと少し雑談してる間、隣の席に座っているその人は、PCから目を離していないように見えた。
でも、わかる。僕に、気づいてる。そしてお土産が配られるのを、ずっと待ってる。待っているのを隠そうとすればするほど、後ろ姿から溢れている。
そういう人なのだ。
僕は、その人が入社してきた時から、あまり話したことがなかった。背中合わせの席に座っているので、主に見ているのは後ろ姿だ。それなのに、後ろ姿から、何を考えているのか、ありありと伝わってしまう。
頑張らなきゃって思ってる時、すごい元気な時、おなか空いてる時、ちょっとしんどい時…その人は、おそらく真面目なんだろうな。表に感情を出すってことはなかった。
いつのまにか、その人のことばかり気になるようになってしまった。
何を考えてるのか、答え合わせがしたい。どんな人なのか、知りたい。
だが、その人は徐々に、仕事に疲弊していってるのがわかった。うちの営業所は全国でも1番忙しい。事務部は残業ができないからって、おそらく朝早く来ているのだろう。どんなに僕が朝早く来ても、その人の後ろ姿があった。冷静に仕事をしているつもりなのに、なんだか切なそうだった。
こんなに近くにいるのに、声をかけるには、距離があり過ぎる気がした。
去年の12月24日、休みのはずの営業所を覗くと、その人がいた。
一人で、休日出勤をしていた。驚いたけど、きっといるんじゃないかって、思っていた。僕は、たまらなくなって、隣の駅のデパートに急ぎ、長崎名物「石畳ショコラ」を一つ買った。偶然を装いたいというセコい気持ちが働いて、一つだけ買った。
「石畳ショコラ」を一口食べて、その人は泣いていた。
あまりにも健気で、いじらしくて、思わず抱きしめたくなった。
でも、だめだ。うちの会社はコンプライアンスが厳しい。つい先日もコンプライアンス研修があり、いくつかのセクシュアル・ハラスメント事例が挙げられていた。少しばかり窮屈に感じてしまったのを覚えている。
「自分は良くても、相手は嫌かもしれないんですよ。」
グレーのスーツを着た研修講師の言葉が、自分には重く響いた。
自分がしたいことじゃなくて、相手のしてほしいことをしよう。
そういう、営業の職業病みたいなやつが発動してしまう。
何をして欲しいんだろう?正論とか言っても無駄な気がした。手伝う?
でも、女子は解決より共感なのか…?何が、正解なんだろう。
結果、めちゃくちゃカッコつけた気がする。
もう何を言ったのかも覚えてない。嘘。全部覚えてる。でも、思い出そうとすると途端に恥ずかしい気持ちが邪魔をする。
覚えてるのは…いや、絶対忘れられないのは。
その人の、すなわち、丸田さんの、はにかんだ笑顔だった。
丸田さんとはその後、特に話せずに年末年始休暇に入った。
僕は休暇中、両親の実家である長崎に帰省した。
窓から港が見えるこの街で、90歳を超えている祖母が叔母と共に住んでいる。
長崎にいる間、丸田さんのことばっかり考えていた。
どんぶりに入った茶碗蒸しを振る舞われている時、もしも彼女が見たら驚くだろうな、って思った。あと、彼女には稲佐山の夜景も見せたい。山の斜面に建つ家々が夜になると一斉に灯る。一つずつの輝きに、一つずつの生活。ただ綺麗なだけじゃない、素朴な暖かさにいつも心打たれてしまう。
「ジン君は、誰かおらんと?好いとる人。」
90歳の祖母から出る質問としてはあまりにも乙女なことに吹き出してしまった。
親に伝わって詮索されるのも面倒だった。
「おらん!」ってわざとぶっきらぼうに言った。
すると、丸田さんが隣にいる未来が、蝋燭のように吹き飛んでしまいそうな気がして、慌てた。
いなくなったら、困る。それだけじゃない。彼女に未来を見せたい、一緒に見たいんだ。
この思いを、彼女に伝えたい。
伝えたところで、どうなるかわからない。同じ営業所で働いている同僚だ。動揺させたり、迷惑になったりしてしまうかもしれない。自分か彼女かが、職場に居られなくなってしまうかもしれない。
でも、言うなら今だ。とも思う。
我が社に限らず、不動産の賃貸業界は2月から引越しシーズン、すなわち本格的な繁忙期に入る。1月は徐々に忙しくなりはするものの、まだまだ嵐の前の静けさという状態だ。
仕事の都合で気持ちをコントロールするなんて、野暮な気もする。でも、今なら、ダメだったとしても、仕事にあまり影響せずにいられるのではないか…。
…また、セコい気持ちが働いてしまった。あんなに彼女は正直さが溢れているのに、自分ときたら。セコくて、計算づくで、おまけにカッコつけてばっかりだ。
そうか。
だから、彼女に惹かれるのだ。
自分にはない、根の正直さ。
まっすぐだから、眩しいのだ。
自分の気持ちに、ピリオドを打とう。
普通は「けり」をつける、と表現するんだろうが、
ふと「ピリオド」という言葉が思い浮かんだ。
あの時、なぜ「ピリオド」という言葉が思い浮かんだのだろう。
ずいぶん前のことなのに、全て思い出せる。
いくつも並んでいるサイフォンボールの灯がゆらめいていた。
午後2時の「喫茶ピリオド」は、遅めのランチを取る女性客やカップルがそろそろ帰ろうとしているところだった。これから、カフェタイムでまた人が増えると忙しくなる。
「ピリオド」という言葉は、そう。
あの時、担当していた不動産オーナーから聞いたことだった。
彼は、不動産オーナーとしては若く、今の自分と同じぐらいだった気がする。マンションを何棟も所有し、世間的に見れば人生の成功者と呼べるのだろう。だが、全く驕りたかぶったところを感じさせず、気さくで、それでいて穏やかで、一度話しただけで好きになった。
そのオーナーが一度話してくれたのが、かつて彼が働き詰めで過労死寸前だったということだった。働いている間はアドレナリンが出ているのかハイテンションなのに、仕事が終わるとひどく気持ちが沈んでしまう。疲れているはずなのに眠れなくなり、次第に昼と夜の境目もわからなくなったそうだ。
「ピリオド、って言葉が思い浮かんだんだ。」と彼は言った。
「それって…」
僕の意図を察したのか、彼は首を横に振った。
「新しいセンテンスを始めるための、ピリオドだよ。」
当時の彼は、自分の働き方の異常さに気づきすぐに退職。そうして、少しずつ不動産投資を始めて、今は大家業ならではの忙しさはあるものの、基本的には心穏やかに過ごせてるのだという。
「新しいセンテンスを始めるための、ピリオド」
彼の元から帰った後も、僕はその言葉を噛みしめていた。
僕はあれから、あの会社でしばらく不動産オーナー向けの営業をして、所長にも昇進し、充実した日々を送っていた。だが、やはりカフェ開業の夢は諦めきれなかった。そんな時、彼から聞いた「ピリオド」という言葉を思い出した。
そうして、僕は「喫茶ピリオド」を開業した。
ここはピリオドだ。一旦ここで、ピリオドを打って、新しいセンテンス、すなわち生活を始めてほしい。
そんな思いが、この店名にはつまっている。
もうすぐ、妻が昼休憩から戻ってくる。
自分の趣味的なカフェに付き合わせているわけだし、いつでも休んでいいよって言っていたら、却って彼女はずっと働いてしまっていた。
だから、色々話し合って、会社で働いてるのと同じように1時間ずつ交代で休憩することにした。昼休憩中は、一人カラオケに行ったり、何やら物語を書いたり、楽しんでいるらしい。
いつもより勢い込んで妻が戻ってきた。
「あのねっ!」
「何か…あった?」
喫茶ピリオドは、もう人はいなくなったはずなのに、彼女はささやくように言った。
「お店の名前、ピリオドにしてくれて…ありがとう。」
「え?…なんで?」
ピリオドの由来は、彼女には明かしていなかった。
彼女は、急にぎこちなくなった。
「だって……ピリオドでしょ。ピリオドって、黒丸でしょ。だから…」
ハッとした。
黒丸。黒木と丸田。
そういうことか。
考えたこともなかった。
…いや。
「うん、その通りだよ。気づいてくれて、ありがとう。」
(了)
こちらの話は、「ブラック・クリスマス」の完結編(最終回)として書いております。独立した話としても、楽しんでいただけたら幸いです。
前作に対する皆さんのコメントからヒントをいただいて、続きが書けました。noteの素敵なところですね。本当にありがとうございました。
一旦、黒木さん丸田さんの話は完結しましたが…もしかしたら、またどこかで出会えるかもしれません。
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