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ケケケのトシロー 第二部(5)

死闘の現場でキダローの錫杖を見つけたトシローは瀬戸内海小豆先生のところへ向かう。同行するのは祖母から引き継いだ代々伝わる五つ紋の黒留袖と念珠を持った妻の真由美。小豆先生の庵に着いたところを出迎えたのは犬川荘助の血を継ぐという大川ヨシロー。キダローと同じく八犬士の子孫だった。そして小豆先生に錫杖を渡すと、トシローに修行を再開するよう伝える。真由美を守らねばならないと思うトシローではあるが、小豆先生の一方的な話にまたもや反抗するトシロー。そこで小豆先生が「ケケケ」について語りだした。

前回までのあらすじ

 ケケケの道 1


(本文2,278文字)

「先生、ちょっ、待ってよ。ケケケって正義の味方ちゃうの? ケケケってふざけてるネーミングやとは思ってるけど。それやったら俺らの本質は悪もんと一緒やという意味に聞こえるよ」
「ええ質問やね」小豆先生はキダローの錫杖をしゃらんと鳴らし一礼するとそれをヨシローに渡した。ヨシローは両手で恭しく受け取る。

「ケケケを名乗るはその力を持つということ。そして自身をも最後は消す。その後に残すは意思のみ。『最高の魂』を残すという意思のみ!」
小豆先生の言葉は静寂な堂の空気を細かく震わせ隅々まで響きわたる。
「最高の魂って何? それは善なわけですか? 神とか」
俺はもう落ち着いていた。本当のことだけを知りたいと思っていた。隣の真由美は瞬きもせず小豆先生を見つめている。

「善とか悪とかは絶対的なものじゃない。それは歴史が証明してるでしょ。神の存在だっていっしょ。異なる宗教観は過去にも現在でも争いを起こす。でもそれらは神のせいでもイデオロギーのせいでもない。人だから。人間だからよ。生物界の絶対的頂点にいる人間でも永遠に解決できない。生きるということがケケケを生み出し、自らケケケにより滅びる。ただね、その絶対的な力を利己的に、悪意を持って、怨念のために使わせてはいけない。我々が、さっきトシローちゃんが言ったようにいつか自然淘汰されてこの世からいなくなる時まで。『ケケケ伝』は初めから終わりまでを描いた書。快楽に翻弄されることもある人間。愚かな行いで人や動物や自然を殺める人間をも描いている。最後はケケケが決着をつける。正しいものを生かすとかじゃない。全くの無に戻す。それが『ケケケ』の本質であり力。私たちはケケケを名乗り今の「見かけ上の悪」のエネルギーを消す。その分「見かけ上の善」も消す。善が増えれば悪が減るなんて一方的な見かけ上の論理はない。すべてが消え、そこに『最高の魂』だけが残る。そして何億年、何十億年もかけて違う場所にまたその魂から生が生み出される… かもしれない。その時に『ケケケ』は新しい『ケケケ伝』を始めるのよ… わかる?」
小豆先生は最後のところでやっと微笑んだ。

「…… わか… りません!」
俺の答えに、小豆先生、ヨシロー、真由美がずっこける。
「ま、まあ… すぐにはわからんわよね~ ハホホ」
小豆先生、右の瞼がひくひくしてるで。ヨシロー君なんかうなだれてるやん。真由美はずっこけたままや。あ、さてはこのリアクションで足がしびれてるの、ごまかそうとしてるやろ。

「まあね、小難しいことはこの際おいといてね。今はまだ少なくとも私らの周りのええ人らを不幸にしたらあかんやん? だから悪い奴らに悪霊たちが乗り移って私らからみて悪人どもが悪さするのを止めよう! ということよ。ね、ヨシローちゃん」
 小豆先生はヨシロー君にやや、しな垂れかかった。それを見て真由美は正座しなおして小豆先生をキッと睨む。姫の目つきにヨシロー君は苦笑い、小豆先生は姿勢を正して明後日の方向に視線を投げた。

「まあ、なんかようわからんけど、このまま続けても話がややこしやになるだけやから、とにかく目の前の『俺らから見て悪者退治』をやらなしゃーないということですね」
「そうそう。さすがトシローちゃん、わかる男はモテるよ~ ケケケ」
「でも、俺も消えるんですよね、キダローみたいに」
「う~ん、そのあたりはまた修行のなかで答えを導いて」

 これ以上議論してても仕方ないやろ。正直言ってわからんことだらけ。とにかく俺は俺の身近な人を守るしかない。それしか俺のやることはない。いまのところ。

「ヨシロー君、修行はどこで始める?」
「え、あんた、いきなりやる気モードやん」真由美が目を丸くした。
「時間ないしな。このままではあかんのは俺にもわかるし」
「あ、姫にもそれなりのぎょうをおこなっていただきますので…」ヨシローが真由美にそう言うと丸い目が今度はキラキラしだした。
「え? 行ってどんなんするの?」
「姫としての勉強と滝行や読経などを…」
「ヨシローくんと一緒に?」
「左様で。小豆先生もご一緒してくださります」
「いや~ん、うち、ヨシローくんがええなあ~」今度は真由美がくねくね身をよじらせる。小豆先生がキッと睨む。
「姫様? その留袖の紋、二引両の里見の紋は重いですよ。それに代々受け継がれる八房の数珠もお持ちでしょ?」小豆先生がそう言うと、思い出したように真由美が巾着袋の数珠を取り出した。「これですか?」

「そうです。そのお数珠、珠が100しかなかったでしょう?」小豆先生の指摘に驚いた真由美はもう一度数珠を眺め、首を傾げた。
「どないしたん」俺の問いに「あれ? なんかさっきと違うような…」と真由美は数珠をじっと見つめる。
「珠が増えてる…」
「え~!、そんなあほな」俺は真由美が「ほら」と見せた数珠をのぞき込むがそんなの珠を数えなきゃわからんやろ!
「さっきあんたに見せたとき、この房になってるところにこんな珠ついてなかったやろ?」そう言って真由美が数珠の輪になっているところからぶら下がるようにつく房の部分を指さした。確かにそこには少し大きめの珠が三つある。
「確かに、ついてなかったような…」
「それはトシローちゃんとヨシローちゃんとキダローちゃんの三つの珠が姫に繋がったということで・・・」小豆先生が解説しているのを聞き終わる前に真由美姫は顔を赤らめ呟く。
「いややわ~玉が繋がるって。もう、やらしいわ~、ヨシロー君のだけでいいのに…」
 
 小豆先生の右の眉が吊り上がっている。俺とヨシロー君はただただ俯くだけだった。
 

 続く


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