ケケケのトシロー 第二部(3)
新たな出会い 3
(本文2261文字)
「へぇー、真由美は運命って信じてるんや」
「実は、おばあちゃんから貰ったのはこの着物だけやないの」
そう言って真由美はセカンドバックから西陣織の帯と同布の小さな巾着袋を取り出した。
「これ見て」
俺は巾着の中身をそっと覗く。
そこには小さな水晶を連ねた念珠が入っていた。
「このお数珠もお婆ちゃんからの?」
「そう」
「これが何か……」
「小さい時から聞かされてた。このお数珠は玉が百。あと八つ足りないけどその足らない分を足す時が来るって」
俺は八犬伝の伏姫の身体から八つの玉が飛び出すシーンを思い浮かべていた。けどなあ、これはあくまで戯作。俺は犬塚信乃と関係があるのか知らんけど、別に玉なんか持ってないし。まあ、あるっちゃーあるんやけど、これは男なら誰でも持ってる…… やめとこ。そう言う場面とちゃうな、ここは。
「そやけど足らない玉を足すって、どうやって足すんやろな」
「それよ、ウチもその玉、どうすんのか?おばあちゃんに訊いとくべきやったわ」
「え、訊いてないんかいな」
「訊いてない」
「あちゃー、肝心なことを訊いてくださってないのね姫君は」
「なに? 喧嘩売ってんの?……」
俺は安全距離を保とうと歩行スピードを上げた。真由美は着物だからそんなに速くは…… と思って振り返ると真由美は着物の裾をまくり上げ、タタタと迫る。以降俺と真由美はデッドヒートを繰り返しキダローの倉庫がある神社の社務所まで息を切らしたどり着いた。
鍵がかかっていたらどうしようと思いながら扉を軽く触ってみる。カラカラと軽く引戸は開いた。
「え、勝手に入っていいの?」真由美は部屋を覗き見渡しながらそう言う。
「鍵が掛かってない時点で入っていいということやねん」
「まあ、泥棒が喜ぶわ」
「泥棒は開けられへんねん」
「え、指紋認証の鍵とか?」
「ええからはよ入れ」俺は真由美を手招く。
さあ、こっからや。俺は持ってきた亀甲布をキダローの錫杖の先に結んでぐるんと一周回す。すると亀甲布は自ら部屋いっぱいに円弧を描き高速で回り出す。散髪屋トルネードではなくリングとなって周りの風景を一変させる。そして小豆先生の庵まで続く石灯籠の道が目の前に現れた。
「ひゃー、やっぱりあんた引田天功の弟子やろ!」
いちいち言う事がと思いつつ亀甲布をしまい「さ、こっちや」ときょろきょろと辺りを見回す真由美の手をひいて先生の庵の前まで来た。
以前キダローがやっていたようにお堂の板戸の前で錫杖を振ろうと右手で掲げるまでもなく、板戸は引き別れ全開した。奥から見慣れないシルエットの人物が静かに薄暗い堂の中からその姿を現した。
おっ、若い。30代?いや20代後半くらいか。細身ではあるが鍛えている感じがする体格。濃紺の作務衣が良く似合い佇まいが静かでありながらスキがない。それに何と言っても顔が……
「いやああああああ、めっちゃイケメンんんんー、まんもすやまぴーみたいやーーん」真由美が先に叫んだ。そうだ、山なんとかそっくりのイケメンだ。
その声にやまぴーはちょっとはにかんだりしたもんだから、ウチの岩下志麻はもう、コンサートで顔入りの団扇を振るおばちゃんファンのそれになっている。眼も表情も身体のしなりも。あ、手まで振ってる……
「あのー、瀬戸内海先生は」俺が訊くと彼は「こちらです」と手案内をする。俺が堂へ上がろうとすると真由美は俺を押しのけてやまぴーに手をすっと出した。おい、エスコートせよとのことか? わしがおるやろ、わしが!! しかしだ。やまぴーは真由美の手をこれがまたごく自然に取り、あろうことかこう言いやがった。
「姫、お待ちしておりました」
あー、もうあかん、もうあかんわ、君な~。その顔でそんなこと真由美に言うたら、そりゃもうあかんわ~、見てみいな、真由美の目。ハートの動画撮影用のライトが当たってるみたいに瞳の中にハートがキランキランやん。
「ウチも待ってたかも……」
どのお口がそんなことを……
彼にエスコートされてもう有頂天の真由美はすりすりと中へ入っていった。俺もその後ろについて入る。
護摩壇の前に用意された座布団を勧められ俺達は座った。やまぴー君は一礼をして奥へ下がった。
「ね、あれ、誰?誰?誰?」真由美が目尻を下げ口角をあげ、鼻息あらく俺に訊く。
「俺も今日、初めて会う人や。瀬戸内海先生のお身内か弟子の人かも」
「そうなん。いやああ、もう、ズキューン、ドキューンやわホンマ」
「ああ、そう、良かったね……」
「なんやの~あんた、妬いてるの?」真由美がにた~と笑う。
「あほか……」俺がため息をひとつこぼしたところで先生がさっきのやまぴー君と現れる。「ああ、トシローちゃん! 無事やったんや!」
先生は法衣の袖で涙をふく素振りを見せながら俺達の前に現れたが、真由美の姿を見て表情を引き締め下座に移り、真由美の前にやまぴー君と正座した。
「姫様、ご尊顔を拝し嬉しゅうございます。私は庵主の瀬戸内海小豆でございます。そしてこちらはガクローにございます」
「ガクローです。以後、姫様をお守りすべく忠心をもってお仕えする所存です」
あああ、そんなこと言うたら真由美が調子にのるやろ~。え、真由美、顔が少し紅潮してない? え? こいつ、本気で照れてる? 言うたろか? あんたの歳。このやまぴー君の前で言うたろか?
「よしなに」真由美が微笑む。
あかん姫暴走モード全開や。誰も勝たん。
そんな訳のわからない空気を変えたのが先生の一言だった。
「キダローちゃんはフネさんとこに行っちゃったわ」
続く
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