AI時代の技術士試験に感じた“見えない壁
通信講座も受け、添削も重ね、構成を練り直し、これ以上ないほど準備しました。
それでも結果はAAB。
昨年より下がった評価を前に、正直、静かな怒りと虚しさが残りました。
試験という制度の“見えない壁”について、率直な気持ちを書きます。
論理の流れも、経営工学的な手法も、これまでになく整理できたと思っていました。
正直、自分でも手応えを感じていました。
それだけではありません。
科学記事を題材に想定問題をつくり、答案練習にも十分すぎるほど時間をかけました。
それらもnote記事にして、振り返りながら積み上げてきました。
平日の夜も、休日も、構成と表現を磨くことに集中してきました。
努力の積み重ねに一点の悔いもありません。
それでも届かず。
しかも、能力が上がった今年のほうが、選択問題Ⅲの評価は下がる結果になりました。
どこか納得できない気持ちがあります。
技術士の試験は、単なる学力試験ではなく、「評価者との対話」が影響する場合もあるのかもしれません。
正解があるようでいて、採点者の“納得感”で評価が変わることもあるようです。
努力しても、その成果がすぐに反映されないことがあります。
その現実を前にすると、やる気を失うというより、心の底から虚しさを感じます。
かけた時間は戻らない。
積み上げてきた日々の重みを思うほど、胸に残るのは静かな喪失感です。
ただ、虚しい。
AIで採点してみるという考えもあります。
確かに、あらさがしをすれば欠点は見つかると思います。どんな文章にもあるはずです。
でも、そんなAIが解ける時代だからこそ、技術士の意義を考えてしまいます。
AIに学習されていない“現場の知恵”や“実務の洞察”を言語化できる経験こそ、評価されるべきではないかと感じます。
添削や模範例を提供してくださる方々には助けられています。
ただ、その内容が「完全な解答」かどうかは、まだわかりません。
いくつもの模範解答を参考にしていますが、自分の回答もその骨格には沿っています。
それでも評価がBになると、どこが改善点なのか迷うことがあります。
教育体系や教育指導要綱がないのは仕方ないとしても、模範解答が存在しないのはやはり難しさを感じます。
どういう項目に何点入って、半分がいくつなのかも、受験者には分かりません。
絶対評価なのか?
相対評価の正規分布でプラス何シグマ以上かで年度ごとに人数調整?
受験者には分からないままです。
「総合的に判断します」と言われても、受験者には何をどう直せばいいのか、掴みにくいのが現実です。
合否の判定基準を調べると、こう書かれています。
――必須科目:専門知識・応用能力・問題解決能力・課題遂行能力に関するもの。
選択科目:専門知識および応用能力に関するもの。
選択科目(Ⅱ-2・Ⅲ):問題解決能力および課題遂行能力に関するもの。
合格ラインは60%以上。
……かなり大まかだと感じます。
これで「公平に評価しています」と言い切れるのか、考えてしまいます。
大学入試より抽象的で、会社の人事評価よりも分かりにくい。
この「60%以上」という線の中に、いったい何が見えているのか、受験者には分かりません。
必死に構成を練り、添削を繰り返しても、評価軸が見えない限り努力の方向性が定まりません。
受験者に求められるのは“技術力”だけでなく、“解答者の意図をくみ取る力”なのかもしれません。
ただ、それが「技術士としてふさわしい能力」と言えるのかは、まだ問い続けています。
それでも、また来年も受けると思います。
「納得したい」という気持ちだけは、まだ消えていません。
※本文は個人の経験と感想に基づくものです。
制度や関係者を批判する意図はなく、改善を願う立場からの率直な思いです。
