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華と修羅が日常 — PRパーソンの告白|第十一話 港に浮かぶ街

英国が世界に誇る豪華客船が、横浜に来た。二ヶ月間のホテル事業。華やかな船上に、それぞれの思惑が重なっていた。そして終盤、一行のベタ記事が、すべてを揺るがした。
Public Relationsの現場です。



入港


横浜ベイブリッジをくぐり、その船は大桟橋へと進んだ。

四月の朝だった。みなとみらいの開発工事がまだ続いており、港の空には建設クレーンが何本も立っていた。その向こうから、船影が現れた。船体は下が濃いブルー、上が白。英国が世界に誇る豪華客船だった。巨大な影が港に滑り込んでくると、岸壁に集まった人々が一斉に見上げた。カメラのシャッター音が、波音に混じった。上空では報道各社のヘリコプターが旋回していた。鳴海渉が声をかけていた各社のヘリだった。

大桟橋に程近い横浜貿易センタービルの一室に、第三セクターとして設けられた事務所があった。鳴海はそこに拠点を置いていた。二ヶ月間のホテル事業が、始まった。

乗り合わせた思惑


事業の主体は、横浜市、横浜市商工会議所、三洋物産、カルチュール・グループの四者だった。

横浜市が資本を出している以上、赤字は許されない。市政記者クラブは最初から構えていた。市民の血税を使って金持ちだけを客にする事業、赤字となれば叩いてやろうという空気が漂っていた。

だが、娯楽系のメディアは動いた。

船内は別の世界だった。ステージ、ダンスホール、プール、スポーツジム、カジノ、ショッピングモール、図書館。連日、さまざまなショーが繰り広げられた。一つの街が、海の上に浮かんでいた。

市民公開デー


来航初日、鳴海は市民公開デーを設けた。

タラップを上がる顔が、それぞれ違った。おずおずと足を踏み出す者、興奮を隠せない子ども、連れ立って写真を撮り続ける老夫婦。老夫婦の片方が、もう片方の袖を引いて何か言った。鳴海はその場面に、一瞬だけ目を止めた。Public Relationsの仕事は、まずここから始まる。船を市民のものにする。それがこの事業の正当性を作る。

翌日には、政官財の関係者、文化人、芸能人、メディアおよそ千人を招いてレセプションパーティが催された。市政記者クラブの冷たい態度とは裏腹に、取材は殺到した。デビュー十周年を迎えた人気アイドル歌手の歌謡ショーが船首のデッキで行われ、歌番組の生中継が入った。船内ではトーク番組の収録も行われた。長寿演芸番組では、座布団十枚のご褒美として人気落語家が招待され、番組内でその模様が紹介された。取材件数四百件、写真貸し出しも含む報道件数二千四百件。ほぼ総なめだった。

権利の壁


だが、取材には最初から壁があった。

英国の船会社が、この船に関するあらゆる取材・掲載の権利を主張してきた。写真も、記事も、映像も、すべてに金銭を要求してきた。「女王の姿をみだりに世に出すつもりか」という言い方だった。裏には、翌年の大阪事業のために丸菱が十一億円で買い取った権利を横浜に又貸しし、帝都広告ともどもひと儲けしようという算段があった。事情を知らないメディアに代わって、鳴海が交渉にあたった。

販売促進のためという口実で船会社を説き伏せ、権利料は支払わないことに成功した。取材の可否は週に一度の船長会議に委ねられたが、鳴海には別の目算があった。翌年の事業に帝都広告が絡んでいる以上、今のうちにメディアを総なめにしてしまえばいい。

ベタ記事


事業も終わりに近づいたある日、中央日報の社会面に小さな記事が出た。

「赤字か?」

数行のベタ記事だった。鳴海の目はそこで止まった。観測記事だ、と直感した。無反応では認めたと取られる。

横浜市から出向している経理部長と総務部長のところへ足を運んだ。数字を持っているのは彼らだった。経理部長は、鳴海の話を聞きながら、手元の書類に視線を落とした。数字は見えていた。見えているからこそ、動けなかった。

「そんな小さな記事、放っておけばいい」

誰が最終判断を下すのかが、この組織では最後まで曖昧だった。鳴海は、その場を後にした。

数日後、各紙が一斉に動いた。「赤字事業」と大きく報じた。

会見


出港間際、緊急の記者会見を開いた。収支の数字はまだ確定していなかった。

「収支はトントンの見込みです」

それだけ言えた。桟橋に見に来た見物客の数から試算した経済波及効果も、補足材料として付け足した。記者たちの関心は、そこには向かなかった。

市議会では野党から予告質問が入った。鳴海は答弁書を書いた。論点を並べ、一つひとつ答えを整える。ブレを作らない。それが、鳴海にできることだった。

もう一つの数字


翌年、大阪の事業会社は最終的に六十億円の赤字を抱えて終えた。パブリシティが効かなかったことが、大きな要因とされた。

鳴海は、その数字を聞いた。

神田の路地裏にある、いつもの立ち飲み屋だった。

「ホッピー」

短く言うと、グラスが置かれた。六月の夜だった。仕事帰りらしいサラリーマンが二人、声を潜めて話していた。片方が笑い、もう片方が首を振った。

鳴海は一口飲んだ。

煙草を一本、吸った。

(第十一話 了)



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歴史青春群像小説『啄木の知らない戦争』
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