華と修羅が日常 — PRパーソンの告白|第十二話 バブル狂想曲
土地が買われ、企業が夢を買い、美術品には実体を超えた値札がついた。
鳴海渉は、その熱狂の中心にいた三人の男と仕事をした。
買われる海岸線
社長室の正面に、沖縄本島の詳細地図があった。
幅二メートルほどの大判で、壁一面を占めていた。そこに無数の待ち針が刺さっていた。赤、青、黄。那覇の市街地から本島の隅々まで、針は途切れることなく続いていた。離島の地図まで貼り足してあった。海岸線に沿って、密集した群れもあった。
「何ですか、これは」
鳴海渉は訊いた。
東京パラッツォ代表取締役・城野猛は誇らしげに答えた。
「全部、うちが買収する予定の土地ですよ」
バブル絶頂期、財界の隅では「東の東京パラッツォ、西の浪速インターナショナル」という言い方があった。いずれも巨額の資金を背景に買収と投資を繰り返し、時代の寵児ともてはやされた企業だった。東の雄が、城野だった。
四十代半ば、小柄で神経の細そうな目をした男。大手商社日綿商事の不動産担当部長の椅子を自ら蹴り、地上げで巨万の富を築いた。「地上げの帝王」と呼ばれるまでに、時間はかからなかった。
鳴海が城野と初めて向き合ったのは一九九〇年秋、赤坂の料理屋だった。城野は徳利を自分で傾けながら、Public Relationsという言葉を使わずに言った。宣伝じゃなくてね、もっと格というか信頼というか、と。求めているものは分かった。問題は、その格に見合う実体が東京パラッツォにあるかどうかだった。
東京パラッツォは当時、業界紙の片隅に奇妙な記事が載るたびに名前が出る会社だった。汐留の旧国鉄操車場跡地に、コンサートホールとディスコを合体させた巨大イベントホールを建設中だという。ソビエト連邦の宇宙ロケット打ち上げに協賛し、機体に社名を刻もうとしているという。電車の中吊り広告を一両まるごと自社広告で埋め尽くしたという。どれも本当の話だった。
本社は六本木の雑居ビルの上階にあった。エレベーターを降りると、廊下の壁面に大型モニターが並び、社名ロゴのアニメーションが流れ続けていた。受付には女性が三人いた。三人ともワンレンにボディコン。ディスコクイーンをそのまま並べたような出で立ちで、鳴海は一瞬、場所を間違えたかと思った。打ち合わせが終わって外へ出ると、六本木の交差点はすでに夜の賑わいに入っていた。クラブやバーへ向かう人の波が続き、どの顔も浮き立っていた。この街全体が、何かに酔っているようだった。
あの針の群れの前で、鳴海はしばらく立ち尽くした。海岸沿いの針の群れを目で追いながら、この男に何か言うべきかと考えた。土地はいつか下がる。相場には終わりがある。言えば、止まったかどうかはわからない。だが城野の目には迷いがなかった。沖縄はこれから来る、海があってリゾートがあって土地はまだ安い、今のうちに押さえておかないと、と城野は続けた。確信だけがあった。
鳴海は記者を集め、城野の弁舌が映える場を整えた。汐留のイベントホール開業。ソビエトのロケットへの広告掲載。さらには、米国の著名な女性歌手を招いて城野とともに銀座を練り歩くという企画もあった。ピンクのジャケットを揃えて、カメラの前で笑うという。後に鳴海はその写真を週刊誌で見た。長身の歌手の肩にも届かない城野が、どの一枚も至って自慢げな顔をしていた。
記者たちは面白がって記事を書いた。カメラマンはレンズを向けた。東京パラッツォの名前はまた広まった。鳴海は次の仕事を受け、また次の仕事を受けた。
ある日、城野から電話があった。次の発表会の話だった。鳴海は受話器を持ったまま、窓の外を少し見た。それから手帳を開いた。
崩壊は突然やってきた。バブルが弾けると、城野の手元に残ったのは根拠のない借金と値のつかない土地だけだった。金融機関が一斉に回収に走り、暴力団の取り立ても始まったと噂に聞いた。城野は六本木の本社を捨て、赤坂に住む愛人のマンションへ身を隠した。
あの待ち針の地図を、誰かが片付けたのだろうか。
発表会の速度
依頼人は、飛翔便株式会社。赤と白のトラックで全国を走る宅配便業者だった。
業界三位の実力を持ちながら、派手さとは無縁の会社だった。荷物を丁寧に届けることへの誇りが社風の底に根づいており、鳴海はその誠実さを気に入っていた。最初の仕事を引き受けたとき、これはまともな仕事になる、と思った。
ところが飛翔便もまた、バブルの熱に浮かされていた。
英国のF1チームを買収する、と担当者から聞いたのは、ある春の昼だった。コルセア・レーシングを買収してフォーミュラワンに参戦する、発表会を盛大にやりたい、という。宣伝部長は興奮を抑えきれない様子だった。当時の日本はF1ブームの真っ只中だった。日本のエンジンが世界を制し、鈴鹿サーキットに世界が集まり、テレビ中継の視聴率は毎回うなぎのぼりだった。
宅配便会社がF1チームを持つ。そのことで、どういう社会的な意味が生まれるのか。顧客との信頼関係に、何が加わるのか。鳴海は考えた。とにかく派手にやりたい、飛翔便が世界市場を目指す第一歩として、という宣伝部長の言葉を聞きながら、答えが浮かばなかった。
それでも仕事を受けた。
発表会は都内の一流ホテルで行われた。招待状を受け取った記者は三百人を超えた。スピーチ原稿は鳴海が書いた。プレスリリースも鳴海が書いた。「世界への挑戦」「日本企業の誇り」、その言葉を選んだのも鳴海だった。
栗原義男代表取締役のスピーチが始まり、飛翔便が世界へ踏み出す決意が語られた。言葉は力強く、記者たちの顔に期待の色が浮かんだ。鳴海はスピーチを読み上げる栗原の顔を見ていた。六十近い男が、少年のような目をしていた。本気なのだ、と思った。この人は本気でそう信じている。スピーチが佳境を迎えたとき、会場の扉が開いた。エンジン音が響いた。赤と白のカラーリングを纏ったF1マシンが、レーサー自ら運転して場内に進入してきた。三百人の記者が一斉に振り返り、フラッシュが焚かれた。
鳴海は会場の隅で、その光景を見ていた。
なぜ宅配便会社がF1チームを持つのか。自分が書いた言葉は、その問いに答えていなかった。「世界へ」という響きが、答えの代わりに置かれていた。
翌日の新聞はこぞって大きく報じた。テレビのスポーツコーナーでも流れた。F1カラーのトラックが全国を走るという写真も撮られた。飛翔便の名前は日本中に轟いた。
F1への参戦は三年で終わった。バブルが崩壊し、海外不動産への投資が焦げ付き、宅配便市場では規制緩和で新規参入が相次いだ。飛翔便は価格競争に巻き込まれ、粉飾決算で延命を図ったが、やがてそれも限界を迎えた。二〇〇一年春、一四〇〇億円を超える負債を抱えて経営破綻した。
その報を聞いたとき、鳴海は神保町の事務所で一人だった。扉を開けて進入してきたF1マシンを思い出した。三百人の記者が一斉に振り返った光景を思い出した。自分が書いたスピーチを思い出した。
誰かを断罪する気にはなれなかった。あの日、会場にいた全員が、正気だったのだ。
全国を走っていた赤と白のトラックは、徐々に姿を消した。
値札だけが動いていた
鳴海がもっとも長く付き合ったのは、美術商の橘宗次郎だった。
六十代。白髪を丁寧に撫でつけた、物静かな男。派手さとは無縁の風貌で、ビジネスの話をするときも声を荒げることがなく、どこか茶道の師匠のような佇まいがあった。打ち合わせはいつも、青山のビルの地下にある会員制クラブだった。地上は表参道の並木道で、季節によってケヤキの葉が揺れたり、裸の枝が寒風に晒されたりしていた。地下へ降りると、その季節がすっかり消えた。照明を落とした店内で、橘は必ず奥の席に座り、低い声で話した。
扱う品の目玉は、日光東照宮の精巧な縮尺模型だった。漆と金箔をふんだんに使った特注品で、制作には数年を要したという。橘はそれを「日本の美の結晶」と称し、財界人や有力政治家の間でひそかに売り込んでいた。横浜の公営美術館に収蔵されたこともある、と橘はよく言った。公的機関のお墨付き、という意味に使われていた。
「これはただの模型じゃない」と橘は低い声で言った。「日本の魂そのものですよ。こういうものを持てる人間が、本物の文化人なんです」
模型は間近で見ると、細部まで精緻に作られていた。欄間の透かし彫り、極彩色の彫刻、屋根の反り——どこを見ても、手を抜いた箇所がなかった。これは本物だ、と鳴海は思った。橘の言葉ではなく、職人の仕事がそう言わせた。橘の依頼は、この模型を文化的価値を持つコレクターズアイテムとして各界の有力者に紹介する場を作ってほしい、というものだった。
鳴海は引き受けた。
後になって、仕組みが見えてきた。橘は同じ模型を複数の買い手の間で転売と買い戻しに見せかけながら回していた。A氏に一億円で売り、しばらくして「もっと高い値がつく買い手が現れた」と告げ、三億円で買い戻す。そのA氏に払う金は別のB氏から集めた金だった。B氏には「希少品が手に入る」と言って高値で売る。そのB氏への支払いは、またC氏から。積み上がる数字は帳面の上だけのことで、模型は橘の手元からほとんど離れなかった。
バブルが崩壊した。買い手が逃げ、資金が回らなくなった。行き場を失った模型を誰かに高値で押しつけようとしたが、その相手もまた資金難に陥っており、決済ができなかった。橘は自己破産した。
鳴海がそのことを知ったのは、知人の弁護士から電話があったときだった。橘さんの件、聞いてますか、あなた何か関係してますか、と問われ、鳴海は口ごもった。紹介の場を作った。人と人をつないだ。だが、いざ言葉にしようとすると、何と言えばいいのか分からなかった。
受話器を置くと、篠宮真理が書類から顔を上げた。鳴海の顔を一度見て、また手元に視線を戻した。
三人の依頼人は、三様の終わり方をした。城野猛は愛人宅に潜み、その後しばらく消息が途絶えた。栗原義男は証券取引法違反で在宅起訴され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。橘宗次郎は自己破産し、あの精巧な模型がその後どこへ行ったのか、誰も知らない。
鳴海自身は、何も問われなかった。
神田の立ち飲み屋に寄った。カウンターに並んだ常連の顔は、どれも秋の疲れを纏っていた。ホッピーを頼んで、一口飲んだ。
煙草を一本、吸った。
(第十二話 了)
【短編連作】華と修羅が日常 — PRパーソンの告白
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歴史青春群像小説『啄木の知らない戦争』
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