踏まれども、屈さず【静嘉堂文庫美術館】
静嘉堂文庫の「たたかう仏像」展に例の如くギリギリで行ってきた。全展示室写真撮影OKで、始まって以降SNSで話題になっていたのは仏像ではなく、中国の俑。実際に見てもやはり面白かったのでその話を。
三彩は7〜8世紀の唐時代で、墓の守り主として作られた、陶器の像。なすにきびは結構好きなので、東京国立博物館の三彩コーナーも印象に強く残っている。緑と赤褐色の組み合わせが絶妙に渋くてかっこいいけれど、当時から色がほぼ変化していないらしい!というのは意外なことだ。

◯三彩にも踏まれる奴が!
今回展示されていた静嘉堂文庫の三彩俑は全員顔やポーズの造形も確かに面白いんだけれど、特に気になったのは、こいつ↓

三彩の世界にも、邪鬼みたいな踏まれる人がいたのか、、、!
それに加えて、この鬼はこうも踏みつけられている状況でも、まだ諦めていない、、、!?この敵を打ち倒そうという機会を今かと伺っている!!

日本の仏像で表される邪鬼のイメージといえば、まあ踏まれているんだけれど、、、日本の邪鬼は勧善懲悪のイメージであるところもあるのだろうか、四天王に対して屈服して、「まいったー、赦してクレー!」みたいな態度をとっている、なんなら第三者のこちら側に向かってアピールしているようなポーズばかり、この鬼を見てからだとしゃんとせんかいと言いたくなる。ときにはドMの域に行ってるよね?というものも多々あり、いろいろなバリエーションもあって面白いし、かわいい。ファンも多いことだろう。
唐の神将に踏まれる鬼は、他にもこのポーズのものが多かった。立膝をたて、まだ立ちあがろうとしている。日本の邪鬼とルーツは同じはずなのに、彼らはなぜ負けない?なぜこの状況でも強くいられる?その源はなんなのか、その心が欲しいのだ。
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/587939
三彩のようは敵を排除するための像、それほど強さを示さなければいけないから、相手も強いほど好敵手ということなのか。調べてみると陶の焼きものでこのポーズを作る際、片膝をたてて、少し起きた姿勢のほうが、構造上安定するということもあるらしい。なるほど。
いや、逆に日本で踏まれている邪鬼はなぜ弱い?なぜ踏まれることを受け入れている?踏まれていてむかつくのは当たり前で、こっちの邪鬼のほうがイかれているんじゃないかと思ってきた。
一つ確実そうなのは、仏像は三彩俑と違って、外敵を排除する目的があるわけではなく、最終的には信じる人を救うという役割があるから、邪鬼にはいい感じに倒されてくれた方が、ありがみもあるんだろう。しかし、強そうなのがいてもいいところだけれど。さらに言うと、日本の邪鬼は甘えや怠惰など人間の内面の弱さの象徴だから、ふにゃふにゃだったりふざけた姿なのかもしれない。ストーリーによっては邪鬼が改心したりというのもあるから、そりゃあ色々な表情を見せてくるわけか。
唐の傭は、墓荒らしみたいな現実的な敵はもちろん、死後の世界の悪魔的な敵も示唆しているのかな?そうしたらあれくらい強そうなのも理解できる。
◯三彩の色彩
中国の踏まれている鬼が強そうなのは、筋肉がだいぶムキムキなのに加えて、その色も大きな要因であると思う。色素がだいぶ垂れて模様を作る、それが鬼の肉にたまって、滲む血や汗のような、、なんともかっこいい肉体に仕上がっているじゃないか。もはや、彼らが主人公なんじゃないの。

その色の垂れ具合に関しては、牛の像でも同じ、頭にいい具合に垂れていて、かっこいいし、美しい。日本の茶の湯や陶磁器でもこういう垂れる表現はよくあるけど、三彩は特に美しいな、緑と赤褐色が混ざって、グラデーションも生まれるし、好きな特徴の一つ。唐の三彩がシルクロードをわたり、日本では奈良三彩というのもあるけれど、調べたところ他の地域でもいろんな三彩があるらしい。

三彩の色の特徴としてもう一つ、傭で言えば顔や手、つまり人の肌の部分の色彩は禿げていて白くなっている。これは、顔などは焼いた直後に細かい色彩をつけていたからだという。つまり、緑や赤ではなく、ちゃんと肌の色や髪の色が付けられてたということなのだけど、どんな感じだったのかな、Geminiに想像したものを作ってもらってみたのでご参考までに。↓

◯戦う気ある?埴輪

ところで、三彩像の墓を守る役目ということは、日本の古墳時代、埴輪とだいたい用途は同じなのか、ということに気づく。役割が似てここまで見た目が違うなんて。
武装した神将と比較すると、埴輪にも武人↑がいるわけだけど、なんでおっとりとした表情をしているんだろう。彼らは戦う気があるのかな。そもそも、古墳時代に墓荒らしとかの概念あったのだろうか。
やっぱりほのぼのとした表情。戦時中には、どんな苦難にも表情一つ変えず耐え抜き、命令を実行するとして、理想の日本国民としてのプロパガンダを背負わされた歴史もあるけれど、現代の平和を享受している我々からみたら、やっぱりほのぼの可愛いだけ。武人という肩書きも真っ赤な嘘でコスプレなんじゃない?と思っちゃう。

戦う
俑が現実の敵に対しても、死後の敵に対しても、絶対に主君を守る屈強なガードマンというイメージなら、埴輪は一人でも王様が寂しくないような、賑し隊と言ったところだろうか。アミニズム的観点からしても、土からできているところが、一緒に眠ってくれる感じがあって優しくて、見た目でも暖かい。たいして俑は美しく気高い、権威の美という感じがする。

埴輪は結局ノリで作ったようなやつも多いしなー。土師器とは言われるけれど、何処の馬の骨かもわからないやつもたくさん作っていたんじゃないか。時の権力者はよくへんな埴輪も認めたよなー。古墳時代、支配と非支配こそはっきりしつつも、意外と自由な風が吹いていたのかも。やっぱり、埴輪ラブ。
◯24時間、戦えますか?
話が逸れましたが、めちゃくちゃ好戦的な俑と鬼についての話でした。
24時間、戦えますか?の唐の俑の鬼と、厳しい社会に揉まれつつも、かわいく乗り切ろうとする日本の邪気、皆さんはどっち派でしょうか。
なすにきびは前者になりたいと思っている圧倒的後者!!!俑の鬼がなぜこんな強そうなのか、詳しい方がいたらぜひ教えてください!中国の邪鬼文化なども気になります。
なすにきびは前者になりたいと思っている圧倒的後者!!!俑の鬼がなぜこんな強そうなのか、詳しい方がいたらぜひ教えてください!中国の邪鬼文化なども気になります。

おしまい
「たたかう仏像」展は3月22日まで。
唐の三彩は東博、また松岡美術館でも見られる!↓
土偶や埴輪についての他の記事もあるので考古学好きな方もぜひ↓
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