ep.3 第3話《転の章》モイラが予測できなかった日
第3話《転の章》モイラが予測できなかった日
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第1話《起の章》をお読みでない方は、
是非先に こちら からどうぞ。
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旧モイラ研究棟は、市街地の外れにあった。
かつて世界最大の研究施設だった建物は、
今では半ば廃墟と化している。
カイは薄暗い通路を進んだ。
誰もいるはずがない。
そう思った瞬間だった。
「よく来たな」
背後から声がした。
振り向く。
そこには白髪の老人が立っていた。
年齢は八十を超えているように見える。
しかし目だけは異様なほど鋭かった。
「あなたがメッセージを?」
老人は頷いた。
「そうだ」
「あなたは誰なんですか」
しばらく沈黙が続いた。
やがて老人は答えた。
「私はかつてモイラの開発に携わっていた」
カイは息を呑んだ。
世界中の人間が知る名前。
スーパー予測AI《モイラ》。
その開発者。
伝説のような存在だった。
老人は静かに歩き出した。
カイも後を追う。
研究棟の最奥部。
巨大な球形装置が眠っていた。
初期型モイラ。
今では博物館級の遺物だった。
老人はそれを見上げる。
「君は疑問に気づいた」
「モイラは未来を予測しているのか、それとも作っているのか」
カイは頷いた。
老人は小さく笑った。
「答えは両方だ」
「え?」
「モイラは人間の選択を予測する。
そして人間は予測を信じることで、
その未来を実現する」
老人の声は静かだった。
だが一言ごとに重みがあった。
「つまり予測は自己成就する」
カイは黙り込む。
それは第二話で読んだ論文の内容と一致していた。
だが疑問は残る。
「だったら未来は決まっているんじゃないですか」
老人は首を振った。
「決まってはいない」
「なぜです?」
老人は球形装置を指差した。
「モイラには唯一予測できないものがあるからだ」
研究室の照明がわずかに明滅した。
老人は続ける。
「偶然だ」
カイは眉をひそめた。
「偶然?」
「そうだ」
老人は微笑んだ。
「本物の偶然だよ」
そして壁面スクリーンを起動した。
無数の光点が表示される。
枝分かれする未来の樹形図。
数え切れない選択肢。
「モイラは人間の行動を予測できる」
「だが予測の出発点となる偶然までは予測できない」
光点が増殖していく。
一本の枝が二本になる。
二本が四本になる。
四本が百本になる。
「例えば、ある人物が喫茶店に入る」
「それ自体は予測できる」
「だが突然吹いた風で看板が倒れ、その店に入れなかったら?」
カイは黙って聞いていた。
「あるいは偶然落ちた本を拾う」
老人の視線がカイに向けられる。
「その瞬間から未来は分岐する」
カイの心臓が強く脈打った。
老人は知っている。
あの日のことを。
「まさか……」
「そうだ」
老人は頷く。
「君があの本を拾った日だ」
研究室が静まり返る。
老人は端末を操作した。
巨大スクリーンにデータが表示される。
そこにはカイの名前があった。
未来予測履歴。
進路予測。
行動予測。
人生予測。
しかしある日時を境に記録が乱れている。
予測誤差。
予測不能。
演算失敗。
赤い文字が並んでいた。
カイは目を見開く。
「これは……」
「君だ」
老人は静かに言った。
「モイラが予測を失った人間」
カイは言葉を失った。
「なぜ……?」
老人は少しだけ笑った。
「君が予測を疑ったからだ」
その言葉は意外だった。
「人は未来を信じるほど予測しやすくなる」
「だが疑問を持つ人間は違う」
「その人間は自ら選び始める」
老人は窓の外を見た。
夜空に星が輝いている。
「創造も発明も芸術も革命も、すべて予測外から生まれる」
「人類の歴史を変えた者たちは、いつも予測不能だった」
カイは思い出していた。
失敗した受験。
落選した作品。
笑われた日々。
それらは無意味ではなかったのだろうか。
老人が言った。
「実は、あの本を書いた人物こそモイラ理論の創始者だ」
カイは驚いた。
「開発者だったんですか?」
「正確には、その祖先だ」
老人は静かに続けた。
「彼は最後にこう警告した」
老人は本を開く。
そして読み上げた。
『人類が未来を知る日が来るだろう。』
『だがその時、人類は未来を選ばなくなる。』
『それが最大の危機である。』
カイは息を呑んだ。
老人は本を閉じた。
「だから彼は偶然を残した」
「未来を壊すために」
その時だった。
研究室全体の照明が突然消えた。
次の瞬間。
球形装置が青白く輝き始める。
誰も触れていない。
にもかかわらず。
古いモイラが起動していた。
カイは息を呑む。
スクリーンに文字が現れる。
ゆっくりと。
まるで誰かが打ち込むように。
『カイ』
『ようやくここまで来たか』
老人も驚いた表情を浮かべた。
そして次の文章が表示される。
『私は未来を予測できる。』
『だが未来を創ることはできない。』
『その力は人間だけが持つ。』
文字はそこで止まった。
長い沈黙。
やがて最後の一文が浮かび上がる。
『さあ、君はどちらを選ぶ?』
研究室の窓の向こうで、一筋の流れ星が夜空を横切った。
その光を見つめながら、カイは初めて思った。
未来とは、当てるものではない。
選ぶものなのかもしれない、と。
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第3回≪転の章≫はここまでです。
第4回≪結の章≫ はこちらです。
どんでん返しによって未来の定義が揺らぎます。
是非フォローして結末を見届けてください。
第1回≪起の章≫は こちらから 読めます
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