ep.3 第1話《起の章》 選ばなかった未来
第1話(起の章) 未来を疑い始めた少年
西暦2158年。
人類は未来を手に入れた。
少なくとも、そう信じていた。
教室の前方に浮かぶ大型スクリーンに、
青白い文字が映し出される。
『進路予測結果を表示します』
静まり返った教室に緊張が走った。
十七歳。
人生で最初の大きな分岐点。
生徒たちは今日、自分の未来を知る。
教師が静かに告げた。
「これより、スーパー予測AI《モイラ》による
進路判定を開始します」
誰一人として異議を唱えない。
唱える理由がないのだ。
運命を司る神になぞらえて
命名されたとされる、
そのスーパー予測AI《モイラ》は
百年以上にわたり人類社会を支えてきた。
進学。
就職。
結婚。
病気。
事故。
あらゆる人生の分岐を予測し続け、
その精度は九十九・九八パーセントに
達している。
もはや未来は「予想」ではなく、
「確認事項」だった。
生徒の一人が呼ばれる。
スクリーンに結果が表示された。
『医療研究者 適性率九八・七%』
教室から拍手が起こる。
本人も嬉しそうに笑っている。
モイラに認められた未来は、
ほぼ約束された成功だからだ。
次々と結果が発表されていく。
そして――
「カイ」
自分の名前が呼ばれた。
カイは静かに立ち上がる。
スクリーンに光が走る。
数秒後。
文字が現れた。
『宇宙工学者』
『成功確率九八・七%』
教室がどよめいた。
宇宙工学者。
この時代でも最難関の職業の一つだった。
教師が満足そうに頷く。
「素晴らしい結果だな」
周囲からも羨望の視線が集まる。
だがカイは笑えなかった。
胸の奥に重い石が沈んでいく。
宇宙工学者。
それは彼がなりたいものではない。
彼が好きなのは絵だった。
誰にも見せないスケッチブックには、
街の風景や空想の生き物が
何冊分も描き込まれている。
本当は絵を描いて生きていきたかった。
だがモイラは違う未来を示した。
教師が言う。
「カイ、
お前なら人類の火星圏開発にも
参加できるかもしれないぞ」
周囲も口々に祝福する。
その声が遠く聞こえた。
まるで自分の人生なのに、自分だけが置き去りにされているようだった。
放課後。
カイは一人で帰路についた。
夕暮れの街を歩く。
高層ビルの壁面には巨大広告が流れていた。
『迷ったらモイラへ』
『あなたの最良の未来を案内します』
どこを見てもモイラ。
誰もがモイラを信じている。
いや。
信じるというより、従っている。
カイは小さく呟いた。
「未来って、本当に決まっているのか……
だとしたら、
人生の意味って何なんだ?」
その時だった。
風が吹いた。
歩道脇の古びた紙片……?
《のようなもの》が舞い上がる。
反射的に手を伸ばす。
だが掴んだのは紙切れではなかった。
一冊の本だった。
今では博物館でしか見かけない紙の本。
不思議なことに傷一つない。
カイは表紙の埃を払った。
そこには金色の文字が刻まれていた。
『未来は《 偶然から 》始まる』
思わず眉をひそめる。
妙な題名だ。
未来とは、
モイラが予測するものではないのか。
だが、なぜか気になった。
カイはその場でページをめくる。
すると最後のページに、
一行だけ手書きの文章が記されていた。
『未来は予測できても、
最初の偶然は予測できない。』
その瞬間。
胸の奥で何かが小さく震えた。
まるで遠い誰かが、
百年の時を越えて語りかけてきたように。
カイはしばらくその言葉を見つめていた。
そして知らなかった。
この偶然の出会いが、
モイラさえ予測できなかった未来への入り口だったことを。
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第1話≪起の章/起承転結≫はここまでです。
第2話≪承の章≫では
カイが自分の未来にどう挑むのか
が描かれます。
第2話《承の章》はこちら です。
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