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空風りさ〜まだ名前のない色〜|第27話 『 親友の寝息と、謎の呪文 』

※ 本作はフィクションです。
   登場人物・団体・出来事に実在の
   モデルはありません。

※「正しい答え」を提示する物語ではなく、  “まだ名前のない感覚”を眺める作品として      読んで頂ければ幸いです。

※ この作品の最新話は、
   毎週、月・水・金に掲載予定です。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇
空風りさ〜まだ名前のない色〜
第27話『 親友の寝息と、謎の呪文 』

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

病院の明かりだけが…
まだ夜の名残として煌く。

空は黒から紺へ変わり始めていた。
街灯が道を照らす。

徐々に、遠くの建物の輪郭だけが少しずつ
浮かび始めていた。

時折、救急搬入口の方からストレッチャーの
車輪が転がる音が聞こえる。

病院の従業員出口が開く。

白い光に照らされた通路から、
一人の女性が姿を現す。

ミホは、白いブラウスの袖は少しだけ乱れ、
肩には疲労が滲んでいる。

夜通し続いた急患対応。
眠気を通り越したような顔だった。
そんな彼女の視線が、出口の先で止まる。

「お疲れ様〜」

街灯の下で手を振ったのは、りさだった。
ミホは少しだけ目を細める。

「待った?」

「うん」

りさは笑った。
ミホは自分の肩を撫でる。

「…明日だね」

「うん」

遠くで新聞配達のバイクが走り去った。

ミホは肩に掛けた鞄を持ち直す。

「行こっか…」

「うん」

二人は並んで歩き始めた。


アトリエへ着く頃には、窓の外は少しずつ
白ずみはじめて……雀の鳴き声がリズム良く
響く。

テーブルの上には、淹れたばかりの
カフェラテが湯気を立てる。

ミホは椅子へ座るなり資料を手に取った。
眠そうな目を擦りながらページを捲る。
りさは向かい側でノートを開いた。

「りさ、そこはねーー」

「りさ、この場面では、この説明がーーー」

「りさ、重要なポイント。マーカーをーー」

講座に必要なポイントを丁寧に説明する。

プライベートでは見られない親友の一面に、
りさは無意識に表情が緩む。

気付けば、障子越しに差し込んでいた朝日は、お昼時を告げる熱になっていた。

りさは最後のページへ目を通しす。
そして深く息を吐く。

「……よし」

資料をまとめて、鞄へ入れる。

スー…。

スー……。

静かな寝息だけが、アトリエに流れる。
ミホは机へ突っ伏したまま眠っていた。

開いた資料に転がる赤ペン。
そして、半分ほど残ったカフェラテ。

何度も目を擦りながら…
資料の順番を確認して、ホチキスで留めるまで…彼女は丁寧に手伝ってくれた。

りさは棚からブランケットを取り出す。
そっと肩へ掛けた。

規則正しい寝息だけが聞こえる。
そんな彼女を眺めて、りさは微笑んだ。

「ありがとね、ミホ」

窓の外では朝の光が広がっていた。
りさは資料の入った鞄を肩へ掛ける。

そして、眠る友人へ向かって小さく呟いた。

「……行ってくるね」

アトリエの扉が静かに開く。

朝の風が一度だけ吹き込み、カフェラテの
甘い香りを揺らした。



高層ビルの自動扉が、音もなく開いた。
りさは思わず足を止める。

「……おぉ」

外の熱気が嘘みたいに消えていた。

床は磨かれた黒い石に天井は高い。
壁には大きな抽象画が飾られている。

何を描いているのかは分からない。
ただ……高そうだった。

講座の日時は、中井美樹から貰った資料に
書かれていた。

しかし、会場は何処にも記載されていない。
ただ……前日に、中井美樹の居るビルへ来る
ように案内文が添えられていた。

その案内文の書かれた用紙を持って…
キョロキョロするりさに受付の女性が
微笑む。

「空風りさ様でしょうか?」

「えっ、はい」

「お待ちしておりました」

案内されたエレベーターは、ホテルのように
静かだった。

数字が上がる。

二十階…

三十階…

四十階…

耳が少しだけ詰まる。
窓の外では街が小さくなっていく。

気付けば、人の姿は見えなくなっていた。

車も…信号も。
全部が模型に感じられる。

ピコーン。

音に反して静かに扉が開く。

最上階。

そこには大きな窓が広がっていた。

遠くの山並みと住宅街。
海が微かに見える。
まるで、街全体が一枚の絵のようだ。

「空風さん」

柔らかな声がした。
りさは振り返る。

そこには、白いブラウスに黒いパンツ。
仄かに甘い香りが漂う…中井美樹が居た。

「お久しぶりです」

そう言って、腰を折って深く頭を下げる。
頭を下げられているのに、圧倒的されそう…

「こちらこそ〜」

りさも頭を下げた。

中井は柔らかく微笑みながら、
自ら部屋の扉を開ける。

「お越し頂きありがとうございます。
 どうぞ、お入りになって」

「ど…どうも〜」

「お飲み物は、何がお好みかしら?」

「い…いゃぁ〜、お構いなく〜〜」

中井美樹の言葉は柔らかく、
表情は微笑んでいる。

「明日、楽しみにしています」

「……え?」

「それだけです」

りさは少し拍子抜けした。
講座の内容……テーマとか、そんな話になると
思っていた。

コン。コン。コン。

扉が開く。

黒服の女性が部屋へ入り、
りさへお辞儀をした。
それから、中井美樹の傍へ行く。

「会長。
 明日のご準備ですが、
 《アンドレ・シャツ》と
 《サマーウォーク》を
 ご用意しております」

「ありがとう」

「いつも通り、《オデュッセウス》で
 宜しいでしょうか?」

「それでお願いします」

りさは瞬きをした。
何を言っているのか分からない。

アンドレ?

サマー?

オデュッセウス?

何かの暗号なのだろうか。
秘書はさらに続ける。

「《グランデ・ウニタ》もございますが」

「今回は必要ありません」

「承知致しました」

会話はそれで終わった。

(……呪文?)

りさがそんなことを考えていると、
中井がこちらを見る。

「行きましょうか」

「どこへ?」

「会場です」

「今から?」

「ご都合よろしくないですか?」

りさは慌てて鞄を抱え直した。


ビルを出ると、一台の黒い車が待機していた。

長い……とにかく長い。

「えっ」

思わず声が漏れる。
秘書が後部ドアを開いた。

「どうぞ」

「えっ」

「どうぞ」

「えっ」

「どうぞ」

三回目で観念した。

乗り込む。
座席は柔らかい。

ドアが閉まる。
その瞬間だった…世界の音が消えた。

エンジン音も聞こえない。
振動もない。
動き始めたことすら分からない。

窓の外だけが流れていく。

「……すごい」

「そうですか?」

「だって静かすぎません??」

「そうかもしれませんね」

景色が流れる。

高層マンション…。

商業施設…。

病院…。

学校…。

大通り…。

次第に景色が変わる。

古い商店街…。

小さな郵便局…。

色褪せた看板…。

昔からそこにあるような家々…。

そして…車がゆっくりと速度を落とす。

「着きました」

秘書がそう告げた。
りさは窓の外へ視線を向ける。

「……え?」

思わず声が漏れた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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