空風りさ〜まだ名前のない色〜|第28話 『 期待という名の腹痛 』
※ 本作はフィクションです。
登場人物・団体・出来事に実在の
モデルはありません。
※「正しい答え」を提示する物語ではなく、 “まだ名前のない感覚”を眺める作品として 読んで頂ければ幸いです。
※ この作品の最新話は、
毎週、月・水・金に掲載予定です。
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空風りさ〜まだ名前のない色〜
第28話『 期待という名の腹痛 』
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瀬戸悠真は、スマホの画面を見つめていた。
りさから送られてきた地図。
何度か曲がり角を確認しながら歩く。
住宅街を歩き、古い商店街を抜ける。
小さな郵便局を曲がり…
閉まったままの理髪店を通り過ぎた。
やがて見えてきた建物に、
瀬戸は足を止めた。
「……ここ?」
そこは、古い公民館だった。
白かったはずの壁は少し黄ばんでいる。
窓枠の塗装も剥げていたが、手入れはされているようだった。
公民館の入口脇の掲示板には、
大きなポスターが貼られている。
『変化の時代を安心して生きるために』
主催 新都市開発プロジェクト
その下には講師名が並んでいた。
黒澤信孝。
赤坂真実。
若草紗奈。
空風りさ。
「……」
公民館の外には、簡易テントに受付けが
設けられていた。
受付を済ませると、係りの男性が瀬戸悠真を
中へ案内する。
会場にはパイプ椅子が五十脚ほど並ぶ。
既に人が溢れており、座れそうにない。
立見を覚悟するしかなさそうだ。
高齢者や若い夫婦。
スーツ姿の男性や子供連れ。
様々な人がこの狭い空間で熱を帯びている。
エアコンの冷気が追いつかなそうだ…。
「瀬戸くん!」
背中から声がする。
りさだった。
今日は少しだけきちんとした
服装をしている。
けれど表情はいつも通りだった。
「来てくれたんだ」
「約束したからね」
「ありがと〜」
りさは満面の笑みを浮かべた。
しかし、次の瞬間。
「うっ……」
お腹を押さえた。
「どうしたの?」
「緊張…してるかも」
「早いね」
「早いとかじゃないのぉ〜」
瀬戸が笑う。
りさは引き攣った笑みを浮かべた。
「じゃあ行ってくる」
そう言って控室へ消えていった。
控室の扉を開けた瞬間。
「空風さん」
黒縁眼鏡でシャキッとした身なり。
どこか神経質そうな黒澤信孝だった。
「あれ?
信孝さんも登壇者されるんですか?」
「はい。
僕も、お葬儀と新都市を絡めてお話します」
「へぇ〜、知らなかったぁ」
「もしかして、資料……
読んでないんですか?」
「うっ…」
バツが悪そうに、チョロっと舌を出すりさ。
「会場の皆さん、空風さんの話をメインで
聞きに来てますから。
僕も楽しみにしています」
「………プレッシャぁぁぁぁーーー!」
信孝は小さく肩を竦めた。
その時。
「ご無沙汰しております。
空風先生」
光沢のあるスーツに、バシッと整ったオールバックの髪。
爽やかな整髪剤の香りが鼻をつく。
保険営業マンの赤坂真実だった。
しかし…
(あれ? 誰だっけ…)
りさの記憶にはない。
そんな、りさの考えを見透かすように赤坂は
話を続けた。
「以前、先生が開催された、古民家での
個展にお邪魔させてもらいました。
本来なら…… 中井会長は僕が先生に
紹介するハズでしたが…」
そう言って、赤坂は信孝を睨み付ける。
視線を気にする様子もなく、ニヤリとした
信孝は背を向けて、その場を去った。
ふんっ、と鼻を小さく鳴らした赤坂。
りさへ話を続けた。
「本日、僕も登壇します。
保険が不要な社会の実現というテーマで。
まっ、
今日の主役である先生の前座ですけどね」
彼はそう言って、軽く会釈をして去った。
赤坂の言葉に、胸にモヤモヤする重さを
りさは感じたが、その感覚を切るような
透き通った声が背後から聞こえた。
「おはようございます」
振り返ると…
澄んだ淡いグリーンのワンピースを着た
女性。
ウエストでリボンが軽く結ばれていて、膝下まであるスカートが、歩くたびに優雅に揺れる。
「若草さん!」
「今日は、空風先生と同じ舞台へ立つので
緊張してます。
どうぞ、よろしくお願いします」
若草紗奈は、丁寧なお辞儀をした。
「いゃ〜、あたしさぁ〜。
多分、ロクな話出来ないよ?」
「間宮さん。
サポートされたんですよね?」
「えっ?
何で知ってるの?」
「実は私も…助けて貰ってました」
りさは驚いた。
自分だけではなく、若草紗奈の資料作成まで
サポートして…その事をりさには一切溢さない。
(ミホ……)
「あの…、良ければ先生の登壇資料を…
少しだけ拝見させて欲しいです」
「ん?
あ〜、いいよ〜」
A4用紙が束ねられた資料をパラパラとめくる
「す……すごい。
間宮さん…本当に凄い。
このまま読めば…
中井会長の期待以上だし…
来場者の気持ちを一気に掴めますよ」
興奮する若草紗奈の手が、
資料の最後のページでとまる。
「………先生、これーーー」
若草紗奈が何かを言いかけた…その時、
開演を知らせるアナウンスが鳴った。
会場の空気が静まる。
最初に登壇したのは黒澤信孝。
孤独死と高齢化。
地域の繋がり…
それらを、数字を交えながら話す。
新都市では人が人らしく、人生を終えられると締める。
会場は頷く。
そして、拍手。
誰が見ても反応は良った。
続いて赤坂真実。
保険と生活。
そして、将来の備え。
それら全てが新都市にあると繋げる。
難しい話を分かりやすく解きほぐしていく。
会場には笑いが生まれる。
深く頷く者も多い。
そして、拍手。
完璧なプレゼンテーションだった。
そして若草紗奈。
健康と運動。
それらが揃う環境。
医療現場で見てきた現実。
派手ではないが、静かに伝わる。
来場者は真剣に耳を傾ける。
りさは舞台袖から見ていた。
まるで、心臓が口から出そうなほど鼓動が
激しく感じる。
いや、実際にドクドク鳴っていた。
「……すごい。
みんな上手いなぁ…」
みんな慣れているし、ちゃんと話せている。
「うっ」
下腹がジンワリ刺すように痛む。
演壇で話す若草紗奈の話は締めに入ろうとしていた。
まるで、それに合わせるように…
下腹の痛みは増す。
「環境は人を支えます」
静かな若草紗奈の声が…
スピーカーから流れる。
「食事も運動も睡眠も大切です。
……ですが」
会場を見渡す若草。
言葉が染み渡るのを確認すると、
話を続ける。
「人が何に安心するのかまでは、
私には分かりません」
静かになる会場。
そして、若草は微笑んだ。
彼女の視線は、舞台袖のりさへ移る。
「一番大切な…人は何に安心するか?
その辺りは、次の講師の先生に
お任せします」
会場から小さな拍手が起こる。
同時に、りさの顔から血の気が引いた。
(え?)
若草はさらに続ける。
「私も楽しみにしています」
拍手が大きくなる。
信孝も赤坂も拍手しはじめた。
司会が立ち上がる。
「それでは最後にーー
空風りさ先生です」
りさの腹痛は限界に達していた。
(ちょっと待って)
若草が微笑む。
信孝も微笑む。
赤坂も微笑む。
客席にいる瀬戸悠真が見た。
やっぱり、微笑んでいる。
(やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!)
心の中で、りさは絶叫した。
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