“犯罪者”と呼ばれた日 🔥5
その日、私は"犯罪者”と言われた。
それは、私が聞きたくない言葉だった。
────
総務のフロアは、異様な空気だった。
モチノさんは、自分の席のある総務エリアに、
他部署の人間が入ることを異常なほど嫌っていた。
ある日の月曜日。
昼ごはんを食べていると、モチノさんが口を開いた。
「昨日、誰かあの部屋に入ったと思うねん」
「あの部屋?総務ですか?」
私が聞くと、モチノさんは、頷いた。
「なんか、あったんですか?」
ヤマダさんが聞く。
モチノさんは、早口でまくし立てた。
「壁にな、足跡が付いててん!おかしいやろ。
あれは、誰かが侵入した跡やと思うねん」
「この会社には泥棒が居てるで」
「へぇ……」
私は下を向き、ご飯粒を口に入れた。
……足跡って、そんな簡単につくものだろうか。
────
「頭おかしいで。」
その日の帰り、
コーヒーを飲みながら、
ヤマダさんは呆れたように言った。
「ほんとに、誰か入ったんですかね?」
私が首をひねると、
後輩はタバコを灰皿にトントンしながら笑った。
「私が泥棒やったら
壁に足跡残すとか、アホなことしませんけどね」
─────
そして、その日。
モチノさんは、外出していて、
総務部のフロアには、誰もいなかった。
プルルル……
電話が鳴った。
ランプを見る。
── 総務だ。
ざわっとした感覚が全身を包んだ。
総務の部屋を覗いてみる。
誰もいない。
ああ、電話を取らなきゃ。
そう思って、私は受話器を取った。
「はい、●●会社でございます」
「総務のモチノ様宛てに
FAXを送ったのですが、
届いているかご確認いただけますか」
どうしよう。
心臓がバクバクする。
FAXを確認するには、
総務の部屋に入らなければならない。
でも、届いているか確認せずに、
届いたとは言えない、
しかも、宛名はモチノさん。
届いてなければ何を言われるか分からない。
困った私は、課長に確認した。
「そんなん、入らな分からんやろ」
課長は、笑ってそう言った。
そうだ。
これは"仕事”だ。
私は、仕事をしなければ。
必要なことだ。
私は、総務のフロアの前に立った。
「失礼します」と心の中でつぶやきながら、
忍者のように部屋に入る。
見てない、何も見てません。
ごめんなさい、すみません。
薄目で走る。
FAX、FAXの機械。
あった。
きていた。
用紙だけを取り、走って部屋を出た。
自分の席に戻る。
「FAXは届いています」
先方に伝えた。
「では、お渡しいただけますか」
「承知しました」
普通の流れだった。
私は、静かに受話器を置いた。
チラ、と総務の部屋に目をやる。
うわ、嫌だ。
もう、あの部屋に入りたくない。
モチノさんか、総務の人が戻ってきてから渡そう。
そう決めると、FAX用紙を机に置き、
目の前の画面に集中した。
─────
しばらくして、モチノさんが戻ってきた。
「はぁ、暑いわぁ、なんやねん今日の天気」
「モチノさん」
私はFAX用紙を持って、駆け寄った。
「ほんま、今日暑いでぇ、夏みたいや」
センスでパタパタ仰ぎながら
モチノさんは、言った。
「いい天気ですもんね」
そう言ったあと、紙を差し出す。
「あの、これ、FAXが来てたんですけど」
その瞬間だった。
普通だったモチノさんの顔が、みるみる変わった。
「あんた、部屋入ったん?」
「はい。
FAXを確認してほしいという電話があったので、
誰もいらっしゃらなかったですし、
中身は見ずに、FAXだけ取りました」
そう答えた次の瞬間、
ものすごい声で罵倒された。
「信じられへん!」
「犯罪者やん!」
「侵入や!」
私は、FAX用紙を持ったまま、棒立ちになった。
意味が、分からなかった。
私は、言われた通りに仕事をしただけだった。
電話を取って、
確認して、
伝えただけだった。
なのに、なぜこの人は、こんなにも怒っているのか。
そのとき、私の中で何かが切れた。
─────
私は、叫び返していた。
「電話が来て、確認してほしいと言われました!
誰もいなかったので、確認しただけです!
どうして私が責められないといけないんですか!」
自分でも驚くほどの大声だった。
部長と課長が止めに入るまで、
私たちは、ドラマのように睨み合っていた。
その空気の中で、私はFAX用紙を差し出した。
「これ、FAXです」
モチノさんは、私を睨みつけたまま、
その用紙をひったくるように奪い取り、
ぐちゃぐちゃぐちゃ、と丸めた。
そして、その紙を、私の胸元に投げつけた。
「こんなもん、いらんわ!」
そう言い捨てて、部屋に戻っていった。
─────
床に落ちた、丸められたFAX用紙を見ながら、
私は立ち尽くしていた。
え?
何?
なんで?
何が起きたのか、理解できなかった。
そのとき、部長が言った。
「まあまあまあ。落ち着けよ」
私に向かって。
……え?
落ち着くのは、私?
私は目を見開いて、部長を見つめた。
私が悪かったの?
何が悪かったの?
その瞬間、何かが、静かに壊れた。
涙が溢れる。
その部長は、私が信頼していた人だった。
そんな人から、そう言われたことが、
心底ショックだった。
────
みんなが、見てる。
その事にようやく気付いた。
顔から火が出そうだった。
怒鳴ってしまった自分。
会社で感情的になって、泣いてしまった自分。
私は、小さく「すみません」とだけ言い、
部屋を出た。
─────
もうやだ。
もう行きたくない。
もう、無理。
けれど、翌日も私は会社に行った。
お金。
それだけだった。
──────────
🫧この形の私

▶ 次の出来事へ(Pを打っては、消していた話🔥4)
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
▶ 「犯罪者」という言葉が、私に刺さった理由
(幼少期の記憶:買えない私が、選んだ虹色の飴)
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
← この章の目次へ【社会の洗礼】
← この物語全体を読む【シリーズ一覧】
