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4階は、微妙だった 🔥4


「犯罪者やん!」
モチノさんに言われた日。

あの日から、
私は、少しずつ、
でも確実に、心を蝕まれていった。


それは突然壊れる、という感じではなかった。
じわじわと、静かに侵食されていく感覚だった。

────

なんだろう、重い。


なんとなく、そんな感覚はあった。

「なんか、こんなの、前にもあったな」
一人の部屋の中で、ぽつりと呟く。


小学校のとき、親から怒鳴られ続けていたとき。

学校で、クラスの子たちに
殴られたり蹴られたりしていたとき。

高校のとき、父親から無視され、
威圧され続けていたとき。

心の奥に、黒いものが溜まっていくような感覚。

何かに乗っ取られていくような、
自分の中に暗闇が漂っているような感じ。

────

でも、今回は
今までのそれと、少し違っていた。

苦しさは、似ていた。


けれど、何もする気力が湧かなくなる。
色んなことが
どうでもよく感じるようになっていった。

「お金を返さなきゃ」

ただそれだけの理由で、
ふらふらと会社に向かう。

頭がまったく働かない。

────

始業時間。

ノロノロとした動作で席に着く私。


一言も喋らず、表情もそのまま
機械のように電源ボタンを押す。

そして、ファイルを開き、文字を打ち込む。

それはもう、行動というより、
ただの反射のようだった。

ふと、手を止める。

目はどこを見ているのか、自分でも分からない。


ただ小さくキーボードを押す。

P、P、P、P、P、P、P、P、P.........

バックスペースキーを同じ速度で押す。

BS、BS、BS、BS、BS.........

文字が消えていく。

それをただぼーっと眺める。

しばらくするとまた
キーボードの同じキーを押し続けては、
それをバックスペースで消し
また打っては消した。


それを延々と繰り返していた。

焦点が合っていない。
目に映っているものが、
現実ではないような感覚。

考える、という行為そのものが止まっていた。


無反応だった。

────

「佐藤さん」

呼ばれる。

.........
.........

「はい」


誰かが何か話しかけてくる。

けれど、その声を「声」として認識し、
内容を理解し、
返事を探し、
言葉として口に出すまでに、
異様なほど時間がかかった。

遅い、というのは
自分でも何となくわかっていた。

けれど、それもどうでもよかった。

すべての工程が、ひどく重たかった。

────

会社の窓をみる。

ビルに太陽の光が反射している。

大きな窓。


飛ぶ。

近づく地面。

飛び降りた時に
見えるであろう景色。


頭に浮かぶ。

私は立ち上がると、
窓のそばに行き、下を見下ろす。


ああ、ここは4階か。

前の9階なら確実だったのにな。


4階は、微妙だな。


下に落ちるって、いいな。

もう少し高かったらな。


現実感はなかったし、切迫感もなかった。

ただ「そんな映像が出てくる」だけだった。


────

なんだか、変だな。


私って、こんな感じだったかな。

ぼんやりと考える。

いくら人から何かをもらっても、
私は元気にはなれない。

元気が、出ない。


――私自身が、違う何かになるべきなのかな。


もっと仕事ができるようになれば
いいのかな。

もっと、頑張らないといけないのかな。

でも、何を頑張ればいいの?


どうしたら、この地獄から抜け出せるのだろう。


私は黙って窓の外を見下ろした。


それでも、
誰も私の異変を指摘する人はいなかった。

────

モチノさんの態度は、
いよいよ激しくなっていた。


バァン!

「書類、はよ出し!」
私に渡すものがあるときは、
ものすごい音を立てて、机に叩きつける。

コップを洗うのが1分遅れるだけで、
大声で怒鳴り散らす。

でも、それらは
どこか遠い世界の出来事のようだった。


私は小さな声で返事をして、
のろのろと動く。

ああ、嫌だな。

私はモチノさんが好きじゃない。

その好きじゃない人に攻撃されて、
その人の思惑通りに私は壊れていく。


あの人に影響されて、腐っていってる。
吐き気がした。


せめて表面だけでも、
腐っていないふりをしたかった。

あの人を、満足させたくなかった。

やられっぱなしで、はいつくばっている。


こんなの、嫌だ。

私の中の奥底で何かが叫ぶ。
涙があふれる。


悔しい、
悔しい。

嫌だ。

――私は、こんなに弱い人間だったの?


やれ!

進めよ!
ちゃんやれよ!!!

胸の奥で、何かが叫び続けていた。

けれど、これまでと違って、
どんなに心の中の何かに責められても、
動かなかった。

頭も、心も。


悲しかった。

けれど、その悲しさも、
なにかの中に吸い込まれて見えなくなっていく。

ただ、胸の奥で
何かが静かに崩れ続けている感覚だけがあった。

──────────
🫧この形の私

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