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住所不定無職

その頃、付き合っている相手が地元にいた。

どうせ結婚したら家を出るんだし、
少しくらい帰っても大丈夫かな。

そんな気軽な思いが心の片隅にあった。

でも本当は、疲れていた自分をどこか
逃がしてあげたかったのかもしれない。

奨学金の返済条件も満たした。
やるだけやった。
少なくとも、逃げて終わったわけじゃない。
自分にそう言い聞かせた。

仕事では、以前のように
追い詰められることは、なくなっていた。

モチノさんに何か言われても、
少しだけ受け流せるようになった。

私は、一皮むけた。

そんなふうに思っていた。


けれど、正直に言うと、
これ以上続ける元気が残っていなかったからだ。


親に話すと、意外にも反対はされなかった。

肩の荷がふっと下りる感覚。

私は、退職する道を選んだ。


今年のゴールデンウィークに帰省した実家。
それは、私の記憶の中の家とは違って見えた。
親は笑っていて、まるで普通の家のようだった。

昔の私とは、もう違う。

それを実感したとき、帰ろうかなと思えた。

仕事は、それから半年ほど引き止められ、
続けた。

モチノさんが、退職金もボーナスももらって
辞められるように手続きをしてくれた。

「もらえるものは、もらってやめな損やで。
任しとき」

なんだかんだ、最後は味方になってくれた。


最終日、アパートの引き払いと片付けを済ませた。

何もなくなった部屋を眺めた。
ああ、これでここの生活は終わるんだな。


携帯も解約した。
部屋も引き払った。
仕事も辞めた。
住所不定無職……か。

――もし今、私が逃げたら。
誰にも言わず、消えてしまったら。


私でないものに、なれるのだろうか。

ふと、そんな考えが浮かんだ。


逃げたいわけではない。
消えたいわけでもない。


頭の中で、昔の自分がささやく。

「ほんとうに大丈夫?後悔しないかな」

「大丈夫。少なくとも、前のようには潰れない」


私は手荷物を抱え、玄関に立った。

苦しい日も、泣いた日も、楽しかった日も、
お世話になったこの部屋。


「お世話になりました」
「ありがとうございました」

私は、部屋に向かって一礼した。

─────

それから、逃げることなく
普通に実家に帰った。

帰ることに特別な意味は、感じていなかった。

一瞬だけ、違和感のようなものはよぎった。

けれど、「まあ、大丈夫でしょ」と、軽く流した。

あの頃の私は、
自分はもう平気だと、そう思い込んでいた。

──────────
🫧この形の私

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