第2話 壊れていく前兆
▶︎第1話を読む:「電車の中で泣いている大人を、君は見たことがあるか
社会人になって、もう六年目になる。
前職は新卒で入社。
地方の国立大を出て上京した。
周りの仲間が大手企業に就職していく中、
僕は手堅い会社に入るのが嫌だった。
自分は他の人間と違うという根拠のない自信だけで、
全社員40人程度のベンチャー企業を選んだ。
肩書きも役割もあやふやで、
気づけば何でも屋のように仕事をこなしていた。
誰よりも早く出社し、
誰よりも遅く帰るのが当たり前。
でも、それが苦痛なんて思うことはなかった。
自分で選んだ選択を肯定するように、
アドレナリンが出つづけていた。
そして、僕は確かに成果を出し始めた。
プレゼンの場で名前を呼ばれる。
後輩に仕事を教える立場になる。
周囲の視線が少しずつ変わっていくのを感じ、
心の奥で「ようやく認められた」と安堵する。
──はずだった。
期待され、それに応えることが嬉しいはずなのに、
胸の奥はすぐ冷えていった。
「次はもっと成果を出さなければ」
「期待に応えられなければ、僕の居場所はない」
承認されるたびに、
次の承認を渇望するようになった。
オフィスの蛍光灯は、
夜が深くなるほど白く、無機質になっていく。
「明日までに、これもお願いね」
帰るタイミングを失い、気づけば椅子に沈んだまま、
時計の針だけが回っていく。
耳の奥で、カチカチと時計の針が回る音だけが響く。
周囲はすでに誰もいない。
モニターの光だけが青白く僕を照らしている。
週末も気づけば、仕事のメールを開いていた。
友人からの誘い、家族からの電話に出るたびに、胸の奥がざわつく。
「休んだら置いていかれる」
「気を抜いたら、全部失う」
休んでいると、不安になる。
何かを取りこぼしているんじゃないかと、焦燥感が体の奥を締めつける。
席に戻ると、机の上に付箋が増えている。
それは雪のように積もり、静かに重く、
そして、時間の経過とともに茶色く濁っていく。
「誰も責めてなんかいない」
「これが普通なんだ」
そう言い聞かせて、心の違和感を押し込めていった。
──でも、本当は気づいていた。
ある朝、鏡に映った自分の顔が、やけに老け込んで見えた。
目の下に濃い影があり、口元が引きつっている。
ちょっとしたことで心が揺れるようにもなっていた。
上司の何気ない一言でも緊張感を高め、
後輩の軽い笑い声に、理由もなく心が波立つ。
帰りの電車で窓に映った自分の顔を見たとき、
思わず視線を逸らした。感情がこぼれそうになっていた。
ほんの小さな揺らぎ。
それは確かに「前兆」だった。
次回予告
▶︎第3話を読む:「中途入社の彼と僕」
価値観の違う同僚と出会いによって、僕の中のバランスは崩れていく。彼の何気ない一言が、僕の心を静かに、でも確かに砕いていった──。
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