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第1話 電車の中で泣いている大人を、君は見たことがあるか


満員電車の中で、突然、涙が止まらなくなった。


電車のドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。


満員の南武線。車内は静まり返り、誰もがスマホに視線を落としている。


その中で、僕だけが泣いていた。


なんの前触れもなかった。
誰かに何かを言われたわけでもない。

ただ、ただ、僕の目からは、勝手に涙があふれてきた。


顔を伏せ、上着の袖でぬぐう。でも止まらない。
呼吸だけが少しずつ速くなっていく。


見られたら、まずい。
「やばい人」だと思われる。
そう思えば思うほど、うまく息が吸えなくなった。

止まらなかった。


——働かなきゃ。
——ちゃんとしなきゃ。
——迷惑、、もうかけられない。

その言葉が、ずっと僕の頭に張り付いていた。


この再就職は、自分で決めた。

半年も人に頼って、借金して、生きているのが申し訳なくなって、
何かを変えなくてはと思って。

再就職が決まっても、心が落ち着くことはなかった。


今朝、家を出たときのことは覚えていない。
日中は、簡単な入社手続きと挨拶めぐりだけだったと思う。

それなのに、、すごく疲れてる。もう、動けない。

涙が止まらない。


窓に映った車内には、たくさんのヒト。
僕の顔はグシャグシャになっていて、
喉の奥で嗚咽をこらえて肩まで震わせていた。

そんな状況なのに、
イヤホンから漏れるシャカシャカした音や、
隣に立つ男性の嫌な汗の匂いを、やけに鮮明に感じている。


「甘えちゃだめだ」
誰に言われたわけでもないのに、その声がずっと、頭の中に響いていた。


酒は、やめられていなかった。
借金も、返せていなかった。

それでもスーツを着て、ネクタイを締めて、満員電車に乗っている。
「ちゃんとした人間」みたいな顔をして。


その結果が、今だ。

涙が止まらないという、たったそれだけの事実が、
僕の中の何かが崩れていることを、静かに、でも確かに突きつけてきた。


電車が最寄り駅に着いた。
僕は袖で涙をぬぐい、何事もなかったようにホームに降りた。


街の空気は生ぬるくて、湿っていた。

スーツの背中にじんわりと汗がにじむ。


スマホの通知はゼロ。
僕は俯いたまま、改札へと歩き出す。

「ちゃんとしなきゃ」

その言葉が、また背中から僕を追い立てた。


▶︎ 第2話:「壊れれいく前兆」
——前兆となる小さな歪みとは?——


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