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ただ愛しく思う それだけだよ

⚪「ひらがな研究所」の鬼・永野です。
⚪0.1ミリの微差に
 目を付けてチクチクうるさい永野です。
⚪「正しくきれい」への追求が変態超の永野です。
⚪「そんな言い方しなくてもいいじゃんね~」と思
 われている楷書の鬼・永野です。
⚪言っていることが全部自慢にしか聞こえない永野
 です。


あ、始めに大事な自己紹介を忘れました。


人間です。




私は手書きの文字が大好きです。
それが
とても汚いと言われる字でも
(私の言葉で言うと『くそヘッタクソな字』でも)

どんな字でも
人が書いた字が大好きです。

子どもの字でも大人の字でも
とにかく手書きの文字が大好きです。




なんですか? これは。

(こっちが聞きたいわっ)



一番はそこに「時間」を感じるから、
なんだと思います。
・書いている「時間」
・その字に至った「時間」
そして
・伸び代という可能性を秘めた未来への「時間」

時間は命だから。
かけた時間・かける時間は「心」だから。



私が書写の指導者という立場を置いて
いち人間として
人の字を見たとき


「きれい」「汚い」の前に
なんででしょう…

とても愛おしく感じます。


そして私が最近気づいたことは

私は「書いている人の姿」が好きなんだ、ということです。

本当に美しい…




なんですか? あれは。

(いや、だから、こっちが聞きたいわっ)


なんでしょうね。

「人が書いている姿」ってなんで
あんなに愛おしく思うんでしょう。


「一生懸命な姿」ともちょっと違う…
「集中している姿」の方が近いのかな…

感動を超える愛おしさを感じます。



「手がかかる子ほど可愛い」
「短所は一番の長所だ」と
近いのかもしれません。

(あぁ迷子)



でも
これはやっぱり
私の「高見の見物」なんですよね…


孤高かぁ…
本当にそうだとしたら


私の孤高の寂しさは
「解ってもらえない」寂しさではなく
「解ってあげられない」寂しさなんだと思います。



大丈夫です。
私は日々字の正しさ、きれいさを
変態レベルで追究していますが、
汚い字が嫌いではありません。

だから
見せてください。
何も恥ずかしくない。

それは「愛しい」でしかない。



自分が生きた証を残したいなら
どんな形でもいいけど

「字」で残して欲しい、と思います。

今あなたが生きている。
ここにあなたが生きている。


「書くこと」は生きているということ。
「書くこと」は生きていたということ。
そして
「書くこと」は
これからも生きていくということ。


どんな字でもいいよ。
それを残してよ。


あなたが書く姿を思い、
あなたが書いた字をただ愛しく思っています。


⚪妄想が得意な永野です。

あなたの書いている姿をいつも想像しています。

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