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🍒「趣味=引越し」を辞めた理由

#この住まいに決めた理由

 つくづく、引っ越しが好きな人間である。まるで、趣味である。
①大学進学のため、進学先近くの下宿へ転居。
②大学卒業後、自宅に戻る。
③兄の結婚に合わせて、勤務先近くのアパートへ。
④自分の結婚で、賃貸マンションへ。
⑤子どもができて、田舎の広めの民家へ。
⑥ヤモリが嫌いな妻に迫られ、公務員宿舎へ。
(※ヤモリは光に集まる蛾を捕食する為、待っていただけなのです。ヤモリに代わっての言い訳です。)
⑦二人目の子どもが生まれて、分譲マンションへ。
⑧阪神淡路大震災で大きく揺れて、一戸建ちの家を探し始める。そして、最後に行き着いたのが、今の家だった。

窓にへばりついたヤモリ

 どの家に住もうが、いつもしていたことがある。「花と野菜の土」を買って来て、プランターに入れて野菜を育てる。
 小さな野菜が多かった。ラディッシュ、ワケギ、小松菜、パセリの類である。何でも良い。週末に土を触って、気分転換がしたかったのだと思う。
 ついつい思い詰めてしまい易い私のことだ。仕事以外に意識を向ける仕掛けが欲しい。
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 そして、一戸建てである。もう後へは引けない。引っ越しは、打ち止めにしなければならない。
 妻が見つけたある不動産広告を頼りに、建て売り住宅を内覧する。建ってすぐで、最初の客が私達家族だった。
 現地に行って、私は驚いてしまった。住宅にではない。案内してくれたのが中学の同級生で、しかも同じ部活の顔見知りだったためだ。
 二人とも、生まれ育った故郷からは遠い場所で暮らしていた。こんなこともあるもんだなあと、不思議に思いつつ内覧する。
 決して同級生だったからと言うわけではなく、私はこの物件が一目で気に入った。この物件とは言えないか。家の東隣りが気に入ったのだった。
 住宅一軒分の土地が、全面畑だった。窓を開ければ畑が見える。朝日が昇る方向が開けており、毎朝日の出が拝める。
 私が野菜作りが好きなわけは、日々成長する様子を見るのが、心地良いからだと思う。ペットを育てるにしても、なかなか野菜のように日毎に成長する姿が見られるものではない。
 畑の持ち主は、年金暮らしの老夫婦だった。主に主人が畑の仕事をする。内覧の時にも畑仕事をしていて、二言三言言葉を交わす。私と同じ、かつては教員だった。夫婦二人ともである。
 私達は、この場所を終の住処とすることにした。私と妻と息子と娘、四人の生活が間もなく始まった。
       🔹

家庭菜園

 窓を開ければ、朝日を浴びた野菜が見える。自分の家の畑ではないが、爽快な眺めである。
【春】 イチゴ エンドウ タマネギ ジャガイモ アスパラガス スティックブロッコリー
【夏】 スイカ トマト ナス シシトウ ピーマン オクラ ソラマメ トウモロコシ
【秋】 サツマイモ 里芋 黒豆 人参 ゴボウ 小松菜 カボチャ セロリ
【冬】 白菜 大根 パセリ ホウレンソウ キャベツ 茎ブロッコリー
 1年中、何かが育っている。
 あっと言う間に時が経つ。
 この家に住み始め二十年が過ぎる頃、妻が病を患い、手術の末にこの世を去る。そして更に三年が過ぎて、私は定年退職を迎えた。普通なら、その後五年ほどは再雇用先で働くのだが、私は完全退職を選んだ。子ども達二人は既に自立していたし、一人暮らしではそれほど生活費が嵩張(かさば)らない。何よりもやる気が起こらなかったと言うのが、偽らざる本音である。
 隣の老夫婦は、長生きだった。私の退職時、夫婦そろって90代半ばを越えていた。しかし歳には勝てないものなのか、畑のあちらこちらに草が生え始める。主人の方は、わずかではあるが痴呆が現れ、同じことを繰り返して言うようになった。
 ある時、主人が私を呼び止めてこう言った。
「畑を買ってくれないかなあ。」
   色々と話を聞く。奥さんが言うには、主人の方が食事が摂れなくなってきており、近々ケア付き介護施設に入所予定らしい。また、草まみれになる畑を一番の気掛かりにしているとも言うのだ。おそらく売却益の一部は、主人にとっての今後の生活費や治療費になる。そんな算段が見え隠れした。
 私は、畑を退職金で買うことにした。
 登記手続きが済んで半年後、老夫婦のうち、主人の方が介護施設で死去した。胃瘻(いろう)の処置を受けつつの生活であったらしい。
「ほうさん、ほうさん‥‥。」
   私の買い取った畑の隣には、柿の木があった。
 柿の木のそばで、主人に先立たれた妻が、枯れ草に火をつけ燃やしていた。(野焼きは御法度で、ご近所からは嫌がられていた。)
 枯れ草を焼きながら、亡くなった主人の名を繰り返し呼んでいる。主人の名は「豊(ゆたか)」で、「ほうさん」と呼び慣わしていたようだった。
 夕暮れに、柿の木の下で、枯れ草を燃やしながら、「ほうさん、ほうさん‥‥。」と呼びかける年老いた妻。何とも哀しくて、切なくてならなかった。
 私も同じだ。つい吊られて、妻の名を呼んでしまいそうになる。
 この夕方の野焼きが迷惑だと言う隣人が、だんだんと増えて来た。歳を取ってから、責められる姿を見るのは辛い。私は、助け舟を出すことにした。
 野焼きを始めようとしている所へ出向き、一つ提案をした。
「済みません。干し草、わけて頂けませんか?籾殻や米糠、落ち葉を混ぜて、堆肥作りをしているんです。」
   私は、実際に堆肥作りをしていた。畑の一角に、畳2畳分を縦に並べた形で囲いを作っていたのだ。
 私は、その場所まで連れて行き、干し草を入れてくれるよう依頼した。
 その後、野焼きは無くなる。そして、啜り泣くような、「ほうさん、ほうさん‥‥。」と言う声もしなくなった。

古い柿の木

 あっと言う間だった。その後、東京に住む娘に年老いた妻は引き取られ、肺炎が悪化したとかで急死する。畑を私に売り渡し、1年と少しの間に隣の老夫婦は二人とも亡くなってしまったのだ。
 その後、家は空き家となる。何年か二人の娘達が交代で、管理のために戻っていたようだが、昨年暮れに家は解体され、今は整地されている。そして、畑だけが残った。

整地後の隣家跡

 畑は、私の家の敷地より低い位置にあったが、解体や整地に合わせて、畑部分の地上げもお願いした。
 畑の土はそのまま利用したかったので、一度取り置き、整地後上に置き直すことにした。思っていたより、畑部分が高くなり過ぎたが、まあいいかという感じである。
 地上げ時に野菜を取り切ったため、今はたいした野菜が育ってはいない。でも、春になり、夏がくれば、また野菜は育っていくだろう。
 この住まいに決めた理由。それは、今にして思えば、この畑に出会う為だったと思う。

地上げした現在の我が家の畑

#この住まいに決めた理由

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