友だちは、たくさんいた方がいいのか【哲学対話書簡】
友だちをたくさんほしいと思ったことがない。
「ひとりってさみしくない?」
と、聞かれたことがある。
さみしくないのです。
むしろ、たくさんの中にいるとき、さみしくなる時があります。
たくさんの中にいる時のさみしいは、ちょっとしんどくて早くひとりになりたいな、とか思います。
そんなこと思ったりしませんか?
そういえば、うちの兄は私とは真逆です。
ひとりはさみしくて、常に誰かと一緒にいたいと思っているようです。
そのために、兄はたくさん友だちを作ります。
結婚も2回しました。
行きつけのチェーン店の居酒屋の店長をマスターと呼びます。
カッコつけて瓶ビールを小さなコップに注いで呑みます。
行きつけのチェーン店の居酒屋には、顔なじみの常連がいて、行けば誰かしらと話せるようです。
兄とは本の趣味が合いません。
兄は、可哀想な人やダメな奴が出てくる話を読んで「俺よりダメな奴がいる」と嬉しくなるそうです。
たぶん、BUMP OF CHICKENの歌を暗い歌だと思っています。
兄はよく「(2番目の)奥さんにはなんにもしなくていいから、とにかく俺が帰ってきたときに笑顔でおかえりって言ってくれ。それだけでいい。」と、言ってると恥ずかしげもなく言っていました。
アホなのだろうか。
お人形じゃないのだよ。
と、思った。
案の定、至れり尽くせりしてあげた奥さんに裏切られて離婚することになりました。
兄は彼女が不幸になることを願った。
彼女が不幸になってもあなたが幸せになるわけではないよ。
と、LINEを送ったら、とんでもなくトンチンカンな返事がきてアホなのかな?と思った。
人の不幸が自分の幸せを連れてくると本当に思っているようだ。
ついでに、自分の幸せは誰かがくれるものだとも思っているようだ。
そんな兄は、離婚間近の微妙な時期に行きつけの居酒屋の常連女性と少し親密になったようで、それをチラホラ見かけた他の常連からマスターに話が及び、行きつけのチェーン店を出禁になった。
あなたの人生ドラマチックですね。
と、LINEを送った。
ひとりがさみしくて、友だちを作っているのに、肝心要のときに周りに誰もいなくなってしまうってなんなのかしら。
兄はアホだ。
優しさだと思っているがだいたい自分のためだし。
最終的に厳しいことは聞きたくないという。
優しい言葉だけを欲してる。
兄はアホだ。
けれども、友だちだったんじゃないのか?
週に何度も店で顔を合わせ、一緒にお酒を呑んでバカバカしい話をしたんじゃないのか?
楽しい時しか一緒にいられないのか?
本当にさみしい時の、少しの過ちも許されないのか?
居酒屋にも風紀があるのですね。
とても、正しい。
清く、正しく、健全だ。
兄の作った友だちってなんだったんだろう。
たぶん。
兄も悪い。
***
おはぎさんとけいこさんの哲学対話書簡に参加させて頂いています。
こちら、お二人の「友だちは、たくさんいたほうがいいのか」の記事です。
哲学対話書簡は楽しい。
けれど、いつも書きすぎてしまってるんじゃないのか。誰かを傷つける内容じゃないのか。と、心配にもなる。
「ほんとうのこと」に近づきたいと思うと誰かの痛い部分に触れてしまうような気もする。
今回の内容は大丈夫だったろうか。
できれば出禁にはなりたくない。
***
