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多言語観察|「さようなら」を役割分担?ートルコ語編 / Multilingual Observation|Goodbye, Divided by Role – Turkish Edition
日本語の「さようなら」も、英語の “Goodbye” も、中国語の ’’再见” も、言う側が誰であれ、変わらない。だから、人と別れる時には、言語が何であれ、同じ言葉をかけ合うものだと思っていた。
でも、トルコ語では違った。
トルコ語では、立ち去る人が相手にかける「さようなら」と、その場に残る人が相手にかける「さようなら」が違う。
自分がその場を離れるときは、Hoşça kal(元気でね)。これは、自分はいなくなっちゃうけど、相手の無事を祈ってるよ、という言葉。
逆に、相手が立ち去る時に見送る人が書ける言葉は、Güle güle(この先、あなたの行くところへも、笑顔で行ってね)。
お互いに、相手のこの先を思いやる言葉をかけ合う。
(ちなみに、私はこの使い分けを初めて知った時、ちょっと戸惑った。いざ使うぞってなったら、「(私、今回、見送る側だよな。てことは、)Güle güle!」みたいにモタついている自分しかイメージできない…笑)
この仕組み、とても温かいなと思った。だって、トルコ語では「さようなら」が、ただの別れの言葉ではなく、相手を気づかう言葉ってことだから。
同じ「別れの場面」でも、誰が何を思っているのかが、言葉の形にまで表れてくる。
言葉って、本当に、おもしろい。
トルコ語と同じように、「さようならを役割分担」している言語が他にもある。次回は、その言葉を少しのぞいてみたい。
※ 次回↓
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