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多言語観察|「さようなら」を役割分担?ーインドネシア語編 / Multilingual Observation|Goodbye, Divided by Role – Indonesian Edition

先日、トルコ語は、立ち去る人が相手にかける「さようなら」と、その場に残る人が相手にかける「さようなら」が違い、お互いに相手のこの先を思いやる言葉をかけ合うことをご紹介した。

今日はインドネシア語の場合をご紹介。

インドネシア語にも同じように、去る人と残る人で、相手にかける言葉が変わる仕組みがある。トルコ語とはちょっと違うニュアンスがあって、これまた面白い。

その場を去る人が使うのは、Sampai jumpa(また会いましょう)ーまた会うことを約束する言葉だ。
だけど、その場に相手が残るとわかっている時は、その場を去る人が相手にかけるのは、Selamat tinggal(良い滞在を)。

逆に、去っていく人にかける言葉は、Selamat jalan(良い旅を)ーこれは、相手がどこかへ行くことが前提になっている。

つまり、インドネシア語の場合、相手が自分と別れた後どうするか?を踏まえた「さようなら」の声かけをする、ということだ。

トルコ語もインドネシア語も、「さようなら」の声かけに役割分担があるのだけれど、それは「ややこしい儀式をしている」んじゃない。
相手への気遣いや、相手が今後どうするかを知ってたり、予想がつけられるほど相手との距離が近いからこその「さようなら」をかけ合っている。

言葉ごとに、人との関わり方が違う。
そして、物事の捉え方も違う。
いくつもの言葉を学ぶ中で、自分のアタリマエは、他の言葉を通じて見た時に、必ずしもアタリマエじゃないんだって気付かされてきた。そんな日々の記録を、これからもnoteでシェアしていきたい。


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