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知識が増えるほど、身体は止まる



──知識が、心と足を止める瞬間


知的好奇心の探究

知ることは、
本来、自由を広げるためのものだった。

知らないことを知ることは、
冒険のようにワクワクする。

けれど、それもある地点を越えると、
知識が人を前に進ませなくなる、
枷やアンカーにもなる。

「もっともっと、良いやり方があるかもしれない」
「まだもう少し、準備が足りない気がする」
「この選択は本当に正しいのだろうか?」

そうやって知れば知るほど、
選択肢は無限に増えていく。

同時に、
その数だけ“失敗の想像”も増えていく。

知識がトリガーになり、
思考が巡りはじめる。

そして結果として、
人は動けなくなる。


脳は構造上、
危険を先に察知しようとする器官だ。

考えれば考えるほど、
まだ起きていない“不安な未来”を探しにいく。


これは怠けでも、勇気不足でもない。

情報が多すぎることによる、自然な反応だ。

本当に動いている人は、
必ずしも“全部を知ってから”動いている人ではない。

「知らないまま、引き受けた人」だ。
「とりあえずやりながら考える人」でもある。

不完全さを残したまま、
それでも一歩を踏み出し進んだ人だ。

最後に背中を押すのは、
知識ではなく、感覚のほうだったりする。

身体が「行こう」と決めた瞬間から、
現実はすでに動き出す。


だからといって、
知ることをやめる必要はない。

知的好奇心もワクワクもずっと大切にしたい。

ただ、必要でもない情報を貪ることで、
止まってはいないか。
それを一度、静かに確かめてみる。


静かに内側に向き合い、
自分が「止まっている理由」を見てみる。


もう十分、知っている。

あとは、
身体が決めた一歩を
静かに引き受けるだけだ。


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