36歳、ナメられたままで終われるかよ。
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6/18 に36歳になった。
「積読チャンネル」をはじめてから、このタイミングで所信表明を行うのが定例になっている。
この2年半は「YouTuber になること」を決意して動画を作り、その次に「家族のためにも本を売って儲けること」を決意して、本を売りまくってきた。
なんだかんだ覚悟を決めた通りに物事は進んでいて「目標を持つのって大事だな〜」と凡庸すぎる実感を得ている。では、次はどうするのか。
ここからの1年は「ナメられないヤツになる」ことに本気を出していきたい。
ナメられまくっている
あなたの仕事のモチベーションはなんだろうか。
楽しく働くこと?
お金をたくさん稼ぐこと?
なるべく働かずに趣味の時間を持つこと?
僕はそのどれでもない。ナメられたことへの怒りが原動力だ。
僕が所属しているバリューブックスは、ナメられることが多い。
積読チャンネルを運営するようになって多くの新刊を扱い始めたが、もともとは古本屋だ。なので新刊を発注しようとしたら「古本屋には卸せない」と言われたことがある。
「古本を売るような店に本は卸せない」
業界外の方はピンと来ないだろうが、「古本」と「新刊」は別業界と言ってもいいぐらい別物なのだ。両方を扱っている本屋はほとんど存在しない。
仕入れたい本があったので、会社のスタッフが出版社に連絡してくれた。すると、上記の「古本屋には卸せない」という旨を伝えられたそうだ。会社名を伝えたところ、相手はサイトを検索して「古本屋じゃないか」と判断したらしい。
電話口で何度も「違うんです、しっかり新刊も扱ってる本屋なんです」と説明したものの、けんもほろろに断られてしまった。スタッフは「すみません、どうすればいいでしょうか。信じてもらえないのが悔しくて」と涙目で言ってきた。
「何様だこの野郎」という気持ちはありつつ、古本と新刊を両方扱う会社が珍しい自覚もある。誤解があるだけだろう、と改めて自分が電話をしたのだが、「話を聞く気がない」と思わざるを得ない対応だった。
分からないでもない。新刊は返品可能な委託販売なので、出版黎明期は
出版社から新刊を仕入れて
古本を"新刊と偽って"出版社に返品し
新刊を割安で手に入れる
という詐欺があったりもした。何十年前の話だ??て感じだが。
戦後になっても「新本と古書兼業者」「新本と貸本兼業者」は新刊書店の組合には原則加入できなかった。古書店が新刊雑誌を発売日前に値引き販売したことで書店組合がクレームを付けてやめさせる事件(「全国書店新聞」日本書籍商業組合連合会、1972年1月15日)や、1977年には書店が古新聞や古雑誌をあつかう古紙業者から雑誌を買って取次に返品して換金する「杉田商店事件」があった(『日本雑誌協会二十年史』1981年)。
これは印象論にはなってしまうが、この件ではそうした実務的な不安よりも「古本を扱ってるような本屋に卸したくない」という選民思想じみたものを感じた。
で、最終的にどうなったかと言うと「一筆を書け」と言われた。
・買切りで仕入れること
・仕入れた本は必ず定価で販売すること
などなど。
「仕入れた本は必ず定価で販売すること」ってなんだよ。勝手に値引きして売ると思ってんのか?
屈辱じみた一筆を書いて提出した。しかし返事はない。催促しても返事はない。
取次に「どうにかなりませんかね」と連絡し、取次から出版社へ連絡してもらったら「ちょうど本を送ろうとしていたところでした」とのことだった。
まぁ、ナメられてるってことだ。
「カッコつけたいだけですよね。迷惑です」
僕は積読チャンネルだけじゃなく、著者とコラボして販売する、ということも行なってきた。
一番分かりやすい事例が『言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』だろう。

現在はバリューブックスから出版している本書だが、もともとは別の出版社から出たものだ。刊行時にはバリューブックスで予約を受け付け、書店の利益(定価の約2割)を著者に全部還元する企画を実行した。
書店としては全く儲からないように見えるが、別に社会貢献をしたくてやってるわけじゃない。バリューブックスの会員登録が増えれば後々の購買に繋がると見込んだ、長期的な目線の施策だ。
ゆる言語学ラジオ以外の著者や出版社とも、同様のコラボをしてきた。
中には計画途中で頓挫したものもあった。著者と話が進んでいたが、おそらく出版社の意向でなくなった。それ自体は別にいい。
ただ、その出版社の人間が SNS に投稿していた文章が目に入った。要約すると「カッコつけたいからってややこしいことしないでくれ。本の予約数は Amazon を伸ばすべきなんだから」という旨が書かれていた。
自分たちが挑戦していることに賛同してくれ、とは言わない。それぞれにそれぞれの思いや戦略があるのは当然だ。
それでも「こうすれば本屋として新しいビジネスモデルを作れるんじゃないか」と本気でやってることを「いいことしてるとカッコつけたいんだろ」と一蹴されるのは受け入れられない。受け入れるわけにはいけない。僕は一生忘れない。
ナメるなよ、この野郎。
いつも心に愚地克巳
細かいエピソードを挙げ出したらキリがない。
インフルエンサーの人とビジネスの商談をしていたが折り合いが付かず「分かりましたよ、じゃあ飯田さんのやってる積読…チャンネル?てやつに出演してあげますよ」と言われたこともある(そんなことは望んでいない)。そうだよな、知らないよな。弱小の企業 Youtube に見えてるよな。インフルエンサー様が出演してくれたら尻尾振って喜ぶと思って当然だよな。
「絶対売れるからたくさん仕入れさせてほしい。買い切りでもいいから」と出版社にお願いしても「まぁ売れたら追加納品でいいんじゃないですか?」と返されることもよくある。買い切りでもいいんだって。信じてくれよ。こっちがリスク取るって言ってんだよ。
チヤホヤされたいわけじゃない。むしろ YouTuber という職業は実態以上にチヤホヤされてしまう危うい存在だ。対等に話したいだけなのだ。受け入れられなくてもいいから、まずは俺の言葉を聞いてくれ。
心の半分では分かっている。ナメられている、というよりも評価にすら値しない木端だと思われているだけだ。アウトオブ眼中。長野の中小企業? 知らん知らん、て。
要は自分の実力が足りていないのが原因だ。自分が弱く、相手にされなかったことに怒りを覚えるのは幼稚なことだ。
それは分かっている。その上で僕は、「ナメるなよ」と思う。
漫画家・板垣恵介先生による格闘漫画、『刃牙』シリーズがある。僕が好きなのは愚地克巳、という空手家だ。超人どもがひしめく『刃牙』の世界においては、彼は凡人寄りだと言って差し支えないだろう。

出典:電子書籍『範馬刃牙』13巻 149p
そしてある時、作品内で事件が起きる。
未読の方は戸惑わずに受け止めてほしいのだが、1億9000万年前に恐竜と闘っている最中に塩漬けになった人間(名はピクル)が現代で目を覚まし、東京ドームの地下に密かに設置された闘技場で中国拳法の使い手と対戦し、最終的に拳法家の片足を喰ってしまうのだ。

出典:電子書籍『範馬刃牙』13巻 26-27p
まるで夢の話のような荒唐無稽さで申し訳ない。
刃牙ってこういうことなんで。宮本武蔵が復活したりもするんで。
対戦相手の足を喰う。敗けたのではなく、餌にされた。
その一報を聞かされた克己は「嘗めやがって…………ッ」とキレる。三点リーダーを4つ使うぐらいキレる。
これに対して父親の独歩は「そうではない」と待ったをかける。
人が肉や魚を喰う時に嘗めているか?
そういう次元で見てないだろ、それと同じだ、と。
全くもって正論だ。
ピクル(復活した人間)は戦い、勝ち、喰うという流れが日常であり、なんか知らないけど急に復活させられちゃって、いつもと同じように相手の肉体を食べただけだ。
「対戦相手を嘗めてると言われても…馬鹿にするつもりとかじゃないんですけど……」という心境だろう。

独歩はそう息子を諭すのだが、それに対する克己の返答が痛快だ。
ワカッてねェのはアンタだよ

もう一度言う
そーゆーのをナメてるって言うんだよ
克己の言葉には僕は射抜かれた。そうだ、そうだよ。そーゆーのをナメてるって言うんだ。
僕が使う「ナメやがって」という言葉には2つの怒りが同居している。
ひとつは「無碍にされること」への怒り。
なぜ認められないからといって、不信感を滲ませながら会話をされたり、陰口を言われたりしなければならない。他者への敬意はないのか。相手には相手の考えがあるという最低限の尊重はないのか。
もうひとつは「己の実力不足」への怒り。
相手に無碍にされるのは、自分が弱いからだ。自分が強ければそんな扱いはされなかったはずだ。本当はてめーに無視されるような存在じゃねぇぞ。そんな負け犬の遠吠えすら相手には届かない。自分の弱さが憎らしい。
恋愛漫画みたいな構造
積読チャンネルの相方である堀元さんはこの話にあまり共感しておらず、僕がこの手の怒りを露わにすると「怒りたくなるの分からないなぁ。馬鹿なやつだな、て思っておけばよくないですか?」と正論を言ってくる。愚地独歩である。
それはその通りなのだが、ある意味で僕はこうしたナメられをありがたく思っている。
なぜなら、それが最大のモチベーションになるからだ。「見てろよこの野郎、いつかボコボコにしてやるからな」と。
ここで言う"ボコボコにしてやる"とは、もっと実力をつけて本を売れる存在になってやるからな、という意味なので出版社にとっても嬉しい話のはず。憎い相手の売上に寄与するのも複雑な気持ちだ。
「もっと可愛くなってフッたことを後悔させてやるんだからね━━ッ!!」
というのと構造的には同じだ。悔しい。ただ、復讐するのが目的ではない。もっと強くなるためのきっかけをくれたようなものなのだ。感謝の気持ちめいたものさえ感じている。
なので健全な気持ちで「いつかボコボコにしてやる…」と呟きながらいつも動画の台本を書いている。
研ぎ澄ませるんだ、己を。
ナメてきたヤツらをボコボコにする(もっとたくさん本を売れる存在になる)にはどうすればいいのか。
答えはシンプル。もっと己を研ぎ澄ませるのだ。
YouTube 運営も板についてきた。着実に本も売れるようになってきた。販売実績を久しぶりにチェックすると、紹介した本の累計売上が2億円を超えていた。嬉しい。同時購入されている本のことも考えれば数倍の売上になるはずだ。

地獄の週2更新にも体は慣れてきた。本を紹介するコツを掴んだり言語化もできてきて、常にそこそこの出力を出せるようになっている。半ばルーティンのように動画収録をこなせるようになってきた。
でも、それじゃあダメなのだ。
人はみな、現状に慣れると己が挑戦者であることを忘れる。試行錯誤しながら正解を求めていたあの頃の熱が冷めていく。もっと挑戦し、もっと失敗し、もっと学習せねばならない。
僕は習得しなければいけない。マッハ突きを。

マッハ突きは凡人の愚地克巳が磨き上げた技だ。己の関節を全て完璧に駆動させ、唯一無二の突きを放つ。
速く相手を突く。それだけに集中して研ぎ澄ませた彼の拳は、こちらをナメていたピクルに深く突き刺さるのだ。

飯田光平、36歳のテーマは"集中"だ。
もっと本気で YouTube と本を売ることに向き合わないといけない。
やることは変わらないが、姿勢と環境を変える必要がある。
実際、働く環境を変更した。
独立友軍に戻った
もともと、積読チャンネルは自分がひとりで始めたプロジェクトだ。当初から倉庫スタッフなどの協力を得ていただけれど、プロジェクトメンバーは自分ひとりだったと言って差し支えないだろう。
しかし、ありがたいことにチャンネルは伸び、広告案件や出版社とのコラボも増えていった。気がつけば5人程度のチーム体制になっていた。
・書籍の発注
・販売ページの更新
・メルマガの配信
・クーポンを使った施策の実行
などなど、やるべきこと、やりたいことはいくらでもある。
自分がその監督を担っていたが、その一切をやめた。
詳細は過去記事にも書いている通りだ。
チームを抜け、チャンネル立ち上げ当初のようにひとりに戻った。もっといい動画をつくる。ただそれだけに集中する環境になったのだ。
妻が仕事をやめた
夫婦で話し合い、僕が仕事に集中してもっと結果を出すことが家計的にもプラスになるはずだ、という結論に至った。
これまでは東京出張は土日が基本だった。平日だと子どもを妻がワンオペで見なければならないが、土日であれば妻の実家に帰省できるからだ。
しかし妻が仕事をやめることで、平日でも気兼ねなく出張できる体制になった。動画収録や作家・編集者との打ち合わせもいつだってできる。
もちろん僕の仕事のモチベーションには、「ナメられへの怒り」だけでなく「健やかに家族を営む」も含まれている。ただ、妻のおかげで自由度が増えたことで「仕事」と「家庭」の調整コストがだいぶ減った。それによって仕事は仕事で集中し、家庭は家庭で集中する、というよい切り分けになっている。
実は note のメンバーシップを始めたのも、我が家の収入源が僕だけになるという変化があったからだ。妻は妻で仕事でしんどい思いをしている部分があったので「俺がもっと YouTube で稼いでやらぁ!note のメンバーシップも始めるから何とかなるはずだ!」と啖呵を切ったのが始まりだった。見切り発車もいいところである。
しかし、嬉しい誤算で購読者が増え、おかげさまで十分な収入になっている。改めて御礼を言いたい。本当にありがとうございます。

事務所を借りることにした
いつも家で仕事しているのだが、近所に事務所を借りることにした。
家でやれないことはない。しかし、ありがたいことに毎日のように献本が届き、家の本棚はもうパンパンである。それに、子どもが帰ってきてからも家で仕事をしているのが心苦しい。夕食までは妻が一緒に遊んであげる取り決めなのだが、子どもはそんなこと知ったこっちゃないので「とと、遊ぼう〜!」て僕の元に来る。「ごめんね、まだ仕事してて」と言うのが嫌だった。
そりゃあ近くに父親がいたら一緒に遊びたいだろう。断るぐらいならそこにいない方がいい。いなけりゃいないで気にしないんだから。悪いのは子どもではなく自分だ。
日中も、なんだかんだひとりでいる方が深く集中できる。なので、最適解は家の近くに働く場所を借りることだ。とはいえポケットマネーで借りるのは、先行投資とはいえあまりに額がデカい。
だから、正直に会社に提案した。家の近くに自分用の事務所を借りていい?と。ワガママな提案なのは重々承知しているが、その方が集中して仕事ができるし、必ず結果も出すと。提案資料まで作った。
回答は「いいんじゃない!」だった。
さすがバリューブックスである。
「ふだんのビジネスで言えば、売上が上がってきたら追加で倉庫を借りる、て普通のことじゃん? 飯田くんの出す売上が上がってきてるんだから追加で部屋を借りる、てのも同じ話みたいなもんでしょ」とのこと。
ありがたいことだ。
「資料まで作らなくてもいいのに」と言われたが、これは自由に働いている人間のマナーみたいなものだ。何をしたってバレない、いくらでもズルできる環境に身を置く人間ほど、積極的に自らの正当性や潔白を主張するのが筋だと考えている。

ちなみに僕が住んでいる山奥では、リゾートマンションが格安で借りれる。上記の物件は有力候補だったが諦めたものだ。なぜか、数秒だけ考えてみてほしい。
答えは「インターネットが通ってない」だ。ワオ!
さすがにこれでは仕事にならないので、目下よい物件を探し中だ。
田舎でのデジタルデトックスライフをご所望の方にはおすすめの物件である。大浴場もあるよ✨
腕(家族)だけは壊さないように
愚地克巳は己の武器であるマッハ突きを極限まで研ぎ澄ませていった。
そして、半ばその必然として彼の腕は壊れてしまう。

グロいので割愛するが、彼の腕から肉は吹き飛び骨だけとなる(どんな突きだよ)。
僕も己の武器である「YouTube」を全力で研ぎ澄ませるつもりだが、腕(家庭)を壊すわけにはいかない。ナメられを看過するわけにはいかないが、ナメてきたやつのために人生を棒に振るつもりもない。
家庭とやるべき仕事に集中する。
二兎を追う者は一兎をも得ず? そうではない。
それ以外のモノは全て捨て去ったからだ。
周りの協力もあって捨て去ることができたからだ。

ということで、誕生日に合わせた年に一度のおねだりタイミングッ!
Amazon にて「飯田家を家庭円満にするリスト」を公開している。いただいたものは全て家庭のために使わせていただきます。
また、一番嬉しいのはこのメンバーシップに加入してもらうことだ。週1で更新されるので楽しみにしてほしい。
今回は全て無料記事になってしまったが、おまけとして有料部分には「原稿執筆動画(1時間)」の動画リンクを貼っておく。あなたが"集中"する際のお供にしてくれたら幸いだ。今年中には本を出す、出すんだ、きっと━━ッ!!

一緒に仕事、頑張りましょう。
ナメられの思い出をこんなにも後生大事に抱えるなんて、人間ができていないのは承知している。
それでも、この怒りが原動力となって僕に活力を与えてくれる。より多くの本を届けることができる。家庭を守ることができる。ボコボコにしてやる(めちゃくちゃ本を売ってやる)からな、覚えてろよこの野郎。
36歳、ナメられたままで終われるかよ。
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