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【雨季の宿】第八章🥵目が覚めたのは、光を感じたからではなかった。

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【雨季の宿】第八章🥵目が覚めたのは、光を感じたからではなかった。

寒さだった。  奥歯がカチカチと鳴る。

止めようと顎に力を込めても、痙攣は止まらない。

上下の歯が細かく打ち合い、その絶望的な振動が頭蓋の裏側にまで直接響いてくる。

身体を丸め、薄く臭う布を必死に引き寄せる。 だが何の意味もない。

皮膚の外側ではなく、肉の内側、骨の髄そのものから冷気が染み出しているのだ。

同時に、額が異常に熱かった。  震える手を当てる。

じっとりと濡れている。

それが冷や汗なのか、熱によるものなのか、自分でも分からない。

芯から凍えているのに、身体の表面は火を吹くように燃えている。

この致命的な矛盾が、まず異様だった。

起き上がろうとする。  できない。  

背中が、重力に押し潰されたように竹の床に張りついている。

無理に腕に力を込めると、関節という関節が錆びた蝶番のように軋んだ。

肩、肘、膝、すべてがばらばらに痛む。 筋肉の疲労ではない。

もっと深い場所だ。

骨の空洞の内側に、鉛のような重い熱と鈍い痛みがどろどろと溜まっている。

そのとき、頭の隅に、いくつかの不吉な言葉が流れ込んできた。

マラリア。  デング熱。  チクングニア。  腸チフス。

今は乾季の終わりだと思っていた。  

蚊は少ないはずだと、バンコクのどこかで聞いたような気がした。  

油断していたのか。  いや、完全に油断していた。

生半可な知識が、漠然とした恐怖を「正確な死の形」へと変換していく。

発熱の波、関節の破壊的な痛み、急速な衰弱、そして出血。

ひとつひとつの症状が曖昧な不調ではなく、明確な殺意を持って具体的に迫ってくる。

病名を知らなければただの酷い体調不良で済んだかもしれないものが、名前を持つことで、いよいよ逃げ場を失っていく。

呼吸が浅い。  吸っているつもりでも、空気が肺の奥まで届かない。

息をするたびに、胸の内側が硬い紐で締めつけられる。

視界が水底のように揺れる。

見上げる竹の編み目が、ゆっくりと生き物のように波打っていた。

そのとき、外の足音が止まった。  竹の仕切りが押し開けられる。

若者が入ってくる。  床に転がるわたしの顔を見る。  

無表情な彼の眉が、ほんのわずかに寄った。  それだけで十分だった。

事態が最悪であるという証明だ。

続いて、ブラザーが来る。  

彼は何も言わず、わたしの額に分厚い手を当てる。

そして、火に触れたようにすぐに離した。

若者に向かって、短く何かを言う。

判断はすでに出ている。  ここに留まるべきではない、と。

一瞬だけ、脳裏に反論が浮かぶ。  休むべきだ。

この破壊された状態でジャングルを歩くのは自殺行為だ。  

だが、そのまともな思考は数秒で消え去る。  

ここは難民キャンプだ。薬はない。医療などあるはずもない。

そして何より、昨夜の武装した男たちがすぐそこにいる。  

ここで倒れ込むことは、回復を待つことではない。

ただ、無価値な荷物として泥の上に放置され、処理されるのを待つことと同義である。

若者が外へ出る。  しばらくして、無言で戻ってくる。

手には、濁った液体の入った欠けた器がある。

得体の知れない草を泥ごとすり潰したような強烈な匂いがする。

揮発性の苦味が、鼻の奥を真っ直ぐに刺す。

無造作に差し出される。  説明は一切ない。  飲むしかない。

一口すする。  劇薬のように苦い。

舌に乗った瞬間、身体が拒絶反応を起こし、反射的に吐き出したくなる。

だが、無理やり喉の奥へ流し込む。

食道を焼くように苦味が降りていき、胃の底に重く滞留する。

数分が経つ。  熱も痛みも、何も変わらない。  

だが、ほんのわずかに、筋肉を縛り上げていた震えの波が緩んだ気がした。

完全に肉体が崩壊する一歩手前で、かろうじて一本の糸が踏みとどまったような感覚。

気休めかもしれないが、いまはそれにすがるしかなかった。

「ゴー」

ブラザーが低く言う。  それで十分だった。

立ち上がる。  足が、自分の肉体から切り離された義足のように思える。

地面を踏みしめているという感覚がひどく薄い。

外へ出る。  朝の光が、網膜に針のように刺さる。  

キャンプの空気がひどく重い。 匂いが暴力的に強い。

人々の出す音が、水の中を通したように遠い。

すべてが一枚の濁ったガラスを隔てて見える。

泥を跳ねて走る子ども。 重い水を運ぶ女。

そして、こちらを無表情に見つめる男たち。  

すべてが、現実のようで現実ではなかった。

歩き出す。  若者が先。ブラザーが続く。わたしは最後。

一歩。  泥のように重い。  二歩。  膝が笑い、崩れかける。  三歩。

視界が大きく揺れる。

止まりたい。  だが、止まれない。

ふたたび、森へ入る。

地面の質が変わる。 粘つく泥。 堆積した落ち葉。 滑る根。

昨日なら、それらを確実に視界に収めていた。  

だが、いまはまともに見られない。

トラップ。  頭の片隅にその単語が浮かぶ。

だが、脳がその情報を処理して足へ命令を下す速度が、決定的に遅い。

蛇。  同じだ。注意しなければならない。だが、身体がまったく応じない。

それでも進む。  ただ、前へ。

何かに躓いた。  段差でも、石でもない。

ただ、自分の足が地面を掴み損ねただけだ。  バランスが崩れる。

肩から落ちる。肘が硬い根に当たる。顔が腐葉土の中に無惨に沈む。

肺から息が抜ける。  吸えない。  そのまま、身動き一つ取れなくなる。

腕に力を入れて身体を起こそうとする。  力が入らない。  

膝を突き、四つん這いにしゃがみ込むような不様な形で止まる。  

呼吸が荒い。喉の奥が血の味で焼ける。

動かなければならない。  だが、肉体が言うことを聞かない。

そのときだった。

頭上で、空気が爆ぜた。  耳をつんざく乾いた破裂音。

同時に、わたしのすぐ斜め上にある木の幹が、物理的に弾け飛んだ。

白い木屑と鋭い破片が、顔のすぐ横に散る。

理解が遅れる。  

一秒か、二秒遅れて、腹の底を揺らすような重い銃声の残響が届く。  

空気を暴力的に引き裂く音。

上を見る。  

数メートル先の太い幹に、黒く抉られた穴がぽっかりと開いている。  

正確だった。  確実に当てられる距離だ。  

だが、あえて人間の肉体には当てていない。  外してもいない。

熱で燃えていたはずの背筋が、一瞬で氷のように冷える。  見られている。

昨日の夜、男の目を見たときの理解が、さらに絶望的な形となって戻ってくる。

ここまでのすべて。  這いつくばっている、いまこの瞬間も。  

間違いなく、スコープの円い視界の中心に収められている。

「ムーブ(動け)」

どこからか、声がした。  

方向が分からない。森の反響のせいなのか、それとも複数の人間がいるのか。

昨夜の男の声のような気もする。  だが、その冷徹な意味だけは明確だ。

動け。  止まるな。  この領域から消えろ。

わたしは泥に手をつく。  腕が小刻みに震える。

それでも、残された全神経を総動員して身体を持ち上げる。  立つ。  

再び崩れそうになる。  ブラザーが、わたしの肩を強引に掴む。

「ゴー」

短い。  前を行く若者は、一度も振り返らない。  止まらない。  

彼らは銃声の意味を知っているのだ。  あれは明確な警告だ。  

止まるな。ここに留まるな。二度と引き返すな。

一歩。  もう一歩。  身体はとうに限界を越えている。

だが、熱病とは別の、もっと圧倒的な力が背中を押す。

見られている。  確実に撃ち殺せる距離に、殺意が存在している。  

その絶対的な事実が、死にかけた肉体を無理やり動かしていく。

森の景色は変わらない。  無関心な虫の声。風に揺れる葉の音。  

だが、その風景の奥に、確実にもう一つの層が張り付いている。  

見えない視線。音を殺して追随する存在。いつでも引き金を引く意思。

わたしは前だけを追う。

若者の背中。  ブラザーの肩。  それだけを見る。

目当ての虫も、罠を隠す木々も、もはや存在しない。

ただ、離れる。  ここから、離れる。  

それだけを、恐怖に支配された身体の奥底が理解していた。

日が、落ち始める。  気づいたときには、すでに光は致命的に弱くなっていた。

木々の梢で細かく分断されていた空の白さが、ゆっくりと濁り始める。

影が長くなるのではない。

この深い森では、光そのものが質量を失い、消滅していくのだ。輪郭が曖昧になり、色彩が抜け落ち、距離の感覚が一段遠くへずれていく。

わたしは歩いている。  どれだけの時間が経ったのか分からない。

右足を出す。  左足を出す。  

ただその無機質な反復だけを繰り返している。

身体の異常は変わらない。

熱はある。 寒さもある。

関節は鉛のように重く、視界はときおり水面のように大きく揺れる。

だが、止まらない。  止まれない。

若者が無言で進む。  ブラザーがそれに続く。

その二つの背中だけが、わたしにとっての世界を繋ぎ止める唯一の指標になる。

日が完全に沈む。

森は、昼とはまったく別の異界へと姿を変える。

音が変わる。  虫の声が暴力的に増える。

低い音、高い音、連続する音、不規則な音。

それらが分厚い層になり、空間そのものを隙間なく満たす。

視界が極端に狭くなる。

どこまでが踏める地面で、どこからが奈落の影なのか分からない。  

足元の凹凸が、突然現れる。  一歩ごとに、踏み外しそうになる。

それでも、止まらない。

麻痺した頭のどこかで、かすかな思考が浮かぶ。  

来るときに泊まった、あの最初の村。  そこへ戻ることはできないのか。

だが、その甘い考えはすぐに打ち消される。  無理だ。  

あの村も、すでに見張られている可能性がある。  

そして、「戻る」という行為そのものが、武装した者たちに新たな追跡の線を引かせることになる。  

引き返すという選択は、ここでは死を意味する。  前へ進むしかない。

どこへ通じているかもわからないこの狂った前進だけが、唯一の生存経路であるかのように、はっきりと理解できた。

若者は歩調を変えない。

暗闇に飲まれても、その足取りに迷いがない。

足の置き方が精密機械のように正確だ。

どこに根があり、どこが滑るか、すべてを理屈ではなく身体で知っている。

ブラザーも同じだ。  彼らにとって夜の森は、昼の延長にすぎない。

だが、わたしにとっては違う。

夜が深くなるほど、世界が崩壊していく。

距離が測れない。 高さが分からない。

次の一歩を踏み出す場所が安全かどうかの確信が、何ひとつない。  

それでも足を出す。  出さなければ、終わる。

どこかの闇の中で、太い枝が折れる音がする。  

自分の足音か、他の何かのものか、あるいは追跡者のものか、判断できない。  

背後を見る余裕はない。  見る必要もない。  

見たところで、何も変わらない。  

見えないものは、最初から最後まで見えないのだ。

ただ、前へ。  ただ、離れる。  ただ、歩く。

息が荒い。  喉が張り裂けそうに乾く。  

だが、水筒の水を飲む余裕すらない。  

立ち止まってしまえば、二度と立ち上がれず、そのまま崩れ落ちると分かっている。

身体はとうに限界を越えているのに、なおも動き続けている。  

その異常な状態が、狂気の中で逆に安定してくる。  

完全に壊れたまま、ギリギリの均衡を保って進み続けている。  

そんな奇妙な感覚だった。


夜は、完全に降り切った。  森は絶対的な黒に染まる。

だが、完全な闇ではない。  

上空の葉の隙間に、わずかに空の明るさが残っている。

その微かな明暗の差だけで、辛うじて輪郭を拾う。

若者の背中。  ブラザーの肩。  それだけを追う。  

それ以外は、見ない。  見ても意味がない。

わたしは、泥と闇の中を歩き続ける。  

どこへ向かっているのか、もう分からない。

ただひとつ分かるのは、 ここで止まることは、何者にも許されていないということだけだった。

見えない銃口に背中を押されるようにして、森の奥へ、さらに入っていく。

夜の中を、途切れることなく進み続ける。  

逃げるでもなく、追われるでもなく…

ただ、そこに留まることだけを拒否され続けるようにして。

第九章へ続く

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