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ハマスが捕らえた『第二の人質』について:カイロのカフェにて(6千文字)

▼古田割さんシリーズ


ハマスが捕らえた『第二の人質』について:カイロのカフェにて

v3.4

1. 舞台:カイロのカフェ「千夜一夜(アルフ・ライラ・ワ・ライラ)」

カイロ旧市街の喧騒から逃れた、静かな中庭。噴水の微かな水音と、カルダモンの香りが漂う。水煙草(シーシャ)の甘い煙がゆらめく中、二人の日本人、有卦瓜(うけうり)と古田割(こだわり)が、ミントティーのグラスを傾けていた。

「しかし、うんざりしますね」
有卦瓜が重い口を開いた。
「テレビをつければ、イスラエルとハマスのニュースばかり。どちらの言い分も分かるようで、どちらも分からない。SNSを開けば、みんなが専門家みたいにどちらかを断罪している。もう、何が何だか」

古田割は、ゆっくりと煙を吐き出してから、静かに言った。
「それは、ほとんどの人が物語の第一階層しか見ていないからだよ、有卦瓜君」

「第一、階層、ですか?」

「そう。メディアが報じる『イスラエル vs パレスチナ』という、双方の正義と痛みが衝突し続けるだけの、袋小路の物語さ。それが、たとえアメリカvsロシアの代理戦争であろうとなかろうと、ロシアとイランの共謀であろうとなかろうと、それらがエゼキエル書(38章〜39章)に記されたゴグとマゴグの預言の成就であろうとなかろうと、ね。すべては第一階層のノイズだ」

古田割は、テーブルの上のデーツを一つまみした。

「この袋小路から抜け出すには、まず直視すべき第二階層の、操作的(オペレーショナル)な構造がある。僕が今日話したいのは、その構造、『(イスラエル+パレスチナ市民) vs ハマス』という構図についてだ。なぜなら、ハマスは二種類の人質を取っているように見える」

「二種類の人質、ですか?」

「ああ。第一の人質は、10月7日に誘拐されたイスラエルの人々だ。もちろん、君も今の状況は知っているだろうがね(2025年11月15日現在の話として聞いてくれたまえ)。先月10月の停戦合意で、まず生存していた人質20人全員が解放された。それ以降は死亡した人質の遺体の返還が進められているが、今月13日の時点で報道では3体の遺体がまだガザ地区に残っているとされている。しかも、返還された遺体の一部がイスラエル側の主張する人質とは別人だったケースもあって、身元確認も難航している。つまり、この第一の人質の問題は、まだ終わってはいない。深刻な人道的課題が続いているんだ。しかし、僕が今日、本当に話したいのは、もう一つの、より巨大な人質と見ることもできる存在、第二の人質だ。それは、ガザ地区に住む200万人のパレスチナ市民だよ。この『第二の人質』こそが、戦術的な鍵なんだ。だが、物語はそこで終わらない。本当に探求すべきは、なぜこんな悲劇的な構造が生まれたのかという**第三階層の、本当の『真実』だ。それは、この地域全体を、いや、人類の歴史そのものを蝕む『精神的エントロピー』**の増大さ。僕が前に話した、**ハンナ・アーレントの『悪の凡庸さ』を応用した、あのAEEの話だよ。この思考法自体、一種のアブダクション(Abduction)**と言えるだろうがね」
▼AEE1.0こちらを参照:

▼アブダクションについて:

有卦瓜は、身を乗り出して古田割の言葉に耳を傾けた。

2. ハマスのビジネスモデル ― なぜ彼らは『平和』を最も恐れるのか

「ハマスがガザ市民を人質に、ですか。彼らは市民を守るために戦っているのでは?」有卦瓜が尋ねた。

「そこが最大の誤解だ」と古田割は首を振った。「ハマスは、形式上はガザを統治する政治・軍事組織だが、その本質は**『パレスチナ人の絶望』を燃料にして動く、巨大なエントロピー増大システム**のようだ、と僕は見ている。彼らの公言する目的はイスラエルの破壊だ。イエスの背理法を思い出してみるといい、『内輪もめする国は立ち行かない』。ハマスの戦略は、自らの民を犠牲にしてでも、敵との永続的な対立、つまり『内輪もめ』を創出し、その混乱の中から権力を維持することにあるのではないだろうか」

「つまり、どういうことでしょう」

「ハマスにとっての『勝利』とは何か。それは、多くのパレスチナ市民が犠牲になり、その映像が世界に流れ、イスラエルへの国際的非難が高まることだと分析できる。逆に『敗北』とは何か。それは、ガザが豊かになり、人々が職を得て、イスラエルとの平和共存の道が開けることだ。平和と繁栄は、彼らの存在意義を消滅させる。だから彼らは、誰よりも平和を恐れ、誰よりも市民の犠牲を必要としているように見える。複数の報告によれば、学校や病院といった民間施設を軍事目的に利用しているが、これも『第二の人質』を盾として効果的に使うためと考えられないだろうか。彼らはガザ市民を守っているのではなく、消費しているんだよ」

3. 加害者もまた被害者である ― 『喧嘩両成敗』の視点とエントロピーの起源

「でも、そもそもイスラエルの建国自体に問題があったという意見も根強いですよね」

「ああ、その歴史の遡及合戦だね」古田割はため息をついた。「でも、そんなことを言っていたら、きりがない。歴史のどの時点を『正義の起点』とするかで、結論が無限に変わってしまう。そして、この論争をこじらせているのが、『聖書』を根拠にした一部の強弁な態度だ。だが、その態度にむかつくのは、ニーチェの言う**『ルサンチマン』じゃないかね。ましてや、かつて自らを『神の国』と称した歴史を持つ僕たち日本人こそ、自問すべきだ。『人のこといえた義理か』**とね。誤解しないでほしい。これは日本が「神の国ではない」と言っているのではない。むしろ逆だ。特定の国だけが神の国なのではなく、すべての人々、すべての土地が等しく神の下にあるはずだ

彼は続けた。「この問題は、『先住民』と『征服者』の普遍的な構図だ。オーストラリアのアボリジニ、ラテン語の**『アブ・オリジネ(起源から)』に由来する言葉だが、この視点に立てば、北米のネイティブ・アメリカン、北極圏のイヌイット**、ニュージーランドのマオリ、そして日本列島の縄文人や蝦夷も、皆それぞれの土地の『起源から』の民だった。彼らの歴史的正当性を問い直し、現在の国家の枠組みそのものを断罪し始めたら、世界中のほとんどの国がその存立基盤を失い、際限のない混乱に陥るだろう」

「では、歴史は無視しろと?」

「いや。未来のために、過去の罪の裁き合いは**『喧嘩両成敗』**として一旦括弧に入れるんだ。過去の全ての不正義を一旦括弧に入れ、どちらが『より悪かったか』の泥仕合から決別し、『どうすればこの悲劇の連鎖を断ち切れるか』という一点に集中する。これこそが未来志向のプラグマティズム(実用主義)だよ」
▼喧嘩両成敗について:

「ただし、それは歴史を無視することではない。ハマスという現代の『症状』を理解するためには、彼らを生んだ近現代のエントロピーの起源は直視しないといけない。ハマス自身もまた、この地域を蝕む巨大な『精神的エントロピー』の被害者であり、その産物なんだ。彼らのイデオロギーは真空から生まれたわけじゃない。それは、何世代にもわたって蓄積されたパレスチナ人の『剥奪感』と『屈辱』という、負の遺産を栄養源にしている。具体的には三つの段階がある」

古田割は、指を一本立てた。
「第一に、故郷喪失のトラウマ。1948年のイスラエル建国に伴い、多くのパレスチナ人が故郷を追われた。この『大災厄(ナクバ)』の記憶は、彼らのアイデンティティの根幹に刻まれた癒えない傷となった。
第二に、占領下の日常。1967年の第三次中東戦争以降の占領政策は、検問所での屈辱、入植地の拡大、移動の不自由といった形で、人々の尊厳を日々削り取っていった。
そして第三に、希望の喪失だ。1990年代、一度は平和への道筋が見えた『オスロ合意』が、双方の不信と過激派のテロによって頓挫した。この『希望の死』こそが、穏健派の声を無力化し、過激な思想が広まる決定的な土壌を作ったんだ」

彼は、深く息を吸った。
「これらの歴史的経緯の中で、『対話や交渉は無意味だ』『我々の苦しみは、暴力によってしか世界に届かない』という思考が、一つの『合理的』な結論として生まれてしまった。ハマスは、この巨大な絶望が生み出した**『症状』なのさ。もちろん、これは彼らのテロ行為を正当化するものでは断じてない。放火犯が『社会が悪い』と言っても、その罪は免れないからね。しかし、なぜ彼が放火に至ったのかという背景(システムのエントロピー)を理解しなければ、第二、第三の放火犯が現れるのを防ぐことはできない。ハマスを『絶対悪』として切り捨て、思考停止に陥ることは、彼らを生み出したエントロピーの温床から目を逸らす行為に他ならない。彼らが被害者として生まれ、そして今、ガザ市民を新たな被害者にする加害者へと変貌したという悲劇の連鎖**を直視すること。それこそが、僕たちがこの問題の根を断つために、避けては通れない知的な誠実さなんだよ」

4. ガザという『孤立ケージ』 ― アディクションの構造とラットパークの教訓

有卦瓜は、その言葉を反芻するように呟いた。「絶望が、ハマスを生んだのですね」

「その通り。そして、そのメカニズムを理解するには、**アディクション(Addiction)という概念が不可欠だ。君も知っているかもしれないが、その語源はラテン語の『addictus』に遡る。借金を返せず、債権者の所有物となるよう宣告された『奴隷』を意味した言葉だ。つまり、アディクションの本質は、単なる『ハマりすぎ』や『悪癖』ではない。それは、個人の意志の力では抗えない、脳機能の変化を伴う精神疾患であり、まさに語源が示す通りの『奴隷化』**なんだ」
▼アディクションについて:

古田割は、水煙草の管を口元に運んだ。
「現代の精神医学の知見は、アディクションが単なる快楽追求ではなく、耐えがたい現実の苦痛、つまり孤独、トラウマ、絶望を一時的にでも緩和するための**『自己治療』の試みであると指摘している。根底に深刻な『孤立の病』があるからだ。この見方を強く示唆したのが、ブルース・アレクサンダー博士の有名な『ラットパーク実験』**だよ。狭く孤立したケージのネズミは、容易に薬物(アディクションの対象)に依存したが、仲間やおもちゃのある広々とした楽園(ラットパーク)のネズミは、たとえ薬物が手に入ってもほとんど興味を示さなかった。この実験は、アディクションの原因が物質そのもの以上に、安心できる繋がりの欠如した環境に大きく影響されることを教えてくれる」

「ガザが、その『孤立ケージ』だと?」

「まさしく。このレンズを通して見れば、ガザ地区の姿は明確になる。封鎖され、貧困と失業が蔓延するガザは、巨大な**『孤立ケージ』そのものだ。この中で生きる若者たちにとって、未来への希望はない。その絶望的な環境で、ハマスは『殉教と抵抗』という、最も強力で甘美なプロセス・アディクション(行動嗜癖)を提供しているように見える。いわば、『この世に希望はないが、聖戦士として死ねば、天国での永遠の栄光が待っている』という物語だ。この物語は、ラットパークを知らないネズミにとって、耐えがたい現実の苦痛を麻痺させる唯一の『自己治療』であり、彼らをイデオロギーの『奴隷』にする抗いがたい救済なのさ。イスラエルの軍事行動は、アディクションを助長する売人(ハマス)を叩くためには必要かもしれない。しかし、それだけでは『孤立ケージ』の壁をさらに高くする**だけであり、結果的に新たなアディクション患者(テロリスト)を生む土壌を強化してしまう」

5. 【解決策】アンチ・ハマス・マーシャルプラン ― 『アディクション』に勝つ唯一の方法は『ラットパーク』の建設である

「では、一体どうすれば。八方塞がりに聞こえますが」

「いや、道は一つだけある」と古田割は言った。「ハマスを批判するだけでも、イスラエルを非難するだけでも何も変わらない。ゲームのルールを根底から変える必要があるんだ。解決策は、軍事的なものだけではあり得ない。それは、ハマスが提供するアディクションよりも、遥かに魅力的な未来を提示することだ。僕が考えているのは、戦後の**『アンチ・ハマス・マーシャルプラン』**だ」

「マーシャルプラン、ですか」

「ああ。そのプランの核心はこうだ。『ガザから、ハマスが恒久的かつ検証可能な形で完全に排除されることを条件に、国際社会は過去最大規模の復興支援を行う。ガザに自由な港を建設し、ハイテク産業を誘致し、ドバイやシンガポールに匹敵する経済特区を創設する。若者たちが銃ではなく、キーボードや工具を手に取れる未来を約束する』。これは、ガザ市民に対する究極の選択の提示だよ」

古田割は、両手を広げてみせた。
「考えてもみたまえ。ハマスが提供する未来は、破壊、死、そして来世の栄光というアディクションだ。対して、国際社会が提供する未来は、繁栄、尊厳、そしてこの世で子供を育てられるリアルな希望だ。この選択肢を突きつけられた時、初めてガザ市民は自らの手で『第二の人質』という立場から脱却するインセンティブを持つ。ハマスのイデオロギー支配というアディクションに、内側から亀裂を入れる唯一の方法がこれなんだ」

6. これは『誰か』の問題ではない、『私たち』の問題である

有卦瓜は深く考え込んでいた。「そのプランなら、様々な立場の人が賛成できるかもしれませんね。しかし、古田割さん。そのやり方、どこかの大統領がやろうとしていた『ディール』に似ていませんか?」

古田割は、待ってましたとばかりに口角を上げた。
「ほう、いいところに気づいたね、有卦瓜君。確かに、ドナルド・トランプ氏のアプローチだね。彼の現実主義、つまりイデオロギーよりも実利を優先し、経済的インセンティブで相手を動かすというプラグマティズム。その点では、僕のプランと軌を一にしているように見える」

彼は、勿体ぶるように一度ミントティーを口に含んだ。
「だが、本質は全く異なる。彼のそれは、あくまで二国間の**『取引(ディール)』の成立に主眼があった。アブラハム合意のようにね。しかし、僕のプランは、その取引的な手法をテコにしつつも、最終目的はシステム全体の安定と繁栄という、長期的な秩序、つまり『ラットパーク』の『構築(コンストラクション)』**にある。分かるかね? マーシャルプランが持っていた壮大なビジョンと、トランプ流の良くも悪くも強力な実行力を組み合わせた、いわばハイブリッド戦略なんだよ。単なる取引で終わらせては、またエントロピーが増大するだけだからね」

古田割は、ふっと息を吐き出した。
「まあ、彼の直感的なアプローチも、中らずと雖も遠からず、といったところかな」

▼中らずと雖も遠からず:

有卦瓜は深く頷いた。「なるほど、そういうことでしたか」

「そうなんだよ」古田割は、元の話に戻るように続けた。「だからこそ、これはもう『誰か』の問題じゃない。イスラエルだとかパレスチナだとか、そういう話を超えた、僕たち自身の問題なんだ」

彼は最後の煙を静かに吐き出し、言葉を継いだ。

「これは、ラットから人間までを貫く、一つの普遍的な法則を巡る物語だ。『つながり』を奪われ、希望のない孤立したケージに閉じ込められた生命は、いかにして自己破壊的なアディクションに陥っていくか。この構造は、ガザだけの話じゃない。僕たちの社会にあるスラム街も、ネット上の過激な陰謀論も、無数の『孤立ケージ』と、そこから生まれる無数の『アディクション』だ。今、僕たちが問われているのは、どちらの旗を振るかじゃない。これ以上『孤立ケージ』を作り続けるのか、それとも、共に『ラットパーク』を築く側に立つのか、だ」

古田割はミントティーのグラスを静かに置いた。

「『アンチ・ハマス・マーシャルプラン』は、単なる和平案じゃない。それは『ケージを破壊し、パークを建設する』という、この普遍的課題に対する人類の知性の一つの回答なんだ。遠い地の話じゃない。ガザのケージの壁一枚一枚には、僕たちの思考停止が塗り込められているんだからね」

有卦瓜は、黙って窓の外の、夕暮れに染まるカイロの空を見つめていた。

古田割はふっと笑みを浮かべた。
「まあ、これは、カイロのカフェで二人の日本人の酔っぱらいが語った、単なる戯言だけどね」

(おしまい)

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