格言シリーズ:中らずと雖も遠からず(あたらずといえどもとおからず)
格言シリーズ:中らずと雖も遠からず
1.読み:あたらずと いえども とおからず
「中」は「的中する」という意味の動詞「中(あた)る」と読む。現代では一般的に「当」の字を当て、「当たらずも遠からず(あたらずもとおからず)」や「当たらずとも遠からず」といった口語的な言い回しも広く使われている。
2.意味
この言葉には、古典における本来の意味と、現代で使われる意味の二つの側面があります。
本来の意味
本来は、「真心(誠)を尽して物事を追求すれば、たとえその結果が完全に理想と一致しなくても、本質や正しい道から大きく外れることはない」という意味です。これは、誠実な心で努力する姿勢そのものに価値があるとする、儒教の道徳観を象徴する言葉でした。特に古典の文脈では、為政者が民を思う誠実ささえあれば、その政策は民心から大きく離れないという「仁政」の思想を背景にしています。現代の意味
現代では、こうした本来の倫理的な背景は薄れ、「推測や見立てが、完全に的中したわけではないが、おおむね合っている」「見当違いではない」という、結果の近似性を示す一般的な意味で広く使われています。
3.出典
典拠は『大学』伝九章(もとは『礼記』第四十二篇)です。
この言葉の出典には、関与した人物を含め、二重の構造があります。『大学』が、さらに古い経典である**『書経(尚書)』**の「康誥」篇の一節を引用しているためです。
まず、思想的な源流には儒教の創始者である孔子がおり、その教えを受け継いで『大学』を編纂したと伝えられるのが高弟の曾子です。さらに、12世紀の南宋の儒学者朱熹が『大学』を『四書』の一つとして確立させたことで、この一節の重要性が定まりました。
一方、引用元である『書経』の物語における語り手は、紀元前11世紀の周王朝初期の政治家、周公旦であり、その統治訓の受け手は弟の康叔でした。
この二つの書物の文脈が、この言葉の背景をなしています。
『書経・康誥』の場面(引用元のエピソード)
周王朝初期、摂政であった周公旦が、弟の康叔に統治の心得を説いた場面が元になっています。「民を赤子のように慈しめ」という仁政の基本姿勢を示した上で、「誠」の心さえあれば政治の道を踏み外すことはないと教えました。『大学』の場面(引用した側のエピソード)
国を治める(治国)上で最も重要なのは、小手先の技術や知識ではなく、為政者の内面にある「誠実さ」であると強調するために、上記の『書経』の一節を引用しました。結果が完璧でなくとも、その動機と過程に「誠」があれば、その努力は本質的な価値を持つという、儒教の道徳観を象徴しています。
4.原文・書き下し文・現代語訳
康誥曰:「如保赤子」,心誠求之,雖不中不遠矣。
(Kāng gào yuē: “Rú bǎo chì zǐ”, xīn chéng qiú zhī, suī bù zhòng bù yuǎn yǐ.)
康誥(こうこう)に曰(いわ)く、「赤子(せきし)を保(やす)んずるが如(ごと)し」と。心(こころ)誠(まこと)に之(これ)を求(もと)むれば、中(あた)らずと雖(いえど)も遠からず。
『書経』の康誥篇には、「(民を治めることは)まるでか弱い赤子を守り育てるかのようだ」とある。為政者が真心をもって民が真に求めるものを探求するならば、その政策が完全に民心と一致しないまでも、本質から大きくかけ離れることはないだろう。
