サイケデロス・サーガ 第5話「アインとツヴァイ」【創作大賞2026|ライトノベル|ファンタジー小説】
朝の光が、カーテンのない窓から差し込んでいた。
俺はベッドの上で目を開け、しばらく天井を眺めていた。
昨日の街の喧騒、塩と胡椒の香り、カジの料理……どれも夢じゃない。
この世界にいるんだ、という実感が、少しずつ体に染みついていく。
「……起きたか?」
隣のベッドから声がした。ユウだ。
「ああ。お前もか」
「夢オチとかなら最高だったのになぁ……なぁカジ?」
「俺は生きてるだけで十分っすよ」
カジは椅子に座りながら、肩の包帯を巻き直している。昨日より傷が良くなったようだ。
俺はベッドから起き上がり、スーツの上着からタバコとジッポを取り出した。
窓を開けると、冷たい空気が部屋に流れ込む。
口にタバコを咥え、火をつける。
煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「……コーヒーが飲みてぇな」
ぽつりと言葉がこぼれた。
「コーヒーいいですね。でも昨日の露店、水とジュースと酒ぐらいしかなかったっすよ」
「あれば飲みたいが、今はこいつで我慢するさ」
俺はそう言い、ぬるい水を飲んだ。
元の世界では、朝のルーティンはタバコとブラックコーヒーだった。
その習慣が、この世界ではもう叶わない。
ユウがベッドから天井を見上げながら
「……なあ、イサム。昨日の話、覚えてるか?」
俺は少し考えて答えた。
「能力の話か?」
「そう。俺ら、能力あるって言われたけど、まだ何もできてないだろ」
ユウは横になりながら天井に手を伸ばす。
カジも自分の手を見つめながら言う。
「俺もいまだに特に変化無しっすね。」
俺は煙を吐きながら答える。
「昨日の街並みを見る限り、特別な存在じゃなくとも誰でもつかえる事」
「その中でもイサム。お前はその能力を使う為のマナと言うのがゼロなんだよな」
俺には能力がない。この世界で生き抜くには、能力に頼らない方法を考えないといけない。
「……まぁ、いい方法と言うより、いくつか考えはあるさ」
「そうなのか?」
「ああ。まずはこの世界のルールをちゃんと知ることだ。
能力の仕組み、マナの意味……それを教えてくれるのは、あの賢者だろ?」
「アクアか?」
「ああ。まずはアクアに相談しようと思っている」
俺はタバコを靴底で踏み消し、立ち上がった。
「いいのかよ、あの美人に急に相談とか?」
「美人かどうかは関係ない。
俺たちがこの世界でどう生きるか、そのヒントが欲しいだけだ」
カジが頷く。
「そうっすね。イサムさんが相談するなら、俺も行きます。アクアたんに会いたいっすわ」
「俺も行くぜ。せっかくの異世界だし、能力の使い方くらい教えてもらわないとな」
「よし、じゃあ準備をして向かおうか!」
三人で着替えを済ませ、部屋を出る。
外はもう完全に朝だった。
石畳の道には露が光り、遠くからは市場の喧騒が聞こえてくる。
アクアの研究室は、王城から少し離れた場所にある。
俺達の宿屋からは歩いて10分かからない程度の場所だ。
昨日の記憶を頼りに、俺たちはゆっくりと歩き出す。
「なあイサム、アクアってさ……あの王の側近なんだろ?」
「賢者って言ってたな。話し的に能力に詳しそうだから今日聞きに行こうと思ったんだぞ」
「なるほどなー!つまり、この世界の先生みたいなもんか。
俺ら、異世界で学校行くみたいでワクワクするな」
「ユウさん、ゲーム脳すぎっすよ」
三人で笑いながら歩く。
やがて、見覚えのある建物が見えてきた。
アクアの研究室だ。
入口にはフードを被った女性が一人立っていた。
昨日の門番とは雰囲気が明らかに違う。
アクアと同じ、異質な圧を感じる。
ユウとカジが前に出て話しかけようとする。
フードから顔が見えた時、俺たち三人は整った顔立ちの女性に驚いた。
「アクアさんに用事があるんだけど、居るかな?」
女性は一瞬だけ俺たちを見つめ、奥に向かって声をかけた。
「ツヴァイ、アクアにお客だから起して」
奥から女性の応答の声がかすかに聞こえた。
「アポも無しに来てしまい申し訳ない」
俺が謝ると、女性は首を横に振った。
「いい。アクアこうでもしておこさないと起きない。むしろ助かった」
奥から声がする。
「アイン。今アクア様着替えさせているから、居間に入ってもらいなね」
アインと呼ばれた女性は扉を開け、俺たちに入るように促した。
中に入ると、昨日と同じように本や研究道具が山積みになっている。
が、昨日に比べてかなり整理整頓がされていた。
アインの手にはホコリがついている。
この子が掃除したのだろう。
椅子に案内され、三人で座ると、アインは台所のような所からカップに何かを入れ、俺たちの前に持ってくる。
「私が淹れた、飲んで待つ」
黒い液体に覚えのある香り。
「これはもしかして……」
俺はその飲み物を勢いよく飲んだ。ゴクゴク。
やっぱりコーヒーだ。しかも凄い美味しい。
「上手いコーヒーだ」
カジとユウも黙って頭を縦に振る。
「君が入れたのかい、凄い美味しいコーヒーだ!どこに売ってるんだ?」
「これ、この街には売ってない。 私達、遠くから来る。そこ取れる。」
「そうか、売ってないのか でもこんな美味しいコーヒー始めてだ。ありがとう。」
アインは顔には出さないが、お尻から出ている犬のような尻尾がフリフリ振っている。
コーヒー褒められた事がまんざらでもなかったのだろう。
コーヒーを楽しみ待つこと5分。
奥から女性の二人が現れる。
一人は、さっきアインが呼んでいたツヴァイ。
フードを被ったままだが、胸元を大きく開けたセクシーな服装で、
赤みがかかったショートカットの髪が覗いている。
美人、という印象はフード越しでも伝わってくる。
もう一人は、あくびをしながら歩いてくるアクアだ。
銀髪が少し乱れ、金色の瞳にはまだ眠気が残っている。
「……おはようございます、イサム。それとお二人も……」
アクアはあくびを噛み殺しながら挨拶する。
「朝早くにすまない。実は相談事で来たんだ」
俺がそう言うと、アクアは目をぱちくりと開き少しだけ目を覚ました。

「相談ですか?」
「ああ。能力の使い方とか教わりたくてな」
アクアは一瞬だけ考え、ゆっくりと首を振った。
「教えてあげたいのはやまやまなんですが……すみません。今から出なければならないんです」
「出かけるのか?」
「ええ。故郷に呼び出しをされていて……」
アクアは申し訳なさそうに微笑む。
「でも、安心して下さい。能力の鍛え方なら……ここにいる私の側近二人に任せます」
と笑顔で話す。
「ええ、そんな!ウチら置いてアクア様だけズルいさね!」
ツヴァイは不満そうにアクアに言う。
アインは無関心に話を聞いている。
アクア達はこの国出身ではなく他の国から来たのだろう
そして、側近のツヴァイはよほど俺達に教えたくないのか、故郷に帰りたい素振りだ。
アクアはアインとツヴァイを見る。
「アイン、ツヴァイ。この三人をお願いしますね」
アインは無言で頷き、ツヴァイはフードの下からため息を漏らす。
「分かりましたよ。それでウチらは何を教えればいいんです?」
アクアはイサムを指さしながら言う。
「イサムさんはマナが無い特異体質です。なのでアイン、あなたが魔力操作による攻撃を見せて、どんなものか慣れさせてあげてください」
「そしてツヴァイ、あなたは残りの二人にマナの基礎を教えてください」
「アクア様、アタシは魔力操作に関してアインより全然ダメですよ」
「アインは……教えるのがそれ以上にダメだから、あなたにお願いするの」
ツヴァイはなるほど納得したようだ。
そしてアクアは安心したように、身支度をしコートを羽織る。
「では、私は行きます。
イサムさん、ユウさん、カジさん……二人は優秀なのできっと力になってくれますので頑張って下さいね」
そう言って、アクアは研究室を出て行った。
残されたのは、俺たち三人と、フードを被った二人の側近。
「では、アタシから自己紹介から始めようかね」
短髪女性のツヴァイが一歩前に出て、胸の谷間に指を入れ服の位置を直しながら言う。
「アタシの名前はツヴァイ。アクア様の側近にしてボディーガードさね」
アインが続く。
「私はアイン。アクアの側近…」
その言葉に、ツヴァイが笑いながら言う
「すまないね、この子は口下手さね
とりあえず、まずは三人にマナの基礎から教える所から始めようかね」
三人がが頷く。
「宜しく頼む!」
「お願いします!」
「よろしくっす!」
「そしたら庭に出ようさね」
俺達はツヴァイの後についていき庭に出る。
庭と言っても石の壁があり、外から中は見えないようになっている。
そして庭と言うには広く、バスケットボールのコートぐらいの広さがある。
俺は庭を見渡しながらポツリと言葉を漏らす
「ずいぶん広い庭だな」
「ここ、訓練場にも使う。だから広い。」
アインは庭にある椅子に座り、横の椅子を叩きながら座るように促してくる。
「イサム、マナない。だからここ座ってツヴァイの話し聞く」
俺はうなずきながらアインの隣の席に座る。
ツヴァイは庭の真ん中に立ち、片手に一本の長い棒を持っていた。
「さて、ここからは楽しい楽しいお勉強の時間差だよ」
ツヴァイは地面の土に手に持つ大きな棒で図を描きながら説明が始まった。
「まずマナについて初歩的な事を説明するさね」
「マナとは生命が持つ基本エネルギーで、植物や魔物にもあるもの。 魔法や技、身体強化もこのマナを使うよ」
「そして次は器。マナを蓄える入れ物を器と呼ぶんだ」
「まぁここまでは常識だけど、質問が無ければこのまま続けるけどいいかい?」
一同首を縦に振る
「基本は説明したから次は応用さね。」
ツヴァイはカジを指をさしながら手招きをする
カジがツヴァイの前に立つ。
ツヴァイの身長は170ぐらいだろうか、それに対してカジの身長は190超えている。
「マナの一般的な使い方について説明するよ。あんた、思いっきりアタシを押してみな」
「えっ、本当にいいっすか?」
「ああ、思いっきり押してみるさね」
カジは勢いよくツヴァイを押し、ツヴァイは1メートルほど後退する。
「いいねぇ。じゃあ次はマナを使うから、本気で押してみな」
「ええ、本気って怪我しちゃいますよ」
ツヴァイは両肘を掴み、胸を強調して言う。
「ハハッ、アタシに気を使ってるのかい?
じゃあ、アタシをここから一歩でも動かせてみな。
出来たら、何でも言う事を一つ聞いてあげようじゃないか」
「……マジっすか?俺本気出しちゃいますよ!」
「いいねぇ、きなよっ」ツヴァイは両手を前に差し出す。
カジはツヴァイの手を掴み、足を踏ん張り一気に押す。
………が、ピクリとも動かない。
「う、うごかない……」

「マナをコントロールする事で、身体を強くしたりできるんだよ」
「ちなみにこのマナのコントロールを、一般的に魔力操作と言って、魔力操作が上手ければ上手い程、色々な事ができるって事さね」
「ダメだ……降参っすわ」
カジは息を切らしながらその場に倒れ込む。
「情けないねぇ、もう一人もおいで。二人ともマナはあるんだ、
魔力操作の基礎を叩きこんであげるよ」
「緊張するなぁ、でも楽しみだわぁ」
ユウは立ち上げ、肩回しながらツヴァイの元に寄る。
俺は黙ってツヴァイの説明を聞いた。
要約すると
マナとは体から自然に作られるエネルギー。
上手にマナを操る事で、身体能力を強化したりできる。
そしてマナは人により、性質が変わり、その人個性の能力が出す事が可能。
「マナって凄いんだな。羨ましいな」
「イサム、マナほしいのか?」
「あれば役に立つだろうし、ちなみにマナをどう使って体を強くするんだ?」
「すごい簡単。マナを体に流す。ぬるっとして、ぽっ!とする」
「……つまり、マナを体に流すことで、筋肉や神経を強化するってことか?」
「ふふん、そういうこと」
「なるほどな。アクアの言ってた事を理解できたよ」
「イサム立つ、私がマナ教える」
アインは立ち上がり、手を差し伸べる。
俺はその手を掴み立ち上がり、背を伸ばす。
アインは庭の隅から木の棒を二本取り、一本を投げ渡してきた。
「イサムそれ持つ、そこで待つ」
アインはそう言い、構える俺に対して棒を軽く振ってくる。
ブン、コツ。俺の持っている木の棒に軽く触れる。
「もう一回ふる。マナ込める、しっかり棒持つ」
アインは先程と同じ振りをした。
ブゥゥゥン。
と風が突き抜け、手に物凄い重い振動が走る。
持っていた木の棒が弾かれ、そのまま飛ばされ棒を落としてしまう。
「これがマナを込めた力……」
あまりにもの衝撃で、手にはまだ痺れが残っている。
「マナの使い方、いろいろある。」
アインはフードの下から俺を見つめる。
「イサム。あなた、マナが無い」
「ああ。だからこそ、お前に教えてもらう」
「……訓練。私が攻撃。イサムは避ける」
「攻撃?」
「ええ。殺すつもりはない。あなたの器を試すだけだ」
アインはそう言い、フードの奥から鋭い目つきを見せる。
器を試すと言った、つまりマナはなくても器を試す価値があると言う事だろうか。
今は質問せず言う事を聞いてみるのが良いだろう。
「分かった、ちょっとだけ準備をさせてくれ」
俺は目をつぶり両手を広げる。
そして大きく息を吸い、吸い、限界まで吸う。
そしてゆっくり、ゆっくり、吸った息を小分けにして吐き出した。
目が冴え、頭がクリアになった事で集中力が増すのが分かる。
そして俺は一歩下がり、構える。
「……来い」
アインの手から、淡い光が現れる。
マナだろうか、力を操作しているのが目に見えて分かる。
そしてぴょんぴょんと、
小ジャンプをしリズムを作っている。
「行くぞ」
その瞬間、アインの姿が消えた。
いや、消えたわけじゃない。
速すぎて、消えたように思えたが目ではギリギリ追えている。
俺は構えた棒を右に引くと同時に体も半分にし退く。
もの凄い速さの上段棒撃が放たれる。
アインの棒が、さっき俺がいた場所を通り過ぎた。
「……避けた?」
アインの声に驚きが混じる。
「ふぅ…危ない危ない。」
「イサムすごい……」
アインはそう言い尻尾がふりふり振っている
「でもギリギリ避けられるだけで、慣れないと反撃なんてできないさ」
俺は木の棒を上下左右に振り構え直した。
「……面白い。次はスイっとして、パシッと行くよ」
アインは楽しそうに笑顔でマナを込めるのを感じる。
圧を感じる、アクアに始めて会った時と同等の圧だ。
深く深呼吸し、目を大きく開く。
木の棒を両手で構え、息を整え、アインの動きを追う。
超集中。
相手の攻撃が遅く見えるわけではない。
だが、思考の速度が上がる。
アインの動き、重心の移動、呼吸のリズム…すべてが細かく見える。
まるで時間がゆっくり流れているように感じる。
一瞬の間に、次の一手を三通りも四通りも考えられる。
幼い頃から動体視力だけは自信があった。
剣道で負けなしだったのも、「完全なる後の先」
相手の動きを読んでから動く、という戦い方のおかげだ。
この動体視力と超集中で、相手の攻撃を食らわずに勝ってきた。
そして一度目の観戦でアインのクセは分かった。
攻撃の前に跳ねてリズムを作り、急加速からの強襲攻撃。
ぴょん、ぴょん、着地、から同時に突進し急着地からの攻撃。
そしてアインはぴょんと一度目の跳ねをした。
上段切り、突き、切り上げどれが来ても避けれるように腰を低くし構えた。
二度目のぴょんと跳ねるアイン。
着地と同時に突進してくるのを待つ。
着地からの突進。
分かっていても目で追うには速すぎる!
あっという間に間合いを詰め、突きを繰り出してくる。
俺は先程と同じく体を横にさばいて突きを避けるが、
アインは棒をすかさず引き抜刀の構えから体を一回転回しながら横切りを入れてくる
一度体を横にさばいたから、この攻撃をかわす事は不可能。
手に持つ棒を下げ地面を思いっきり突き、体ごと後退させる。
ブンッ。
アインの横切りが宙を切った。
「ハハッ、お前凄すぎだろ」
高揚するのが分かる、凄くハイの状態だ。
「イサム、すごい。もっともっと行く」
気持ちが高揚し、楽しい気持ちになる。
むかし剣道の試合をしていた時の気持ちが蘇る。
大人になってからは、緊張感はあっても楽しさはなかった。
だからこそ今物凄く楽しい気持ちになれている。
アインは俺の顔を見て言う「イサム楽しそう」
どうやら顔に出ているらしい、でもこのニヤケ面を抑えられない。
そしてアインも楽しそうに何度も攻撃を仕掛けてくる。
俺は体を早く動かせる訳じゃない
だから最小限の動きで避ける、避ける、避ける、
そして目が少し慣れ体も慣れてきてから
アインの攻撃を避けつつ木の棒でさばきだした。
「イサム凄いね」
アインは足を止め立ち止まりながら言う。
ここまでだろうか。
寂しい気持ちはあるが練習は終わりなのだろう。
そう思った次の瞬間
圧。
もの凄い圧倒的な圧が俺の足をピタっと止める。
まるで俺の手、腰、足に絡みつくような圧が反応を鈍らせる。

「次はちょっと本気出す。イサム避ける」
アインは尻尾振りながら戦闘態勢に入っている。
実に楽しそうだ。
「おいおい、さっきまでの本気じゃなかったのかよ。」
アインは肩の力を抜いて立つ。
「イサム避ける。避けたらご褒美」
「この歳でご褒美か、いらないがまぁいい。来いよ!」
集中しろ、集中しろ。
目を見開き、腰を低くし、木の棒を構える。
超集中。
すごく集中できているのが分かる。
アインが戦闘態勢に入り、ぴょんと跳ねる。
ぴょんぴょん着地突進攻撃……そう読んでいた。
一度目の跳ね、着地。もう一度跳ねる……そう思った瞬間。
が、次の瞬間アインの棒の突きが俺の額を突いた。
あまりの速さに鈍い感覚が後から押し寄せ、そのまま突き抜け、俺は気を失いその場で倒れた。
第六話へ続く
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