サイケデロス・サーガ 第6話「修行」【創作大賞2026|ライトノベル|ファンタジー小説】
冷たい風の感覚で、意識がゆっくり浮かび上がってきた。
まぶたを開けると、青空が視界いっぱいに広がっている。
地面に寝ていた……わけじゃない。頭の下に柔らかい感触がある。
「……イサム、起きた?」
聞き慣れた、けれどどこか不器用な声。
視線を横に向けると、アインが俺の顔を覗き込んでいた。
膝枕だった。
しかも、俺の頭を――
アインが、ゆっくり、優しく、よしよし撫でている。
「……お前、何してんだ」
「心配した。イサム、倒れた。だから……こうした」
表情は無表情なのに、尻尾だけがブンブンと揺れている。
「そうか、なんか手間をかけて悪かったな。」
「ううん。イサム、強い。もっとできる」
アインはそう言って、ほんの少しだけ微笑んだように見えた。
体を動かそうにも動かないから、しばらくこのままでいる事にしよう。
一方、ユウ達は絶賛修行中であった。
アインは俺の頭を撫でながら
「カジ、センスある。魔力操作もうできそう」
「そうなのか。ユウはどうなんだ?」
「ユウ、もっとセンスある。でも魔力操作はカジのが上手。」
「カジのが上手なのに、ユウのがセンスあるってどういう事だ?」
アインは少し考えてから、言葉を選ぶように話し始めた。
「カジ、魔力操作うまい。教えた事をそのまま出来そう。」
「ふむ……じゃあユウは?」
「ユウは……マナが大きい。考えなくても正しい流れを作れる。
でも細かい操作は苦手。ツヴァイそっくり」
「なるほど……魔力操作はカジの方が上手いけど、
マナというか魔力の量がユウのが大きいから伸びしろがあるって事か」
「カジ努力、ユウ感覚すごい。」
「そういえば、ツヴァイよりアインのが魔力操作は上手なんだろ。二人が闘ったらアインのが強いのか?」
アインは少しだけ首を傾けた。
「わからない。私、魔力操作とくい。でもツヴァイ……魔力たくさん」
「魔力量が違うってことか?」
「うん。ツヴァイ、マナの質も量も高い。
私よりずっと強い攻撃できる。でも……」
「でも?」
「ツヴァイ、細かい操作にむいてない。力で押すタイプ。私は逆。」
「なるほどな……技術のアイン、パワーのツヴァイって感じか」
アインはこくりと頷いた。
「それに……」
「それに?」
「はちましょう同士、喧嘩ダメ」
「はちましょう……?」
「アクアの護衛、八人いる。ツヴァイと私、その一人。
仲間同士で本気で戦うの、ダメ」
アインでさえ異常な強さなのに、アクアはそれ以上って事なんだろうか。だから王様に近くに居るのだろう。つまりあそこの王様の側近達は少なくともこいつらと同等かそれ以上の実力か。
アインの説明を聞きながら、俺は二人の訓練の様子に耳を傾けた。
どうやら向こうは向こうで、かなり白熱しているらしい。
そんな事を考えてる間にユウの怒号が聞こえ俺は目を向ける。
ユウとツヴァイは手と手を合わせ押し合いをしている。
さっきカジの時は軽々しく受け手いたツヴァイが、腰を落とし踏ん張っている。
「アハハ、やるじゃないのさ。」
ユウの体から黄色い電気が走る。一目見て分かる、あれは紛れなく超能力の類。
「いいねぇ、私をここから一歩でも後退させたら、抱かれてあげるさね」
「うぉぉぉぉぉ!上から見てんじゃねぇぇぇ!」ユウは叫びながら取っ組み合いをしている。
どうやら修行は盛り上がっているみたいだ。
俺は上体を起こし、頭を軽く振る。
まだ少しだけ痺れが残っているが、動けないほどじゃない。
「ん、喉がカラカラだ」倒れたいたせいだろうか、異常に喉が渇いている。
「……飲み物、買いに行く。イサムも来る?」
「そうだな。散歩がてら行くか」
アインは立ち上がり、服についた砂を払う。
闘いの時は怖いオーラを出すのに、この普通の仕草が妙に丁寧で可愛いらしい。
おでこが少しヒリヒリし、訓練の余韻がまだ体に残っているが、
隣に立つアインの尻尾が揺れ風が妙に心地よかった。
ドアを開け、訓練場を後にし、俺とアインは並んで街へ向かって歩き出した。
昼前の通りは人が多い。
露店の呼び声、荷車の軋む音、獣耳の子どもたちの笑い声。
昨日も見たはずなのに、今日は少し違って見える。
まだこの世界に慣れてないが、この国は平和な国なんだと少なくとも思う。
あの王は奴隷区と言っていたが、子供がこうして笑って居られる事ができるのは少なからず良い国なんだなと思う。
歩き出し引っ張られる感覚がする。
後ろを振り向くとアインは無表情のまま、俺の袖をそっとつまんでいた。
人混みに慣れていないのか、
歩くたびに尻尾が小さく揺れて、落ち着かない様子が伝わってくる。
「アイン、大丈夫か?人多いの苦手なのか?」
アインは小さく頷いた。
「……平気。でも、ちょっとだけ……苦手」
言葉とは裏腹に、尻尾はしゅんと下がっている。
俺は歩幅を少し落とし、アインの前に人が割り込まないように位置をずらす。
「じゃあ、俺の後ろ歩け。ぶつかられたら危ない」
「……うん」
アインは俺の背中のすぐ後ろに移動し、
袖をつまんでいた手を、そっと俺の服の端にかけ直した。
見た目は10代後半ぐらいに見えるが、年相応でまだ子供の部分が残っているのかもしれない。

「飲み物、どこで買う?」
「俺が行った昨日の露店の近くに、水売ってる店があったはずだ。そこ行こう」
「分かった。イサム、案内して」
俺は歩きながらアインに質問をぶつけてみる。
「アインはあまりこの国にいないのか?」
「うん、この国、アクアとツヴァイ見てた。私昨日から来た。」
「皆この国の人間じゃないんだな!」
「うん、私達、遠いところからここ来た。探し物。」
「この国にまだいるって事は、その探し物はまだ見つかってないって事かぁ。早く見つかるといいなぁ」
アインは俺の背中を見ながら歩き、
時々、横から通る人を警戒するように視線を動かしている。
そのたびに尻尾がぴくっと反応する。
棒で相手を気絶させるぐらいの実力者なのに、人に対して苦手意識があるんだな。
「……アインって、意外と怖がりなんだな」
「こ、怖がりじゃない。……ただ、人多いの苦手」
「はいはい」
アインはむっとした顔をしながらも、俺の服をつまむ手だけは離さなかった。
そんなやり取りをしながら、
俺たちは露店の並ぶ通りへと足を踏み入れた。
大通りの入口の前に入った瞬間だった。
「……ひっく……うぇ……」
小さな泣き声が、雑踏の中にかすかに混じって聞こえた。
アインがぴたりと足を止める。
「イサム……あれ」
アインが指さした先には、通りの端でしゃがみ込み、
涙で顔をぐしゃぐしゃにした小さな亜人の子どもがいた。
犬のような耳で、まだ二歳か三歳満たない男の子が一人で泣いている。

周りを見渡すが、親らしき人物はいない。
男の子に近づきしゃがんで目線を合わせ声をかける。
「どうした? 迷子か?」
子どもは涙を流しながら、俺の服をぎゅっと掴んだ。
「……あうあー……」
俺
は親指と人差し指を顎に付け考える。
「超集中」し物事の整理を始める。
まずは年齢は二歳前後。
捨て子?いや、にしては身なりは綺麗だ。
靴や衣類の部分の所々が汚れている。
つまり親はいるけど、遊んでいる内に親とはぐれ一人で歩いて居たら泥がかぶり
歩き疲れた事でここで座り込んで泣いていたんだろう。
完全に迷子の子だ。
しかも言葉をちゃんと話せない年頃だ。
とりあえず泣いているから、安心させ落ち着かせよう。
「いないいない……ばぁ」
俺は変顔を披露する。目をぱちくりと唖然としている。
………手ごたえありだ。
「いないいないないない……ばぁ」
さっきより溜め、さらに顔を崩した変顔をする
そしたら笑顔になり笑いだしてくれた。
俺はそこから畳みかけるように一気に変顔を連発しもっと笑わせた。
ひと段落し、俺は子供の手を掴んだ。拒否はされてない。
笑ってくれたお陰で警戒心は完全にとれたみたいだ。
アインは近い付いてきて「イサム……すごいっ!」
表情は変わらないが、尻尾がそわそわと揺れているのが丸わかりだ。
「まぁ子供の扱いは慣れているからな」
「イサム子供いる?」
「違う違う、仕事で子供の相手をする事が多くてな」
俺は警官時代の事を思い出しながら話す。
「買い物は後だ、とりあえず、このままっていう訳にもいけないから親を探そう。」
「うん、見たところ白狼。白狼は珍しい。だから居たら分かる」
「狼の亜人なのか、すぐにパパママ探してやるから、大人しくするんだぞ」俺は子どの手を握り、笑顔で子供に伝える。
そして周囲を見渡すが、狼系の亜人は近くにいない。
「仕方ないな……少し落ち着かせるか」俺は子どもを軽く抱き上げる。
あまり食べてないんだろう、思っていた以上に体重が軽い。
しかし子供は笑いながら俺に抱きつき、安心したのか思いっきり抱きつき安心している。
すると
「……っ!」
アインの尻尾が、ブンッと大きく揺れる。
俺は苦笑しながらアインを見る。
感情表現は苦手なんだろう、でも尻尾を見れば分かる
完全に子供と遊びたい、抱っこしたい、の尻尾の動きなんだろう。
「……アイン。抱っこ、してみるか?」
「えっ……」
アインがぴくっと跳ね、顔がほんのり赤くなる。
「……して、いい?」
「もちろんだ、俺みたいなおっさんより可愛いお姉ちゃんのがこの子も喜ぶさ」
俺は子どもをそっとアインの腕に渡す。
アインはぎこちない動きで受け取り、胸元で大事そうに抱きしめた。
その瞬間
尻尾が、ブンブンどころか、プロペラみたいに高速で回り始めた。
「……かわいい……」
アインは小さく呟き、子どもの頭をそっと撫でる。
子どもは安心したのか、アインの胸の中で目を閉じ、眠ってしまった。
「寝た……」
「お前、すげぇな。子ども扱い慣れてるのか?」
「……分からない。でも……好き」
アインは無表情のまま、でも尻尾だけは幸せそうに揺れ続けていた。
その姿を見て、俺は思わず笑ってしまった。
アインが子どもを抱いたまま、しばらく通りを歩きながら飲み物等を買った。
子どもは完全に安心しきっているのか、アインの胸元に顔を埋め、すうすうと寝息を立てている。
アインはというと
「……かわいい……」
無表情のまま、しかし尻尾は幸せそうにゆっくり揺れていた。
そんな時だった。
「すみません! その子……!」
慌てた声が通りに響いた。
振り向くと、
兎耳の女性が息を切らしながらこちらへ駆け寄ってくる。
年齢は俺より少し上だろうか、四十代後半くらいの兎耳の女性。
ここら辺にいる軽装の人達とは違い、旅装束で服はところどころ破れている。
そして、長旅の疲れが顔に出ていた。
アインは子どもを抱き直し、女性をじっと見つめる。
「もしかしてこの子は…あなたの子どもですか?」
俺が尋ねると、女性は一瞬だけ言葉に詰まり、それからゆっくり首を横に振った。
「……違います。この子は……私の子じゃありません」
「じゃあ……どういう?」
女性は深く息を吸い、震える声で話し始めた。
「私たちが住んでいた村が……数日前、襲われました。
そして私は逃げる途中で、この子の母親に託されたんです。
この子だけは……どうか助けと」
アインは子どもを抱きしめる腕に力を込めた。
女性は続ける。
「村の生き残り達と亜人王国へ向かっている途中です。
村の生き残り数十人と道中で疲れてしまい……
それで少し休もうと、このシュラ国に寄ったんです」
子どもはアインの腕の中で、まだ眠っている。
女性はその姿を見て、胸に手を当て、深く頭を下げた。
「ですので助けてくださって……本当に、ありがとうございます」
アインは小さく首を振る。
「……いい。子ども、無事でよかった」
アインは子供が起きないように優しく女性に渡す。
女性は涙を拭いながら、眠ったままの子どもをそっと受け取る。
そして強く抱きしめ笑顔溢れている。

「血は繋がっていなくとも、貴女がその子を思う気持ち伝わりましたよ」
「この子の母親の分まで……私が守ります。
だから……本当に、ありがとう」
「いえいえ、別に何もしてないですよ。それでその子の名前はなんて言うんですか?」
「この子にはまだ名前がなく、村のしきたりで5歳になった時に村長から名前を授かるつもりだったのですがその村長も亡くなって」
「辛い事を思い出させてしまい申し訳ありません」
「いえ、この子を守るのに変わりはありません。
では連れ達も探してくれてるので私はそろそろ行きます。」
そう言って、女性は再び深く礼をし、人混みの向こうへと歩いていった。
アインはその背中を、しばらく無言で見つめていた。
尻尾は、ゆっくりと、寂しそうに揺れていた。
俺はアインの頭をポンポンとする。
そしてアインと二人でアクアの家へ戻る頃には、太陽は傾き始めていた。
子どもを見送った後のアインは、どこか名残惜しそうにしていたが、
尻尾の揺れは落ち着き、いつもの無表情に戻っている。
「……イサム。今日、楽しかった」
「ん?そうか。それなら良かった」
そんな会話をしながら玄関の扉を開けた瞬間熱風は走る。
「うおっ……なんだこれ」
思わず声が漏れた。
家の中は、まるで小さな戦場だった。
まず目に飛び込んできたのはカジだ。
「ふんっ……!」
カジは持ち出したのか分からない、自分の体より大きい岩を片手で持ち上げていた。
しかも片手でだ。
「おいカジ、それ……大丈夫か?」
「イサムさん!見てくださいよ!
なんか……力が湧いてくるんすよ!」
汗だくの顔で笑うカジ。
明らかに能力が開花している。羨ましい限りだ。
そして奥では
「ほらほら、もっと来なよユウ!」
「はぁはぁ……言われなくても!」
ツヴァイとユウは長い棒で打ち合いのチャンバラをしている。
ツヴァイが軽やかにステップを踏み、ユウは鋭い踏み込みで距離を詰める。
その瞬間―――バチッ。
ユウの棒の先端から、微量の黄色い閃光が走った。
「おっと!」
ツヴァイはとっさに身をひねって避けたが、
着地に失敗し、そのまま尻もちをつく。
「…………ははっ、やるじゃないか!」
ユウは得意げに笑みを浮かべながら、倒れたツヴァイへ手を差し伸べる。
「これでも毎日振ってるんでね。
もし止めれるような事があるなら……俺が逆に抱いてやるよ」
「…………アハハ!アーハッハッ
…………言うじゃないか」
ツヴァイはユウの差し伸べたその手を掴む。
次の瞬間――バッ。
ユウの腕を引き寄せ、足を払って宙に浮かせ、そのまま地面に叩きつけた。
「ぐはっ……!」
ツヴァイは両手のホコリをパンパンと払いながら笑う。
「いいねユウ…あんたの事、気に入ったさね」
ユウは地面に倒れたまま、
「……マジかよ……」と呟いていた。
アインはその光景を見て、
「イサム、二人ともすごい」と呟く。
「みんな、飲み物を買ってきたから一旦休憩にしよう」
俺は全員に買ってきた飲み物を手渡して行く。
そしてツヴァイに飲み物を渡した時にある事を言われる。
「ふーん、あんた本当に似てるね。アインがなつくのも納得さね」
「似てる?って誰にだ?」
俺は自分もほっぺを触りながら答える。
「顔じゃない、雰囲気もだけど中身がそっくりさね」
「だから誰に?」
「……その内イヤでもわかるさね」
ツヴァイは飲みながら答えた。
第七話へ続く
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