日本語がわからない人が、僕のメタバースドラマを観てくれた
どうも、久我レイジです。
日本語がわからない人が、僕のメタバースドラマを観てくれました。
こう書くと、少し不思議な感じがします。
僕が作っているメタバースドラマ『クロスロード』の最終話を、ドイツの映像クリエイターの方が観てくれたんです。しかも、日本語がわからない中で、翻訳ツールを使いながら。
もちろん、観てくれただけでも嬉しいです。
ただ、今回僕が立ち止まってしまったのは、その方が「日本語がわからないから、雰囲気しかわかりませんでした」という感想ではなく、作品の世界観やカメラワーク、ワールドの空気感まで、とても丁寧に言葉にしてくれたことでした。
物語の細かいニュアンスや、セリフの温度まですべて受け取れたわけではないと思います。日本語の言い回しは、翻訳するとどうしても落ちる部分がありますし、僕自身も海外の作品を字幕で観る時に、たぶん本来の味までは拾いきれていないんだろうなと思うことがあります。
それでも、届くものがある。
今回の感想を読んで、僕はそこをずっと考えていました。
その感想が、こちらです。
「褒められた」より「そこを見てくれたのか」だった

いただいた感想を読んでいて、一番胸にきたのは、単純に褒められたからではありませんでした。
もちろん、嬉しいです。めちゃくちゃ嬉しいです。
でもそれ以上に、「そこを見てくれたのか」と思ったんです。
メタバース文化にそれほど深く触れていない方が、仮想空間の中でここまで物語を作れることに興味を持ってくれた。アバターの表情や動きには、現実の映画とは違う制限があることも理解したうえで、それでもカメラワークや場面の選び方、ワールドの雰囲気づくりから、ドラマとして見せようとしている部分を受け取ってくれた。
ここは、作っている側としてかなり救われる場所でした。
僕は普段、clusterのワールドを使い、アバターを動かしながら撮影して、それを映像として編集しています。何年も続けていると、自分の中ではそれが少しずつ当たり前になっていきます。
でも、外側から見ると、たぶんかなり変なことをしているんですよね。
現実の役者がカメラの前に立つわけではない。セットを組むと言っても、現実のスタジオではなく、仮想空間のワールドを使う。表情も動きも、完全に自由になるわけではない。
それなのに、そこで恋愛ドラマを作ろうとしている。
冷静に考えると、なかなか無茶です。
ただ、その無茶な部分を「面白い」と受け取ってもらえたことが、今回すごく大きかったんです。メタバースに詳しい人ではなく、海外の映像クリエイターの方がそう感じてくれた。そこに、僕は少し可能性を感じました。
メタバースドラマは、映画の劣化版ではない

正直に言うと、メタバースでドラマを作るのは簡単ではありません。
アバターの表情や動きには限界がありますし、撮影環境も完全にはコントロールできません。ワールドの仕様に左右されることもあります。立ち位置ひとつ、カメラの角度ひとつ、ちょっとしたことで画が崩れることもあります。
現実の映画なら、役者の目線や手の動き、ほんの少しの表情の揺れで伝えられる感情があります。でも、メタバースではそこまで都合よくいかないことが多い。
だから、別の場所で感情を作る必要があります。
どのワールドを選ぶのか。どの距離で二人を立たせるのか。カメラをどこに置くのか。沈黙をどこまで引っ張るのか。背景にどんな温度を持たせるのか。
こう書くと少し理屈っぽくなりますが、実際の制作現場ではそんなにきれいに整理できているわけではありません。撮りながら迷いますし、編集しながら「あ、ここ違うな」と思うこともあります。
でも、その迷いも含めて、メタバースドラマの作り方なんだと思います。
現実の映画に近づけようとするだけなら、たぶんずっと苦しいです。現実の映画には、現実の映画の強さがありますから。
でも、メタバースドラマは映画の劣化版ではないと思っています。
現実では置けない場所に人を立たせることができる。現実では作れない空間の中で、感情を動かすことができる。少し不自然なのに、妙に心に残る景色がある。
そこに、メタバースだからこその映像表現があるんじゃないかと、僕は感じています。
まだ完成されたジャンルではないかもしれません。
でも、だからこそ面白いんです。
空港にスペースシャトルが飛んでいる世界

今回いただいた感想の中で、ちょっと笑ってしまった部分がありました。
空港の背景で、すでに退役しているはずのスペースシャトルが普通に離着陸していた、という指摘です。
たしかに、現実の空港ではありえません。
普通に考えたら変です。
でも、メタバースの中では、それが景色として成立してしまうことがあります。空港にスペースシャトルがあっても、夜の街に巨大な月が浮かんでいても、現実のルールから少し外れていても、その世界の空気として受け入れられる瞬間がある。
もちろん、作品として見た時に「それはおかしい」と感じる人もいると思います。そこは否定しません。
ただ、今回その部分を「メタバースらしい自由さ」として面白がってくれたのが、僕にはすごく嬉しかったんです。
現実ではありえないものが、仮想空間では少しだけ許される。
そのゆるさというか、余白というか、現実の正しさから少し外れた場所にある面白さは、メタバース作品の武器になるのかもしれません。
全部をリアルに寄せなくてもいい。
むしろ、リアルに寄せきれない場所にこそ、メタバースらしい表現が残ることもある。
これは、作っている側が意外と忘れがちなことかもしれません。
セリフの外側に、物語は残る

今回、僕が一番考えたのはここです。
日本語がわからない人に、メタバースドラマは届くのか。
完全には届かないと思います。これはきれいごとではなく、やっぱり言葉の壁はあります。恋愛ドラマの場合、セリフの細かいニュアンスや、言い淀み、間の取り方はかなり大事です。
翻訳ツールを通すと、どうしても削られる部分がある。
でも、物語はセリフだけでできているわけではないんですよね。
画面の明るさ、キャラクター同士の距離、立っている場所、カメラの向き、背景の静けさ、少し長く残した沈黙。そういうものが、言葉とは別のところで何かを運ぶことがあります。
今回、その方は日本語がわからない中でも、作品の雰囲気やワールドの空気感を受け取ってくれました。
全部は伝わらなくても、何かは届く。
この「何か」という曖昧な部分を、僕はわりと大事にしたいんだと思います。創作って、全部を説明して、全部を正確に届けるものでもない気がするんです。
もちろん、伝わる努力は必要です。
でも、観る人の中で少し違う形に変わって届くこともある。
それを怖がりすぎると、作品はどんどん説明になってしまうのかもしれません。
noteの翻訳で、届く場所が少し変わる

最近は、noteも翻訳によって、英語圏の人に読んでもらえる可能性が出てきました。
だからといって、翻訳機能があるから一気に海外へ届く、というほど単純な話ではないと思います。文章は翻訳された瞬間に少し違う顔になりますし、日本語で自然だったものが、英語ではうまく伝わらないこともあるはずです。
それでも、今回の出来事を経験すると、少しだけ考え方が変わります。
日本語で書いたものは、日本語が読める人にしか届かない。
ずっとそう思っていた部分がありました。
でも、翻訳ツールを使いながら映像を観てくれる人がいる。言葉の壁を越えようとしてくれる人がいる。そう考えると、僕たちが日本語で書いた創作の記録や、制作の裏側も、どこかで誰かに届く可能性があるのかもしれません。
メタバースドラマは、まだ多くの人が当たり前に知っている表現ではありません。
だからこそ、国内だけで閉じて語るよりも、海外のクリエイターや映像に興味がある人に届いた時、まったく違う反応が返ってくることもあるんだと思います。
今回の感想は、その小さな入口のように感じました。
3年7ヶ月、作りながら覚えてきた

『クロスロード』は、僕にとってかなり長い時間を使ってきた作品です。
3年7ヶ月。
こう書くと、少し大げさに見えるかもしれませんが、実際、そのくらいの時間を使ってきました。
映像や脚本を専門的に学んできたわけではありません。最初から撮り方がわかっていたわけでもないですし、編集も、構成も、見せ方も、作りながら覚えてきました。
うまくいったことより、うまくいかなかったことの方が多かった気もします。
何度も止まりそうになりましたし、もっと早くできたんじゃないかと思うこともあります。今見返すと、直したいところもあります。たぶん、作った本人ほど気になる部分は多いです。
でも、それでも最後まで形にした作品を、国も言葉も違う人が観てくれた。
しかも、ただ再生しただけではなく、時間を使って、感想まで書いてくれた。
これは、やっぱり大きいです。
作ってきてよかったなと思いました。
本当に。
もう少しだけ遠くまで持っていきたい

僕はずっと、メタバースでもドラマは作れると思っています。
ただ、それは「現実の映画と同じものが作れる」という意味ではありません。むしろ、同じものを目指しすぎると苦しくなる気がしています。
メタバースには、メタバースの不自由さがあります。
でも同時に、現実では置けない場所に人を立たせることができるし、現実では出会わない景色の中で感情を動かすこともできます。空港にスペースシャトルが飛んでいても、その世界では妙に成立してしまうことがある。
そういう場所で、物語を作る。
まだ未完成な表現だと思います。
でも、未完成だからこそ、そこに入っていく余地がある。誰かが整えてくれた道を歩くのではなく、自分たちで道を探しながら進んでいく感じがある。
今回、ドイツの映像クリエイターの方からいただいた感想は、僕にとってただの嬉しいコメントではありませんでした。
日本語が完全に伝わらなくても、メタバース文化を知らない人にも、何かが届くことがある。
それを実感させてくれた出来事でした。
国や言葉を越えて届くなら、まだまだ作る意味はあるのかもしれません。
だから、もう少しだけ遠くまで持っていきたい。
日本語の外側にも、この物語を。
まだ、途中ですけどね。
If you are reading this from outside Japan, I’d love to hear where you’re from.
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