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面白くなりそうなアイデアほど、すぐには採用できない|AIとの壁打ちで変わり始めたゲーム設計

どうも、久我レイジです。

ゲーム版『クロスロード』の制作を進めている中で、少し困ったことが起きました。

困ったというより、創作者としてはうれしいことなんだと思います。


あるヒントをきっかけに、「この考え方を入れたら、もっと面白くなるかもしれない」と思ってしまったんです。

それまでは、今のゲーム設計で進めるつもりでした。

まだ完成形が見えているわけではありませんが、どこを目指すのかは決めていたし、これ以上広げたら完成が遠のくことも分かっています。

でも、一度見えてしまった可能性は、なかなか消えてくれません。

今の設計が間違っているわけではない。


ただ、そのヒントを見たあとでは、少しだけ窮屈に感じるようになりました。

うれしい発見のはずなのに、正直、少し困りました。

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作り始める前には、見えなかった違和感

ゲーム開発を始める前は、設計をできるだけ固めてから進んだ方がいいと思っていました。

今でも、その考えは変わっていません。

思いつくたびに仕様を変えていたら、いつまでも完成しないですし、特に僕のような個人制作では、できることを絞らないと途中で動けなくなる。

僕はもともと、面白そうなものを見つけると、全部入れたくなる方です。

あれもできる。これも面白そう。

だったら、こっちも入れられるんじゃないか。


そうやって広げていくうちに、最初に何を作ろうとしていたのか分からなくなることもあります。

だから今回は、かなり慎重に設計してきました。

それでも、実際にゲーム版『クロスロード』を考え始めると、ドラマを制作していたときとは違う問題が出てきます。

映像作品では、視聴者は物語を受け取ります。

でもゲームでは、プレイヤーがその場にいる感覚が必要になる。


少なくとも僕は、ドラマ版を別の画面でそのまま見せるだけにはしたくありません。

原作の物語やキャラクターを大事にしたい。

でも、それを守ろうとしすぎることで、ゲームとしての体験を弱くしていないか。

 
頭の中では成立していたのに、プレイヤーの側から考えると、少し受け身に見える。場面としては悪くないのに、「ここに参加する意味は何だろう」と感じてしまう。

作る前には見えていなかった違和感でした。

設計を固めることと、設計を疑わないことは、たぶん別なんですよね。

AIに「もっと面白くして」と聞いて、少し迷子になった

そこで、AIと壁打ちを始めました。最初は、かなり雑に相談しています。

「もっとゲームとして面白くするなら、どんな方法がある?」

そんな感じです。

すると、案はたくさん出てきました。

新しい仕組みや演出、選択肢、プレイヤーの行動。読んでいると、どれもそれなりに面白そうに見えます。

ただ、案が増えれば増えるほど、逆に分からなくなりました。

それは本当に『クロスロード』に必要なものなのか。ただゲームらしい要素を足しているだけではないか。


面白そうではあるけれど、作品の中心から離れていないか。

正直、少し迷子になりました。
AIは聞かれたことに答えてくれます。

でも、こちらの問いが広すぎれば、答えも広がっていく。その中から使えそうなものを選んでいるだけでは、設計を考えているというより、アイデアを眺めているだけになってしまう。

そこで、聞き方を変えました。


新しい案を出してもらうのではなく、今感じている違和感を、そのまま言葉にしてみたんです。

このままだと、プレイヤーは物語を眺めるだけにならないか。

ドラマ版を尊重しすぎることで、ゲームらしさを弱くしていないか。

新しい要素を入れたとして、それは体験を深くするのか。それとも、単に作業量を増やすだけなのか。


こうして話していくと、AIから返ってくる言葉も変わりました。

「プレイヤーに、どんな感情を持ち帰ってほしいのか」

「原作らしさとして、絶対に変えたくない部分はどこか」

聞かれてみると、分かっているつもりで、まだ言葉にできていない部分がありました。

AIに設計を決めてもらったわけではありません。

僕の中にあった違和感を、逃げずに見るための相手になってもらった。

今の僕にとって、AIとの壁打ちはその方が近いです。

面白そうな案ほど、採用するのが怖い

相談を続ける中で、「これは面白くなりそうだ」と思う案がいくつか出てきました。

具体的な中身は、まだ書けません。


今の開発の中心に関わる部分ですし、実際に採用するかどうかも決めていないからです。

ただ、その案を見た瞬間、かなり惹かれました。

これを入れれば、プレイヤーが『クロスロード』の世界へ入っていく感覚が、今より強くなるかもしれない。


ドラマ版とは違う形で、登場人物の感情に触れられる可能性もある。

考えるほど、やってみたくなります。

でも、ここで簡単に「採用しよう」とは言えません。

新しい案を入れれば、設計は変わります。


設計が変われば、実装も増える。今まで考えていた流れにも影響が出るかもしれない。

何より、完成が遠のきます。

僕は『クロスロード』で、一度大きな作り直しを経験しています。


権利関係の問題があり、最終話の手前まで完成していた作品を、また一から作り直しました。

あの経験があるからこそ、作品を作り直すことの意味も分かっているつもりです。

作り直したことで、結果的にチームで制作する形が生まれ、エキストラも加わり、作品は以前とは違う広がりを持ちました。

ただ、作り直せば必ず良くなるわけではありません。

時間も使います。

関わる人にも負担がかかります。
途中で気持ちが切れる可能性だってある。

だから、今は設計を変えることに慎重になっています。

たぶん、以前よりも。

面白い案が出ない苦しさもありますが、面白い案が出たあと、それを採用するか捨てるかを決める方が苦しいこともあります。

捨てた案が、本当は一番面白かったかもしれない。

そんなことは、完成してみないと分かりません。

何を守るための設計だったのか

今は、何かを変えたくなっても、すぐに実装へ進まないようにしています。

なぜ変えたいのか。

それによって、何が良くなるのか。

『クロスロード』らしさは残るのか。

今の段階で必要なのか。それとも、将来の構想として残せばいいのか。

そういうことをAIと話しながら、自分でも考え直しています。

思いついたから変えるのではなく、変える理由を残す。

そこが曖昧なままだと、設計変更ではなく、ただの迷走になってしまう気がします。

とはいえ、「最初に決めたことだから」という理由だけで守り続けるのも違う。

作り始めたからこそ見えた弱さを、そのままにして進むことが本当に正しいのか。


最近は、そこを何度も行ったり来たりしています。

面白くなるなら変えればいい。

いや、広げ続けたら永遠に完成しない。

でも、今感じている違和感を無視して作り続けるのも違う。


たぶん、ゲーム開発の設計って、正しい答えを一度決めることではなく、何を残して、どこを変えるかを選び続けることなのかもしれません。

まだ、そう言い切れるほど作れてはいませんけどね。

今のゲーム版『クロスロード』は、最初に僕が考えていた形から、少しだけ違う方向へ動き始めています。

それが本当に面白さにつながるのか。開発を遠回りさせるだけなのか。まだ答えは出ていません。

たぶん明日になれば、また別の案を思いついている気もします。

それを採用するかどうかは、また別の話ですが。


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