AIで「できない」が消えたら「やらない」を決めるのが難しくなった
どうも、久我レイジです。
最近、AIを使った動画制作の仕組みを見かけました。
複数のAIを組み合わせて、かなり本格的な映像制作まで持っていく。見た瞬間、面白いと思いました。
たぶん少し前の僕なら、そのまま調べ始めていたと思います。
どうやって動いているのか気になるし、自分のドラマ制作に使えるなら試してみたい。そうなると、費用も確認したくなります。
気になったものは、とりあえず触ってみる。そこから何か見つかることもあるので、それ自体は悪いことではありません。
でも今回は、ブックマークだけして閉じました。
理由は単純で、今の僕にはこれ以上やることを増やせなかったからです。
少しもったいない気もしました。
面白そうだし、たぶん使える。
それでも今はやらない。
最近、こういう判断が少しずつ増えてきました。
「できない」が、いつの間にか減っていた

少し前まで、何かを作ろうと思ったときには、もっと分かりやすい壁がありました。
僕はプログラマーではないので、本格的なシステムを自分で作ろうとは思っていませんでした。欲しいものがあっても、技術的に難しければ諦めるか、既存のサービスを探すしかない。
映像制作でも同じです。
できないことがあれば、人にお願いする。予算的に難しければ別の方法を考える。それでも無理なら、やらない。
考えてみれば、「できない」ということが自然に選択肢を減らしてくれていたんですよね。
ところが生成AIを本格的に使うようになって、この感覚がかなり変わりました。
文章を書くことだけではありません。
画像も作れる。動画生成AIもどんどん進化している。ChatGPTやCodexを使えば、コードを書けない僕でもWebサイトや仕組みを作るところまで入っていける。
最近は自分でWordPressテーマまで作っています。
数年前の僕に「そのうち自分でWordPressテーマを開発しているよ」と言っても、たぶん信じなかったと思います。
AIによって、個人クリエイターが作れるものは確実に増えました。
これは僕自身、かなり大きな変化だと感じています。
ただ、ここで少し困ったことも起きました。
AIでできることは増えた。でも、一日は増えなかった

今の僕には、作りたいものがかなりあります。
Project Aliveではメタバースドラマを作っているし、『クロスロード』を作り終えたからといって、そこで創作が終わったわけではありません。
次の作品も作りたい。
作品を届けるための発信も続けたい。noteも書きたいし、Webも育てたい。AIを使った仕組みも作っている。
さらに新しいAIが出てくれば、「これ、ドラマ制作に使えるんじゃないか」と考えてしまう。
以前なら技術的に無理だったアイデアまで、今は「ちょっと頑張れば作れるかもしれない」に変わっています。
最初は、それが純粋に楽しかったんです。
今も楽しいことに変わりはありません。
でも、できることが増えれば増えるほど、僕の時間も細かく分かれていきました。
AIで作業が速くなったはずなのに、なぜか暇にはならない。
むしろ以前より忙しい気さえします。
少し考えてみれば当たり前で、AIによって作業時間が半分になったとしても、その空いた時間に新しいことを二つ始めたら、仕事は減りません。
僕は効率化しながら、自分で仕事を増やしていたのかもしれません。
「全部できそう」が、少し怖くなってきた

これはAI時代の創作で、意外と厄介なことなのかもしれません。
新しいAIツールを見つけると、つい試したくなります。そこから別の使い道を思いついて、気づけば最初に調べていたものとは違うところまで進んでいることもあります。
最近のWeb開発でも、何度かありました。
一つ直したら、別のところも気になる。AIに聞けば修正できそうなので、そのままもう一つ触る。せっかくだからここも直しておこうと進めているうちに、かなり時間が経っていました。
その日は本当なら、ドラマ制作にも少し手をつけるつもりだったんです。
でも結局、ほとんど触れませんでした。
しかも厄介なのは、何もしていないわけではないことです。
ずっと調べているし、試しているし、何かしら作っている。本人としては、かなり動いている感覚があります。
それでも一日の終わりに振り返ってみると、本当に進めたかった作品がほとんど進んでいないことがある。
『クロスロード』を作っていた頃も、やりたいことはいくらでもありました。
でも撮影日が決まれば、その前に脚本を詰めなければいけない。出演してくれる人たちが集まるなら、演出や撮影の準備を優先するしかありませんでした。
作品そのものが、僕に「今やること」を決めさせてくれていた部分があったんだと思います。
今はAIによって、一人でも動かせるものが増えました。
自由になったはずなのに、その分、自分で優先順位を決めないと簡単に散らかってしまう。
だから余計に怖いんですよね。
「できること」を追いかけ続けているうちに、「作りたかったもの」が後ろへ押し出されていく。
選択肢が増えた以上、何を選ぶのかは僕自身が決めるしかありません。
「今はやらない」も、創作の判断なのかもしれない

以前の僕は、行動することをかなり重視していました。
今もその考えは変わっていません。
考えているだけでは何も変わらないし、不完全でも実際に作ってみなければ分からないことは多い。
『クロスロード』だって、最初からすべて見えていたわけではありませんでした。
人と関わり、失敗し、途中で考えを変えながら形になっていった作品です。
だから「とにかく動く」という考えを否定するつもりはありません。
ただ最近は、動かない判断も同じくらい必要になってきました。
面白そうだし、やってみたい。たぶん今のAIなら、僕にもできる。
そこまで思っても、今進めているものを止めてまでやる必要があるのか、一度考える。
必要がなければ、とりあえずブックマークして閉じる。
諦めたわけではありません。
「やらない」というより、「今はやらない」に近いのだと思います。
少し前までの僕は、できないから諦めることがありました。
これからは、できるけれど選ばないことが増えていくのかもしれません。
今日も僕のブックマークには、面白そうなものが増えています。
最初に書いたAI動画制作の仕組みも、いつか使う日が来るかもしれません。
でも、その日が来なくてもいいのかもしれない。
今はまだ、そこまできっぱり言い切る自信はありません。
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