AI時代、本当に消えるのは仕事じゃない
どうも、久我レイジです。
先日、夜中までAIワークスペースを作っていました。
画面の中では、AIがプログラムを書いています。
少し前までの僕なら、「こんなのは無理だな」と思っていた機能が、指示を出すたびに少しずつ形になっていく。
その様子を見ているのは、本当に面白かったです。
でも、途中で手が止まりました。
あれ・・・・これがもっと賢くなったら、僕は何をするんだろう。
その瞬間「生成AIが仕事を奪う」という話が、ニュースの話ではなく、自分の話になりました。
自分の仕事を減らす仕組みを、自分で作っていた

僕はAIは割と好きです。この変化を怖いものとしてだけ見ているわけではなく、むしろ、もっと進化してほしいと思っています。
今作っているAIワークスペースも、「毎日同じことで悩む時間」を減らしたくて始めました。
チャットを開くたびに同じ説明をしなくていい。
必要な情報を探し回らなくていい。
頭の中にあるものを、そのまま次の日にも引き継げる。
そんな環境が欲しかった。
最初は、作業時間が減れば、そのぶん創作に集中できると思っていました。
でも実際は違いました。
一つ便利になるたびに、「これも作れる」「あれも試せる」と、新しいアイデアが浮かんできます。
減ったのは作業でした。
増えたのは「何を作るべきか」を考える時間でした。
便利になったはずなのに、僕は前より考えている。
少し不思議です。
『クロスロード』は、一人では完成しなかった

Project Aliveで制作したメタバースドラマ『クロスロード』も、最初に考えていた通りには完成しませんでした。
収録を進める中で、僕が書いた台詞の受け取り方が、出演者さんによって少し違うことがありました。
こちらの意図がそのまま伝わらないこともあれば、僕が想定していなかった解釈に気づかされることもありました。
最初は、そのまま台本通りに進めようと思うこともありました。
脚本を書いたのは僕です。
演出を決めたのも僕です。
だから、その方が正しいと思っていた。
でも、一度立ち止まって話し合うと、最初の台本とは違う空気が残る場面がありました。
結果として、言葉を減らした方がよかった場面もあれば、出演者さんの解釈を残した方が、その人物らしくなった場面もあります。
あの瞬間、作品は僕だけのものではなくなった気がしたんです。
もし、あの場にAIしかいなかったら。もっと完成度の高い台詞は作れたかもしれません。
でも、あの時間そのものは、生まれなかった気がしています。
本当に怖いのは、仕事がなくなることじゃなかった

生成AIが仕事を奪う。
そう聞くと、多くの人は収入や職業の話を思い浮かべます。
もちろん、それは現実的な問題です。
これは誰にでも起こりうる未来の話でもあります。
でも最近、それとは別の怖さを感じています。
仕事がなくなったら、自分には何が残るんだろう。
監督という肩書き。
Project Aliveという名前。
『クロスロード』という作品。
noteやSNSで積み重ねてきた数字。
気づけば、それらを自分自身と重ねていました。
もし全部なくなったら。
僕はたぶん、すぐには立ち直れません。
「また一から頑張ればいい」なんて、そんな簡単な話ではないと思います。
何年も積み重ねたものには、それだけの時間が詰まっています。
だから失えば、ちゃんと痛い。
それでも、物語を探してしまう

AIは、これからもっと賢くなるでしょう。
脚本も、映像も、音楽も。今は人がやっている仕事の多くを担うようになるかもしれません。
だから「人間にしかできない」と簡単には言いたくありません。
そう言われ続けてきたものを、AIは何度も越えてきました。
それでも僕は「何を作るか」より前にあるものまで、すべてAIへ任せたいとは思いません。
どんな出来事に心が動いたのか。
なぜ、その出来事を誰かに伝えたいと思ったのか。
たとえAIがそこまで考えられるようになったとしても、その決定まで手放したら、僕は何のために作っているのか分からなくなる気がします。
もし今日、AIワークスペースも、Project Aliveも、『クロスロード』も、noteも、SNSも全部なくなったら。
僕はしばらく何も書けないと思います。
多分、落ち込むでしょう。
でも、ある日コンビニで前を歩く親子の会話を聞いたり、仕事帰りに何気ない景色を見たりしたとき。
あ、この空気、物語になるかもしれない。
そんなことを、また考えてしまう気がします。
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