【パパ育休】「子どもの成長、見逃したら一生戻らんぞ」—祖母の死が教えてくれた、育休1年の決断
父親で、育休を1年取りました。
職場では、ほぼ前例がありませんでした。男性の育休が「推奨」され始めた今でも、取るのは数週間か、長くて数ヶ月。1年と言った瞬間、空気が変わるのが分かりました。
それでも取りました。そして1年経った今、はっきり言えます。
人生で一番、取ってよかった休みでした。
これから育休を考えているお父さん、「夫に取ってほしいけど言い出せない」お母さん、そして「お金が不安で踏み切れない」あなたに向けて、きれいごと抜きで全部書きます。
きっかけは、祖母の死でした
育休を決めた直接のきっかけは、子どもの誕生ではありません。おばあちゃんが亡くなったことでした。
身近な人の死って、不思議な力があります。「自分の人生、何を大切にして生きるんやろう」って、嫌でも考えさせられる。
そのとき真剣に書き出したんです。人生でやりたいこと。死ぬときに後悔しそうなこと。
出てきた答えのひとつが、これでした。
「子どもの成長を、目の前でしっかり見る」
仕事は、極端な話、誰かが代わりにできます。でも、わが子の「初めて寝返りした日」に立ち会えるのは、親だけです。そしてその日は、人生で一度しか来ない。
職場に迷惑がかかるかもしれない。それでも、これを逃したら絶対に後悔する。
「子どもの成長、見逃したら一生戻らんぞ」——そう自分に言い聞かせて、育休1年を決めました。
一番の壁は、職場じゃなくて「罪悪感」でした
意外に思われるかもしれませんが、職場はかなり協力的でした。反対されたわけでも、嫌味を言われたわけでもありません。
じゃあ何が一番しんどかったか。
自分の中の罪悪感です。
当時の僕は役職としていろんな業務を抱えていました。これを誰かに引き継ぐということは、年度途中で、誰かの仕事を増やすということです。
「この人に引き継いでいいんやろうか」
「この人に負担かけて、しんどい思いさせるんちゃうか」
自分自身がその業務の大変さを知っているからこそ、「人にこんな思いをさせていいんやろうか」と、めちゃくちゃ考えました。
だから、自分にできることは全部やろうと決めて、引き継ぎは死ぬほど丁寧にやりました。それでも罪悪感が消えることはなかったです。
これから育休を取るあなたへ。たぶん、あなたにもこの罪悪感は来ます。職場がどれだけ協力的でも来ます。でも、それでいいんやと思います。罪悪感を感じるくらい仕事に誠実な人こそ、ちゃんと引き継いで、ちゃんと休んでいい。
取ってよかったこと①:成長を「全部」見られた
生まれたばかりの頃は、ただ寝ているだけだった子が——
ほんまに、1週間後には寝返りをしてるんです。
気づけばずりばいで部屋を横断して、気づけばソファにつかまって立とうとしている。昨日できなかったことが、今日できている。毎日、表情が違う。しぐさが違う。
「子どもの成長は早いよ」とはよく聞きますが、毎日目の前で見る成長は、聞いていた話の何倍も速くて、何倍も尊いです。
これを仕事しながら週末だけ見ていたら、たぶん「点」でしか見えなかった。育休のおかげで「線」で見られた。この差は、あとからお金でどうにかできるものじゃありません。
取ってよかったこと②:娘がパパっ子になった
毎朝、ベビーカーで公園に散歩に行くのが日課でした。
よく聞く「パパ嫌い期」、うちはほとんどありませんでした。それどころか今では、帰ったら「パパ、パパ」って走って飛んできてくれます。
この瞬間のために生きてるなって、わりと本気で思います。
取ってよかったこと③:夫婦の信頼関係が変わった
ここからは、あまり美談じゃない話をします。
産後の妻は、メンタルがすごく不安定でした。
ホルモンの関係でそうなることは、頭では分かっていました。でも、現実は予想をはるかに超えていました。
それもそのはずなんです。夜泣きの対応、授乳、離乳食作り……。今思えば、妻は出産で体がボロボロの状態で、ホルモンに揺さぶられながら、初めての育児を24時間やっていたわけです。
一番しんどかったのは、間違いなく妻でした。
それを痛感したからこそ、あえて書かせてください。
パパも、しんどい。
妻のストレスは、全部パパに来ます。ストレスのはけ口みたいな感じで、ボッコボコに言われました。僕のメンタルもかなり落ち込んで、ご飯が喉を通らんくらいやられた時期もありました。
喧嘩も、毎日のようにしました。
「なんか知らんけどイライラする」とあたられて、
(こっちはもっと知らんがな!)
ちょっとしたことで人間性否定されるほど怒られ、、、(笑)
「なんでこんなにイライラのはけ口にされなあかんねん」
毎日のようにこう思って、正直、「別れた方がいいんかな」と考えたことも、一度や二度じゃありません。
それでも、そばにいました。寄り添うというより、「逃げずにその場にいた」というほうが近いかもしれません。
そして今、妻のメンタルが落ち着いてから、言われたんです。「あのとき支えてくれたのが、ほんまにありがたかった」って。
あの一番しんどい時期を、離れずに一緒に過ごしたこと。それが、いま夫婦の信頼関係の土台になっている気がします。もし僕が仕事で家にいなかったら、妻は一人であの嵐の中にいたわけで。考えるとちょっとゾッとします。
しんどかったことも、ちゃんと書きます
よかった話ばかりだとフェアじゃないので。
ずっと室内にいるのは、想像以上にしんどい。 社会から切り離された感覚は、確かにあります。だから毎朝の散歩を日課にしました。あれは娘のためでもあり、自分のメンタルのためでもありました。
妻の産後の不安定期に当たられて、自分も落ちた。 これは上に書いた通りです。「支える側もしんどくなる」のは、もっと知られていいと思います。
引き継ぎの罪悪感は、最後まで消えなかった。 それでも取る価値はありました。
それでも取れたのは、お金の余裕があったから
最後に、一番現実的な話をします。
育休をためらう理由の第1位は、間違いなくお金です。
実際の数字を言うと、育休手当は最初の半年が給料の約67%、それ以降は半額になります。
※僕は公務員なので、正確には共済組合の「育児休業手当金」です。民間の育児休業給付金と似た仕組みで、67%→半額の構造はほぼ同じです。
この支給、本当にありがたかった。ありがたかったんですが——正直に言います。
半額になってからは、毎月けっこう厳しかったです。
そして、ここからが僕の実感なんですが。
家にずっといると、ストレスは確実にたまっていきます。だから「ちょっと外に出る」「ちょっとリフレッシュする」が、育休生活ではマジで大事になってくる。でも、外に出るとなると、お金がかかるんですよね。
ここで節約を考え出すと、どうなるか。
心がどんどん貧しくなって、夫婦げんかが増えます。 これは実感です。「外食やめとこか」「これ買うのやめとこか」の積み重ねは、産後のしんどい時期には、想像以上に効いてきます。
僕の場合、ここで支えになったのが、配当金でした。
給料が半額の月に、配当金がぼろっと入ってくる。「お、これでちょっと贅沢できるな」と思える。金額の大小じゃないんです。「給料以外に、勝手に入ってくるお金がある」という事実そのものが、心の支えになりました。
具体的な金額は伏せますが、手取りの減少分の一部を配当でカバーできるくらい、と思ってもらえれば。
きれいごと抜きで言うと、この1年で確信したことがあります。
お金がないと、心から楽しめない。
子どもとの時間という、人生で一番贅沢な時間の真っ最中ですら、お金の不安があると100%では楽しめないんです。これは取ってみて初めて分かったことでした。
うちは育休に入る前、夫婦でこう話し合いました。
「この1年は、資産が減ってもいい。子どもと一生懸命向き合おう」
これが夫婦の軸でした。お金の余裕があったから、この判断ができた。順番はこうです。
人生でやりたいことが先。お金はそれを実現するための道具。
僕は「子どもの成長を見たい」という軸が先にあって、それを叶えるためにお金の準備をしてきました。逆じゃないんです。
1年経った今、娘は
そのおかげかどうかは、正直わかりません。
でも娘は今、ものすごくおてんばで、よくしゃべって、よく笑って、よく泣く、すごく素直な子に育っています。
両親が2人とも、毎日まるごと向き合った1年。それがこの子のどこかに残っているといいなと思います。
迷っているあなたへ
この1年、楽じゃなかったです。妻との関係で、ご飯も食べられへんくらいしんどい時期もありました。罪悪感も最後まで消えませんでした。
それでも、断言します。
もう一回人生をやり直せるとしても、僕はもう一回、この1年を取ります。
子どもの「初めて」は、一度しか来ません。仕事の代わりはいても、親の代わりはいません。
もしあなたが今、育休を取るか迷っているなら——「取れるかどうか」じゃなくて、「取らなかったら後悔するかどうか」で考えてみてください。
この育休を支えてくれた「配当金の作り方」は、こちらの記事で解説しています。
育休を「取る」と本気で決めた日の話は、こちらに書きました。
で、実際どれくらい取ればいいのか。僕の答えはこちらです。
