90歳なのに、元気なのはなぜだろう
「だって私もう90よ!」
自分の年齢を大声で堂々と公表した女性。多くの場合は隠したがる年齢も、一定以上を越えたらオープンにできるのだろうか。それとも生き方で変わるのだろうか。
メガネを買いに来たお客さんには、必ず「受付」というものをしてもらう。
それがないと、どれが誰のメガネだかわからなくなってしまう恐れもあるから。間違って他の人に他の人のメガネを渡してしまうなど、御法度中の御法度中の御法度なのだ。
受付表には「生年月日」の欄があって、「年齢」も書くようになっている。
この年齢、メガネを合わせるのに参考になるから知っておきたいが、なかなか書きたがらない人もいる。
それも仕方ないし生年月日から逆算できるのだけれど、「昭和40年生まれってことは今年何歳だ…」と頭の中で左脳をフル回転させられる。
これ、すぐにわかる人いますか。僕は苦手です。
そんな人もいれば、今僕の目の前には堂々と90歳という年齢を公表できる人がいる。
僕は堂々と「90よ!」と公表したその人に、「健康の秘訣はなんですか」と思わず聞いてしまった。
ご長寿の方に対して「健康の秘訣はなんですか」なんて、テレビ番組のロケでセンスのないレポーターか引き出しの少ないレポーターしかやらないような質問。
それと同じ質問を反射的とはいえ口から出てしまったことに、僕は少しだけ自分の引き出しの少なさに落ち込んだ。
その人は少し考えて、「何もない」と言った。
「何もない」
それってありですか。
だってその人は、とても90歳には見えなかった。
僕の思っている90歳って、なんというかもっと色々と、なんというかその、あれだ。
それがまったくそう見えなかったというのは、それだけその人が若々しかったということである。
それの理由が、「何もない」
これはもう何らの不正が裏で行われていると睨んでいい。
「それか、自由にやってるからかな」
僕の表情にいかにも怪しんでいる様子が見て取れたのだろうか。一応それらしい理由を出してもらえた。僕は顔に出やすい性格なのだ。
「自由にやってる」
1人暮らしだから、料理や片付けやお風呂や家の周りのことなど、全部自分の思うままに自由にやっているらしい。
好きなものを食べて、好きなタイミングで片付けて、好きなタイミングでお風呂に入り、テレビも庭いじりも自分の好きなように。
これかなって、僕は思った。
だから健康なのかなって。
自分のできる範囲のことを楽しんでやっていると、人は長く健康的なのかもしれない。
そんな話をしていると、同じく90歳の別の女性がお店にやってきた。
その人は全身ダイヤまみれで、「誰とも被らない形のメガネが欲しい!」と、つまりは個性的なメガネを探しに来たらしい。
待ってる間に店内のメガネを見てもらおうと思っていたら、僕の知らないうちに初対面の90歳同士が意気投合していた。
恐るべし90歳のコミュニケーション能力。
高齢化社会も、もしかすると案外元気な世の中なのかもしれない。
その後、先に来ていた方の90歳の女性は帰り際に一度お店を出て、またすぐに走って戻ってきた。
「杖を忘れた!」
「杖いらんですやん!」
僕は思わず叫んでしまった。
いいなと思ったら応援しよう!
路上にチップもらう用のシルクハットを置いてパントマイムするの、実はやってみたかったんです