東日本大震災復興手伝い記 ④授業初日は自分の力量を思い知らされる
前回 東日本大震災復興手伝い記 ③仙台経由女川行き、その寒さに慄く
到着と挨拶
女川第一小学校に到着したのは正午を回った頃だろうか?
校舎西端にある職員用玄関。
コンクリートの屋根があり、赤い電動自転車が数台並んでいる。
大きなガラスの引き戸、そこについたチャイムを鳴らす。
出迎えてくださったスタッフに名乗り挨拶する。
大きな荷物は玄関口に置いて、パソコンを積んだ鞄を持って入る。
指定された通り、上履きにあたるスニーカーを履いて校舎に上がった。
入ってすぐの所に職員室があり、また靴箱がある。職員室内は絨毯敷きになっているのだ。
案内のスタッフに続き、私も靴を脱いで上がる。
本当に学校の職員室そのままのもので、毎日非常に忙しいことが見て取れた。
まずは今村久美代表にご挨拶。
手土産の菓子をお渡しし、1週間お世話になる旨を伝える。
2012年1月当時、NPO法人カタリバは今ほど組織も枝分かれしていなかった。
女川向学館は立ち上げて7ヶ月にも満たぬ状態。
だから今村代表が自ら陣頭指揮をとっておいでだった。
やっと入手した過去問で授業準備
滞在6日間の授業日程
スタッフの皆さんにも挨拶し、早速授業の打ち合わせに入る。
女川向学館の一週間の授業カリキュラムは既にできあがっている。
その間を縫うように毎日2コマ設けてもらい、国語の特別授業を続ける。
2コマいただいているが、たしか両方とも同じ内容の授業。
2クラス設けていたので、それぞれに対応する必要があったのだ。
授業時間は50分。その間で必要なことをすべて伝えねばならない。
日程はこんな感じ。
初日(月曜) 読解総論 ←本日
2日目(火曜) 仙台育英対策
3日目(水曜) 古典、短歌・俳句
4日目(木曜) 作文対策
5日目(金曜) 欠席者の補講
最終日の6日目(土曜)は、向学館の授業自体がない。
自習室のみ解放し、質問対応をしていた。
だから私も授業はない。終日待機である。
仙台育英対策は希望生徒が参加することになっていた。
即日泥縄資料の作成
宮城県公立高校入試過去問集と仙台育英高校の過去問集をそれぞれお借りする。
やっと手に入った。
ざっと目を通し、どこを使うか選んでいく。
Excelで作ったレジュメ。印刷したものを生徒に配付し、必要に応じ中に書き込んでもらう。
女川に来る前から、ある程度できあがっている。
そこへ更に付け加える。
「現場の状況にあったカスタマイズ」なんて言うとそれっぽいが、要するに付け焼刃の泥縄に過ぎない。

数時間後の授業資料を今から作ろうというのだから、随分と乱暴な話である。
さすがに次年度以降はここまで荒っぽいことはしていない。
……と思ったのだけれど、パソコンフォルダの資料を読み返すと意外とそうでもなかった。
当日直接状況をうかがい、「それなら」と向学館に着いてから作り出した教材が、どの年度もいくつも残っている。
即興で柔軟な対応ができると書くと格好良くなるが、要するに私がアバウトなだけです。はい。
多忙な現場
そうこうしているうちに14時30分、ミーティングの時間となった。
他教室にいらしたスタッフもいったん戻ってきた。
大きなホワイトボードを使った予定表には、びっしりとあれやらこれやら書かれている。
当時はまだ立ち上げて1年目、地元自治体の各組織や被災地支援団体との連携・打ち合わせの必要があった。
加えて私を含めたボランティアが1週間単位で入れ替わり立ち変わりやってくる(もちろん長期滞在のボランティアスタッフもいる)。
だから今日は誰それが抜ける、次は誰それが入ってくる、スタッフの誰がどこそこへ向かう、来客が何時にいらっしゃる、ひっきりなしの形になっていた。
数日先までの予定確認。
その中で、私も一通りの自己紹介をし改めて挨拶した。
初めての授業
自分の力量の程度を思い知らされる
印刷した資料を生徒に配り、基本的な解説を一通りおこなう。
過去問から抜粋した問いを一度実際に解いてもらう。
そして解説をする。
……だけのはずだったのに、思い通りに行かぬ勝手の違う授業となった。
やったことのない授業形式。
パソコン本体のデータをスクリーンに投影して授業を進めるのだ。
黒板・ホワイトボードを使わないタイプの授業。
事前打ち合わせはしていたものの、授業形式まではしていなかった。
ぶっつけ本番のものだったので、我ながら非常に段取りが悪い。
板書自体はした。したけれど、補助的なものに過ぎない。
口だけで言ってもよくわからない用語を書き出す程度。
パワーポイントでもないから、ページを変えるのがスムーズにいかない。
もうひとつ、時間が非常に短い。
普段の塾での授業は70分あるのに対し、こちらは50分ですべて終わらせねばならない。
時間オーバーは論外、きちんと収める必要がある。
そしてお互い初対面。
生徒はかなり身構えている。
私も、「関西以外の地で授業をする」とはどういうことなのかを理解していなかった(これについては後日書きます)。
事前にイメージしていた通りに進められず、かなりギクシャクしたものとなった。
宿題はない。
というか、出しようがない。
授業を終えての気付き
当の生徒達の受講した感じはどうだったのだろうか?
正直なところ本当に分からない。
ただ1つだけ驚いたことがあった。
いわゆる「受験国語」の読解手順を初耳だと言うのだ。
地方では自分が思っている以上に、学習塾での国語指導がない。
後で知ったのだが、地方の学習塾の大半は英語と数学しか扱っていない。
国語をきちんと根本的な読解から指導できる先生がいないのだそうだ。
生徒達は後で「わかりやすかった」と言ってくれていたとのこと。
社交辞令といえど大層ありがたいものだ。
また、そこまで気を遣わせて少々申し訳ない気分にもなった。
