恩送りの話。 スタエフあり
LaLaLaさんの企画で、ペイ・フォワードプロジェクトというものをご紹介いただいた。
ご紹介いただいたと書いたが、私自身この企画は存じず、フォロワーのハルさんが始め、そこから繋がったTailwindさんのバトンを受け取ってしまい、今これを書いている。
ペイ・フォワードプロジェクトの概要についてはLaLaLaさんの記事をご参照いただくとして、とりあえず私はぜひ紹介したい御三方の記事について書けばいいということだ。
だが、困ったことが二つある。まず、一点目として私には紹介したい人が多すぎる。私がフォローしている方はみな独特の感性をお持ちで、とにかく心を豊かにしてくれる。到底3名など選べるわけもない。
もう一点は、私が今しこたま飲んだくれているということだ。ぶっちゃけ言うとどれだけ飲んだのかも覚えていない。階段の段数すらも朧げ。そんな状態で書こうと思っているので、この先の展開が全く読めない。だが、読めないことは何も悪いことではない。ある意味チャンスといえるだろう。これまで私は色々な方を記事で紹介してきたが、全ての方をお伝えできたわけではない。
ごく一部にはなってしまうが、私なりに心よりの敬意と最大限の嫉妬を込めて、ぜひ書かせてもらいたいと思う。
まず、一人目は雪さんだ。
雪さんとの出会いはスタエフだった。まだ彼女が受験生だったころに私は出会った。きっかけは彼女がくれたコメントに端を発するやり取り。そこから少しずつ交流を深めていった。
私が雪さんを素敵だなと思ったのは決して偶然ではない。それは最初に言葉を交わした時から直感していた。
彼女の書く文章には独特の温度がある。飾らない言葉の中に、削り、削られた文字が見える。恐らくそれが雪さんの性格なのだと思う。とにかくどこまでも愚直かつ誠実に切実さを訴える文章。彼女の投稿頻度は決して高くないのだが、私はいつも彼女の記事を心待ちにしている。それは大好きな作家の新著の発売を願う感覚と近いかもしれない。いつ来るかは分からない。だが、紡がれた言葉に私はいつも心を打たれ、何かを残さずにはいられない。
雪さんの記事はどれも好きだが、〝あえて〟というならこちらの「障子を張り替える日」を挙げたい。
ぜひ読んで欲しいが、たった障子を張り替えるという動作、描かれる所作の一つ一つに積み重ねた年月の重みと歴史、そしてその部屋で過ごした想いが積み重なっている。私もよく読み手の身体感覚に迫りたいと思って文章を書いているが、いまだにこれを越えたと思える感覚は無い。
エッセイスト。雪さんをそういう言葉で表現するのが正しいのかは分からない。だが、私はこの話を読んで確かに持ち帰ってしまった。いや、正確には読んだ後、持ち帰らされてしまった。悔しい。しかし、それが事実だ。気づけば私は彼女の書く文章のファンになっていた。
次にご紹介したいのは満天星月子🌙さんだ。
彼女は文筆家である。クリスチャンでもある月子さんが描く世界は常に愛に満ちている。だが、それは決して表面的なものではない。ドロドロとした粘液。まるで脳髄を舐めるような表現。書き手すらも傷つけるような、抜き身の剣のような文章。露悪ではない、倫理の狭間を貫くようなその言葉には読み手として逃げ場を失い、共犯者となる。まさにこれこそが文学であると唸らざるを得ない。
私はいつも彼女の記事を読むたびに嫉妬している。書き手としてもっと深く、もっとぐちゃぐちゃに棍棒で殴打して読者の頭を抉りたい。しかし、そこまで行っても大丈夫かというストッパーのようなものが私を否応なしに制御してくる。正直憎たらしい感情。だが、彼女はそういう私の気持ちを容易く踏み抜く。いや、容易くはない。きっとそこに至るまでに数々の苦難があることは想像に難くない。しかし、私はその卓越した表現にいつもぶちのめされている。
彼女は最近、連載小説を書き始めた。このタイトルは後に変わる可能性があるそうだが、早くも続きが待ち遠しい。主人公たちが一体どんな夜を過ごし、どのような結末を迎えるのか。ぜひその目で見届けて欲しい。
三人目は三野瀬🦍さんだ。
彼の書く文章は唯一無二と言ってもいい。まず、熱量が半端じゃない。有り体な形容だがマグマそのものである。何を語るにしても暑い。いや、暑さを通り越して暑苦しい。息が詰まるほどの熱意に思わず脳を灼かれそうになる。だが、彼の文章のすごいところはただ暑いだけではないところだ。語りかけるような口調、そして最後まで読ませ切る力。筆力と言ってもいいが、とにかくその捩じ込ませ方が半端じゃない。彼の記事は概ね長い。noteの通説によれば、一番読まれるのは往々にして1000〜1500字程度の記事。だが、彼にしてみればそんなの知ったことではない。およそ数千字に渡ってただひたすら熱を叩きつけられる。この感覚は彼の文章を読むことでしか味わうことはできない。
彼の記事、もとい作品はたくさんあるが私の好きなものはこれである。
三野瀬さんの思想がまさにここに収斂している。決して綺麗事ではない。静かな信念と決意。それがこの記事に全て書かれている。noteを書いている以上、誰しもが願うこと。それは〝読まれたい〟という感情。三野瀬さんはその気持ちに真っ向からぶつかり、生々しい言葉でその決意を表明している。だが思う。誰がそれを笑えるのかと。
彼は吐いた。
「ただ、俺の脊髄反射から生まれた言葉を、アナタの脳髄に直接叩き込む」と。
悔しい。だが、間違いなく叩き込まれた。そしてこんな熱量を持った言葉を吐ける彼に本気で私は嫉妬した。自分に持っていないもの。いや、今の自分が出せないもの。彼の言葉を読むたびに私は私を常に問われる。そして、それこそが彼の真の狙いだと知っていながらも、私はそれに抗えないでいる。
ここまで三人の方を紹介した。書いていて自分自身に腹が立つ。せっかく頑張って書いたのに、彼らの魅力の20%も伝えきれていない。悔しい。
あまりに腹が立つので酔い覚ましに、最近駅前にできたラーメンを啜りたい。近頃流行りのチャン系ラーメン。きっと私の悔し涙も啜ってくれるに違いない。
この続きはスタエフにて。
