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🌙【ちょっず埅っおお、台湟。】第䞀章 第䞀話:たじろぎはホタルの揺らめき

その日は、ただ山ぞ出かけただけだった。矎しい景色を芋お、たくさん笑っお、少しだけ沈黙した。それだけの䞀日が、悊子の人生の境界線になったこずを、その時悊子はただ知らない。

「ねぇ、悊ちゃん、窓から顔出しおみおよ。滝がきれいに芋えるんだよ。僕だけのお気に入りの堎所なんだ」

前の運転垭に座っおいるコり君が突然呌びかけた。
サむドミラヌ越しにコり君はりィンクをした。
次の瞬間、新緑の森が開け、ナむアガラの滝のような壮倧な滝が目の前に迫っおきた。蒞し暑かった森の空気が、䞀気に涌しくなった。

「うわヌ、すごヌい」

悊子は窓から顔を少し出し、しばらく芋ずれおいた。
マむナスむオンを含んだサむダヌのような空気が、
悊子の頬の産毛をくすぐる。

目の前に広がる倧きな池を前に、䜕かを叫びたくなった。
シュワシュワず無限に湧き䞊がっおくるこの刺激が、このパノラマに広がる倧自然ぞの憧憬なのか、それずも。

車はスピヌドダりンし、埐行運転でゆっくりず滝のほずりをドラむブしおいる。

コり君は、サむドミラヌ越しに、ニコニコしながら、悊子を芋おいた。

「悊ちゃん、そのたたこっち、ミラヌ芋およ。」

「ん䜕」

そう蚀った瞬間


————突然、目の前の芖界が遮られた。

玔癜の䞖界。やわらかく、すこし息苊しい。

「ひゃっ」

先皋たでの、矎しい倧パノラマの光景はどうなったのだろうか。

悊子は突然自分の芖界が奪われたこずに、半ばパニックになった。

もしかしお、私はあの時事故にあっお、今はもしかしお生死の境に居るのかしら

でも、この耳元にそよめく颚は䜕かしら小鳥のさえずりは䜕かしら——

「はははは」

快掻な笑い声がした。

その瞬間。

スルリず、䜕かのベヌルが颚ではがされ、悊子の目の前に車のサむドミラヌが芋えた。そしおサむドミラヌの䞭から、コり君が笑顔で悊子を芋぀めおいた。

コり君は、運転垭の窓から手を出し、その手にティッシュを぀たんでいる。
そしお、その぀たんだ指を離すず、ティッシュが埌方に飛んで、埌郚座垭の窓から顔を出しおいる悊子の顔にかかった。

「もうコり君、びっくりするじゃないティッシュを顔に飛ばすなんお」
そう蚀っお、悊子はティッシュを玠早く手で取った。

「ふふふふふ、ごめんごめん。ごめんごめん。でも、なんか可愛かった」

「もう」

気付くず、車は道に止たっおいる。

コり君が、運転垭から降りおきお、悊子の垭のドアをガチャリず開けた。
車高の高いRV車。
コり君はたくたしい腕を䌞ばした。

「ゆっくり降りおおいで」

悊子は、差し出される手に恐る恐る手を䌞ばし、ゆっくりず車から降りた。

枩かい手。䜕の口玄束も無いたた、その手はギュッず握られたたただった。

「僕の通勀路なんだ。でも、この道はほが誰も通らない。だから、僕だけの道だ。」

そう蚀っお、コり君は笑顔で悊子の顔を芗き蟌むが、その瞳の奥に鋭い䜕かがずもっおいる。本気の䜕か。

悊子はその本気の鋭さに䞀瞬たじろぎながら、目を逞らした。
䞀瞬握力が緩たったすきに、厚い手のひらからシュッず手を抜き、先の方に駆け出しおみた。滝は矎しく、涌やかで、高たる錓動をクヌルダりンしおくれそうだ。

暫く二人はすこし距離を取っお、滝を眺めおいた。

——なんで、今日、誘いに乗っちゃったんだろう。私、圌氏いるのに。コり君、別にタむプの人じゃなかったのに、ずんぐりしおいるし、オシャレでもない。ちょっず自分の趣味の䞖界に入るず匷匕だし。オタクっぜいず蚀えばそうかも知れない、なのに、なんで今日誘いに乗ったんだろ。

そう蚀っお、透き通る滝の向こうに、遠方の圌の笑顔を探すが、滝しぶきのように砕けお思い出せない。今日身に付けおいるブランドのショルダヌバックは、圌が最初のボヌナスで買っおくれたものだ。圌氏は、芪ず喧嘩した時、仕事で倱敗した時、い぀もやさしく話を聞いおくれた。「悊ちゃんは、い぀もすごいな。頑匵り屋さんだな。尊敬するよ。」なんお心の底から耒めおくれる圌氏。

——なんで、今日、誘いに乗っちゃったんだろう。私、圌氏いるのに。

そんなあぶくは、氎面に䞊がっおは、滝に打たれお消えおいく。
ザヌッずした音に集䞭するず、心の音も聞こえなくなる。

「悊ちゃん、俺の職堎寄っおかないすぐそばなんだ。今日お客さんいるけど、いいもの芋せおあげたい。倜予定ないよね。」

そう蚀っお、コり君は悊子の手を取るず、車たで歩いた。そしお助手垭のドアを開けた。

「隣に座っおよ。ね。」

コり君の鋭い芖線が、目の奥に刺さっおくる。

時刻は17時前だった。

「でも、今から行ったら、暗くなっちゃうし・・・」

「倧䞈倫だよ。暗くなっおからが本番なんだ。僕ず二人じゃいやっおいっおも、通長がいるけどね。今しか芋られないんだよ。僕の友だち、みんなこの時期に倕方に遊びに来るんだよ。」

「䜕が芋えるの」

「それはお楜しみ。今話したら、感動半枛だよ。埌悔しないっお保蚌するから」

「そんなに、蚀うなら・・・」

悊子は助手垭のステップを螏んだ。

♢

車は山道を進んでいく。コり君はこの地域の叀からの䌝承や、地圢に぀いおわかりやすく話しおいる。その話があたりにも面癜くお、぀い耳を傟けお、コり君の顔を芋おしたう。そのたびに、目が合っおしたい、悊子は目を逞らした。そんな芖線のいたちごっこをしながらも、RV車は山の䞭の博物通に到着した。

ひょろっずした髭面の通長が笑顔で出迎えおくれた。
奥の方には団䜓客が10人ほど雑談しおいる。

コり君は、どこかに行っおしたった。通長が事務所の冷蔵庫から、ゞュヌスずお菓子を持っおきおくれた。
「あい぀は、人気の解説員で、子䟛を芋かけるず、寄っお行っお話しかけおしたうんだよ。䞀人がっちにさせおごめんよ。少し向こう芋ずなずころあるけど、䞀生懞呜なや぀なんだよ。悊子さんも埌ろの方で話聞いおみたら」

そう通長が蚀うので、悊子は団䜓客の埌ろにヌルっず䟵入した。
そこで悊子は、子䟛に囲たれお、目をランランず光り茝かせながら、この炭鉱博物通の特色などを旺盛に語る圌を芋た。
先皋の鋭い真剣な熱っぜい県差しずは、たた違っおいる。

——カッコいい・・・

思わず、悊子の唇から、薄い吐息が挏れた。
自分には埗られない䜕かを、この男は持っおいる。
「・・・・・・・僕は、この町のために生きおいきたい」
初めお䌚った時にそう語っおいたコり君の姿が蘇る。

私だっお、この堎所のために生きおいきたい。でも、生きお行けるかわからない。薄絊のお絊料がぐんず䞊がらなければ、毎幎囜に垰れるかわからない。い぀ビザが切れるかわからない。私がいくら、「この地のために働いおいきたい」そう願っおも、䜕幎続けお行けるのかわからなかった。

「奜きなだけ奜きなこずをしおいいんだよ。僕はちゃんず埅っおるから」そう真剣に語り掛ける圌氏の声はい぀もすこし泣いおいた。

でも、悊子の䞭で倧切な物の比重が少しず぀倉わっおいるこずに、悊子はすでに気づいおいた。

———カッコいい・・・こんな人ず䞀緒にずっず働きたい。きっず支えられる。

気付けば、小孊生に解説するコり君の姿に芋ずれおいた。

♢

最埌の団䜓客が芳光バスに乗っおしたった埌、ギヌっず博物通の倧門が閉じられた。空はもう、薄暗い。䞀番星が光り始めおいた。

「悊ちゃん、すっかり埅たせおしたっおごめんねじゃ、俺準備しおくるから、ここでもう少しだけ埅っおお」

ダダダダず嬉しそうに走っお行くコり君をボヌっず芋おいた。
差し入れされたスナックに、萜ちおいくオレンゞの空。
あっちの方向に、圌氏がいるような気がする。
空にオレンゞが消え、藍色の緞垳が重く垂れさがり、圌氏が匟き出されおいく。

暫くするず、暗い垳の奥から、黄色い四角い物がゆっくりずやっおきた。ショベルカヌの黄色。その黄色い重機らしいものは、途䞭でたぶしいラむトを攟぀。

黄色い乗り物からコり君が手を振っおいる。
悊子の立っおいる足元に、小さなレヌルのようなものが埋め蟌たれおいる。乗り物はレヌルに沿っお動いおいた。

やがおその黄色いものは、目の前で音を立おお止たった。人よりも高いくらいだった。RV車よりも䞀回り高い。

コり君が運転垭からずさっず飛び降りおきた。
「これは、䞀぀目小僧さんっお呌ばれおる。倧きいヘッドラむトが䞀぀あるだろうこい぀は台湟で初めおの電気匏トロッコ電車なんだよ。すごいよな。1920幎台に電気匏電車がこんな山の䞭で動いおいたなんおね。台湟鉄道の電気化より䜕十幎も早いんだ。昔は想像よりも近代的だったんだず感じる。
゚ンゞン郚分は壊れおいるから、僕がバッテリヌ぀けお改造したんだけどね。」

黄色い電車の埌ろには、小さなトロッコ電車の座垭車䞡がくっ぀いおいた。

「悊ちゃん、このトロッコ電車で、倢の䞖界に行こう。さぁ、垭に座っお。僕は運転するから、トロッコには䞀緒に座れないけど、ごめんね」

悊子は、座垭に座った。もうあたりは真っ暗だ。ただでさえ山の䞭。鳥の声かコり君の声しか聞こえない。コり君は懐䞭電灯を䞀぀手枡しおくれた。

「よし、じゃ、出発するよ」

ガチャンず蚀う音がしお、叀い叀いトロッコ電車はゆっくりず叀い線路をゎロゎロず進んでいく。軜䟿鉄道ず蚀うらしい。そのたた昔、男たちが死に物狂いで炭鉱の䞭から掘り出しおきた黒いダむダを乗せおいた、小さな路線。

今は黒いダむダの代わりに私が運ばれおいく。どこか黒いずころぞ、黒い私が運ばれおいく。このたた山の䞭に黒いゎミずしお捚おられおも、蚀い蚳はできないかもしれない。暗闇に圌氏の優しい顔が浮かんだが、それでも、悊子は懐䞭電灯をもう䞀床握り締め、トロッコにしっかりずお尻を぀けお座った。

こんもりずした黒い森の䞭をゆっくりず進んでいく。懐䞭電灯で照らしおも、そこにあるのはうっそうず茂る森ばかりだった。

「悊ちゃん、そろそろだよ。」

そう蚀うず、トロッコは枛速しお止たった。

「今は䜕も芋えないけど、このそばに池があるんだ。今は5月だろう。ほら足元を芋おごらん。」

足元を懐䞭電灯で照らしおみたが、黒っぜい虫が飛んでいるばかりだった。

「はははやっぱり懐䞭電灯はダメだね。1.2.3でラむトをいっしょに消そう。僕もヘッドラむトを消すから。
1.2.3」


———挆黒の闇だった。
埮かに虫の声がする。それだけ。
黒いダむダはこんな黒い闇を進んでいたのか。

そう思っおいるず、ふず目の前に星が茝いた。
その星が優しく動いたかず思ったら、次の瞬間消えおしたった。
そしお、右にも巊にも次々ず星が瞬き始めた。
その星は、ツヌず光ったかず思えば、消え、ツヌっず光ったかず思えば消え、気づいたずきには、悊子の呚りの闇倜は、銀河のようになっおいた。

ホタルだった。

「きれいだろう。この軜䟿鉄道の存圚を通長から聞いたずきに、遺構のすばらしさにも感動したんだけど、5月のこの時期、ホタルが無数に飛びかうこずを発芋しお、䜓が震えるほど感動したんだよ。ここはホタルのトンネルなんだ。」

気付くず、コり君は悊子の隣に来おいた。
二人の䜓にもホタルが止たり、互いの瞳をピカピカず照らしおいる。汗ばんだ圌の腕が悊子の腕に觊れた。コり君は悊子の目の前で䞡手を開くず、その䞭に䞀匹の蛍が閉じ蟌められおいた。
ホタルはゆっくりず2人の間を飛んだ。
四぀の黒い瞳が、ダむダモンドのように最んでいた。

「このホタルの路線、ホタルの池、そしお、昔の人たちが呜を削っお䜜り䞊げたこの遺構、僕は本圓に倧切にしたいんだよ。このたた錆びお朜ちおしたうなんおね、あたりにも、さみしすぎる」

コり君の姿は芋えないが、熱い思いが、熱い芖線ず共に、ズンズンず悊子の胞に迫っおくる。

悊子には、コり君の芋せるすべおがあたりにも矎しすぎた。健気に埅っおくれおいる圌氏の誠実さも矎しすぎた
自分の黒さの䞭に、こんな矎しいものを光らせおいおいいのだろうか。
垌望、情熱、やさしさ、誠実さ、玔粋さ、それらが、ホタルのように悊子の呚りを煌めき、悊子を宇宙の䞭ぞ匟き飛ばすようであった。真空のように苊しく、熱く、寒い。悊子はトロッコず共に、矎しさの光りに埋没した。

2人を乗せたトロッコは、ゎツゎツず揺れながら、暗闇を進み芋えなくなった。最埌たで残っおいたのは、あのトロッコの路線ずホタルの茝きのみであった。

🌙

▌続線

▌バックナンバヌマガゞン









いいなず思ったら応揎しよう