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noteを書く上で最も大切なコト


コンバンワ、noteというハイカラな文明の利器に、今更ながら右往左往している三野瀬です。

いやー、何ですか。
このシュッとした感じは。
UIもシンプルで綺麗じゃないですか。

俺が生きてきた個人サイトの、あの「どこを縦読みしても罵詈雑言」みたいな殺伐とした空気や、侍魂をパクった黒背景、無駄にデカい文字やカラフルなテキスト、無駄にチカチカする工事中看板、謎のMIDIが爆音で流れる阿鼻叫喚の地獄絵図とは大違いです。

実に清潔。実にスマート。

でもね、結局のところ、箱が変わっただけで中身は人間なワケですよ。
そこにあるのは「書きたい俺」と「読みたい誰か」の、極めてプリミティブな果たし合いなワケです。


さて、そんなnoteという大海原で、どうすれば人に読んでもらえるのか。

これ、切実な問題ですよね。
俺もかつて最果てのゴミ溜めみたいなサイトやブログで書き散らしてきた身ですから。

その経験から言わせてもらえば、小手先のテクニックなんてのは、ぶっちゃけ「うまい棒」の穴を覗き込むくらい意味のないコトなんじゃないかと思います。


最初は俺も考えましたよ。
やっぱりタイトルは煽ったほうがいいのか?とか。
流行りのキーワードを散りばめてSEO対策ってやつをガチガチに固めるべきか?とか。

でも、そんな計算ずくの文章なんて、読んでて面白くないじゃないですか。
「はいはい、PV稼ぎ乙ー。」 で終わっちゃう。
そんなの、心の通信簿がオール1の俺からすれば、吐き気がするほど退屈な作業なワケで。


あ、誤解しないでほしいんですけど、俺は別に「自分の好きなように書けばいいんだよ!」なんて、耳当たりのいい甘っちょろいコトを言うつもりはありません。

そんなのは、ただの自己満足。
便所の落書きと大差ない。

450もの記事を積み上げて、時に笑われ、時にスルーされ、時に誰かの琴線に触れてきた俺が辿り着いた答えは、もっと、こう、なんて言うか……。

もっとドロドロとした、人間臭い部分にあるんです。



それは何か。
大長編になる予感がプンプンするので、皆さんも適当にコーヒーでも飲みながら、あるいは部屋の隅で体育座りでもしながら聞いてください。


結局のところ、

大切なのは「一対一を意識する」コト。


これに尽きるんじゃないかって、最近ようやく気付いたんです。
うわ、言っちゃった。書いてて恥ずかしい。

でもね、これ、マジなんです。


不特定多数の「読者様」に向けて書こうとすると、どうしても文章がぼやけるんですよ。

顔の見えない群衆に向かってメガホンで叫んでるみたいな、虚しい響き。
そんな声は、ノイズだらけのネットの海では一瞬でかき消されてしまう。

そうじゃなくて、画面の向こう側にいる「たった一人のアナタ」に向けて書くんです。
俺と、アナタ。
この、半径20センチくらいのクローズドな世界。

そこには余計な社交辞令も、建前も、マナーも要らない。
ただ、俺の脊髄反射から生まれた言葉を、アナタの脳髄に直接叩き込む。


俺が450記事の中で、何をしてきたか。
それは、読者をお客さん扱いしないコトでした。

時に挑発し、時に自虐し、時にどうでもいいポテチの味について熱弁を振るう。
それは全部、俺という人間をそのまま差し出して、「お前はどうなんだよ?」って問いかけてたんだと思うんです。

だからこそ、読んでくれた人は「あ、これは俺(私)に言ってるのかも」って錯覚してくれる。

その「錯覚」こそが、読んでもらうための最大のエンジンになるワケですよ。



そして、ここからが一番肝心なトコなんですけど。

一対一で向き合ったその先に、相手を「自分の世界に引きずり込む」っていう工程が必要なんです。

これ、昔の友人を見てて痛感したコトなんですけどね。

そいつ、もうホントにバカで。

深夜のファミレスで延々と「いかにして自分はアリに嫌われているか」を真顔で一時間語り続けたり、急に「今から公園の砂場で化石探そうぜ」とか言い出したりする奴だったんです。

普通なら「何言ってんの?」で終わりですよ。

でも、そいつの語り口があまりに必死で、あまりに楽しそうだから、気付いたら俺も「いや、アリはお前の匂いが嫌いなだけだろ!」とか返して、深夜三時に二人で砂場を掘り返してる。

完全にそいつのペースに飲まれてるワケです。


結局、そういう強引なヤツが一番強かった。

客観的に見ればただの奇行だし、笑い話でしかないんだけど、その瞬間だけはそいつが支配する世界のルールに俺を招待……いや、誘拐してたんです。

これって文章でも同じなんじゃないかな、と。
綺麗に整えられた正解を提示するんじゃなくて、自分の偏愛や、下らないこだわりや、どうしようもない感情の濁流に、読み手を無理やり突き落とす。

「え、何この話、意味わかんないけど目が離せない」 そう思わせたもん勝ちなんです。


文章っていうのは、単なる情報の伝達手段じゃない。

それは、俺の思考という名の迷宮に、アナタを誘い込むための招待状。

俺が何を考え、何に怒り、何に笑うのか。
その温度感を、肌に直接なすりつける。

「あ、この人ちょっとおかしいかも」って思われたら、もう俺の勝ちです。
違和感でも、共感でも、嫌悪感でもいい。

感情が動いた瞬間、アナタはもう俺が作った世界の住人になってるワケですから。



よく「読みやすさを追求しましょう」なんて言われますけど、俺からすれば、そんなのは表面的なホスピタリティに過ぎません。

本当に大切なのは、読み進めるごとに「戻れなくなる感覚」を与えるコト。

言葉の端々に毒を混ぜ、美学を忍ばせ、時に脈絡のないバカ話を挟み込む。
そうやって相手の防衛本能を麻痺させて、気付いた時には俺の価値観の中でしか思考できなくさせる。

これこそが、450回の更新を経て俺が磨き上げてきた「業」なんです。


noteなんていう、誰もが綺麗に整列している場所だからこそ、一人を指差して「おい、お前!」と呼びかけ、そのまま俺のドロドロした内側に引きずり込む勇気。
それが、何百何千という記事の中に埋もれないための、たった一つの、そして最強の生存戦略。

そう、今、この文章をここまで読んで、俺の世界に片足を突っ込んでるアナタのコトですよ。


……なんて、格好つけて言ってみましたけど、冷静になると結構キツいですね。
異常者みたいなオーラが出てそうで怖い。

でも、これが俺の持論です。
450回も無駄に指を動かしてきた男の、精一杯の結論。


とりあえず、今日はこの辺でピリオド。

明日からまた、アナタ一人を狙い撃ちにして、俺の世界の奥底まで招待するような、最高にユルくて、最高に濃密な、どうしようもない文章を書いていこうと思います。

じゃ、そんな感じで。


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